Secret Base
サブタイトルは秘密基地という意味ではありません。
サブタイトルを英語表記に変更しました。
ここまで公開した情報は、以前にも書いたように極一部の関係者のみが知る得ることができるものであり、そして決して外部には漏らしてはいけない重要機密であった。
純粋な好奇心からその機密をもっと詳しく、何とか聞き出そうとする麻実はあの手この手を駆使して、稲穂から、または桂から少しでも秘密の一端が漏れでないかと画策、というか騒がしく少々駄々を。
そんな麻実とは対照的に実里は静かであった。
これは彼女が、麻実に付き合い徹夜しただけであってその事柄自体には特に興味がないからというのも理由の一つではあったが、それ以上に何もしゃべらずにいたのは考え事をしていたからであった。
沈思黙考を。
喧しさというよりも姦しさの中で、それには目というか耳もくれずにやや神妙な面持ちで考え事を継続。
そんな実里の様子に三人も気が付き、
「どうしたの実里? そんな顔して?」
と、桂が代表するようなかたちで質問を。
「うん……ああ、ちょっとな……」
「実里も知りたいんじゃないの?」
「ええー、でも実里は麻実ちゃんに付き合っていただけなんでしょ」
「……ああ、知りたいといえば知りたい。が、これは聞いてもいいことなのだろうかと思ってな」
「聞きたいことってあたしと一緒じゃないの?」
「いや、麻実のとは違うぞ」
キッパリと断言。
「だったら何かな?」
「……訊いてもいいのか。……稲穂」
稲穂を向き尋ねる。
「……私で答えられることなら」
「そうか……」
と言いながら実里は一つ大きく深呼吸をし、それから正面から稲穂を見据えて、
「前にも一度訊きかけて止めたが、今回の件を聞いてやはり気になってしまってな……」
「稲穂ちゃん何を聞かれたの?」
「そうよ、シロ」
「そう言われても咄嗟には思い出せない」
「……稲穂……君は一体に何者なんだ? こないだの件といい、今回のことといいまだ二十歳にも満たない人間ができるようなことじゃない。それに桂や他の協力者があったとしても政府や米軍の機密事項まであつかうような企業の代表の一人だし」
この実里の問いに三人は思わず沈黙を。
これこそが一番の機密事項であるからだった。
家族同然の付き合いである、というかここ数週間はまさに家族そのものの暮らしをしてきたものの、稲穂がかつて伊庭美月という名の少女であり、かつ世界を震撼させたデータ、それを狩るデーモンの唯一の生き残り。その往時の力こそ失ってしまったが、今なお人間を遥かの超越するような力を有している。これがまちがって間違って世間に公表されてしまうような事態になったら、あらゆる国家、研究機関から狙われるような存在。だからこそ機密であり、そして家族同然の親しい間柄とはいえ話せないようなことであった。
沈黙が続く。
これは三人はもとより、質問をした実里も言葉を発していなかった。
三人はどうしようかと一様に目線を泳がせ、実里はジッと稲穂を見つめている。
そんな空間に耐えきれなくなったのか、麻実が、
「そういえばさ、リーさんはシロと別れた後でどうなったのかな?」
と、ややどころかかなり強引に話題逸らしを。
「……ええ、そうね。リーさんのことも心配よね。国を裏切るような形になったんだから」
桂がこれに加勢の言葉を。
「ああ、確かにそうだな。私のわがままみたいなものでリーさんにも迷惑をかけてしまったからな。彼女があの後どうなったのかは気になるところだ」
露骨な話題逸らしにもかかわらず実里のそれに乗ってくる。
そのことの少し虚を突かれたような気がしたものの、これ幸いと稲穂は、
「えっと……リーさん、彼女はぼ、私と別れた後で東京に戻ってその脚でカナダ大使館へと行く手筈になっている」
「うん?」
「なんでカナダ大使館に行くの?」
「それは彼女が亡命する先だから」
「亡命?」
「うん、そう。彼女の希望なの。国を裏切るような行為だから、戻ったらその後どうなるか分からない。だから今回協力する代わりに一族全員は流石に無理だけど、家族と一緒に亡命して新しい生活がしたいというのがリーさんの望みなのよ」
稲穂ではなく事情を全て知っている桂が。
「でもさ、なんでカナダなの? こういうのってアメリカが相場でしょ」
麻実が疑問を。
「さっきも言ったようにリーさんがカナダがいいって。詳しいことは聞かなかったから、これは私というか稲穂ちゃんや他の人の推測なんだけど、アメリカだとあの国の人間が多すぎるからだって」
「?」
声には出していないが実里、それから麻実が不思議そうな表情を。
「人種の坩堝というくらいにアメリカは色んな国の人間が入っている、もちろんあの国の人達も、しかも昔から多く。その中にはリーさんのことを知っている人もいるかもしれない。彼女はこれから名前も経歴も変えて生きていくんだから、そういう人との接点はできる限り避けたほうがいい」
「しかし稲穂、カナダにもあの国の人はたくさん住んでいたと思うのだが」
「うん、実里さんの言う通り」
「だったらさ、カナダもあんまり良くないんじゃないの」
「確かに麻実さんの言うように、カナダにも大勢いるし、というよりも世界中のどこにでも街を作っている。言い換えれば安心できるような土地はない。だからリーさんは、自分が住みやすくてかつ、あの国とのできるだけ接点のないような場所としてカナダを選んだんだ。そしてそれをアメリカ経由で打診されたカナダが受け入れを許可してくれた」
稲穂が言うようにかの国と人達はバイタリティーにあふれており、世界中で独自のコミュニティを築いている。そういった点で鑑みれば、世界中どこでも同じ。ならば、アメリカ以外の選択肢として、東京に近い環境をということでリーさんはカナダを希望。
「なるほどねー」
稲穂の説明を聞き、麻実は納得。
「まあ、リーさん、名前は変わるんだよな、でもまだリーさんなのかな、とにかく彼女が無事で、それから新しい人生を送れるようで良かった」
「うん、そうね」
「それじゃさ、そのリーさんの新しい門出を祝ってこの後宴会しない」
「いいわね、それ。稲穂ちゃんが買ってきてくれたお土産でお鍋なんかいいわよね、まだ寒いから夜は」
「せっかくだから実里、美味しいお酒、お鍋に合うのをチョイスしてよ」
「うん、分かった。だが、その前にいいか」
「何?」
「稲穂のことだ。話題を強引に変えられてしまったが、そのことについてまだ話してもらえていないからな」
「ええー、あたしの作戦失敗したの。上手くいったと思ったのに」
「いくら私でもあんな露骨な話題逸らしの手には引っ掛からないぞ。しかし、麻実がそういう手を使ったということは麻実も知っているんだな、稲穂の秘密を」
「えっと……それは……」
実里のこの問いに麻実は困惑した表情を浮かべ、それから言葉に詰まり、最後は稲穂と桂の顔を見る。
それを見て稲穂と桂は困った顔をしながら、二人目を合わせる。
会話はないが相談を。
そしてそこに口を全く挟まずに、只待っている実里。
再び室内に沈黙が。
この静かな空間に再び音を奏でたのは桂であった。
「……実里、いい?」
真剣な声で。
「うん?」
「稲穂ちゃんの秘密をどうしても知りたいの?」
質問の連続。
「……ああ。……どうしても話せないというなら仕方がないが。しかし、麻実も知っていて、私だけが疎外感のような。ここのところずっと一緒に暮らしてきて、家族のように感じていたからな」
この言葉を聞き、桂は稲穂の顔、目を見て、それから深呼吸とも嘆息ともとれるような息を一つ吐き、そして、
「稲穂ちゃんの秘密を知ると、その後もしかしたら普通の人生を送ることができないかもしれないけど、それでも構わない?」
「まさか、麻実も知っていることだろ。流石にそれは大袈裟なんじゃ……ないのか?」
言葉の途中で麻実を見て。
「まあ、あたしはシロと同類みたいなものだったからね。もし、シロに出会わなかったら、多分誰にも絶対に知られないように生きていたはず。というか、むしろ死んでいたかもしれないな」
後半重たい内容なはずなのに終始明るい声で麻実は言う。
「そんなになのか?」
「うん」
「で、実里どうするの?」
念を押すように桂が訊く。
これに実里はすぐには答えなかった。
しばし間が空く。
三人も急かすようなことはしなかった。
やがて、実里は三人の顔を順に見回し、それから静かに口を開けて、
「それでも知りたい。好きな人のことだからな」
秘密の土台、根本という意味合いで使用。




