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史上最小の作戦 その10




〈キミは何処に降りたい?〉

 かの国の戦闘機二機との接近? を果たした後で、稲穂はそれよりも高度の高い位置へと、ジェット機にでは到達できない場所へと、空間跳躍を。

 そこから重力に引かれ降下する際にモゲタンが先の質問を。

 昔同じようなことをもっと高い場所で、成層圏の向こうで訊かれた。

 そういえばそんなこともあったなと思いつつ稲穂は、

「そうだな、あの時は桂のところと一回答えたんだよな。でも、その後で変えたんだよな」

 懐かしそうに言う。そして続けて、

「でもまあ、今回も桂のところにという答えにすると面倒なことになるよな」

〈ああ、確かにそうだな〉

「だったらさっきのボロ船の中は……無理か」

〈無理だな。このまま落下し続けてあの船を目指すこと自体は十分に可能だ。しかしその時の衝撃でまず間違いなく沈むだろう〉

 あのボロ船でなくとも、高度10万メートルからの落下の運動エネルギーの衝撃に耐えられるような物体はほぼない。

 そしてその際沈むという表現はおかしく、破壊される、消滅するというほうが適切。

「沈んだら証拠も消えてしまうような」

 違法行為の品が海の藻屑と消えてしまう。

〈しかし、案外そのほうが良いかもしれないぞ。あのままだったら国際問題だからな〉

「まあ、たしかにそうだけどさ。……でも、そういうことは俺達が考えることじゃなくて上の人のすることだろ」

 これは別に責任の放棄ではない。

 国際問題。官僚、政治家の領分である。

「まあ、あの近くに降りないといけないだろ。オスプレイが拾ってくれる位置に」

〈しかし、近すぎるのはな〉

「まあ、この高さから落ちたんじゃ着水の時の衝撃でボロ船には害があるよな。それにもしかしたら艦船にも影響があるかもしれないからな」

〈ああ、この高度からまっすぐに自由落下をし続けたらキミが懸念するような事態が起きるだろう。だが、それについては心配する必要はないぞ〉

「どういうことだ? お前の報告だと体内のエネルギーはもう底を尽きそうなんだろ。だから空間跳躍しないでこうやって落ち続けているんだし。もしかして回復の目処でもあるのか?」

 スカイダイビングのように自由落下中。

〈それについては申し訳ない。しかし、キミの身体をこのまま落下させ続けるつもりはないぞ〉

「どうするんだ?」

〈キミの服をパラシュート代わりに使用する〉

「そんなことできるのか?」

〈できる。そのためにキミには服を脱がないにようしてもらった〉

 これについて少し説明を。前回、下着を使用してかの国の戦闘機を一時的に制御した。この時表面積の小さい下着ではなく着用している服、スカートにシャツを使用しても何ら問題はなかった、むしろそちらのほうが都合が良いにもかかわらず、モゲタンがそれを稲穂に進言しなかったのは、彼女の意思を尊重するという意味合いもあるがそれ以上に着用している服、および白衣をパラシュートに転用するという皮算用があったからであった。

「なるほど、そういう理由だったのか」

 両手を広げ白衣を大きく靡かせながら稲穂は言う。

〈ああ、そうだ〉

「うん、良かった。そのことを知らなかったら逆切れしそうになっていたかもしれないからな」

〈どういうことだ?〉

「これがパンツルックだったら問題なかったかもしれないが、今日は実里さんに変装してスカートだからな。風が巻き込んでアソコがスースーして変な気分になる。おまけにノーパンだからな」

 パンツは空中に脱ぎ捨ててきてしまった。巻き込んで入ってくる風が敏感な部分をちょっと刺激していた。

〈スマナイ。そこには考えが及ばなかった。顔周辺は呼吸がしやすい、また話しやすくなるだろうと工夫していたが。なら、これでどうだろうか〉

「あ、風が入らなくなった。助かった」

 モゲタンは稲穂の股間周りの小さな円盤状の盾を展開して気流を制御し、スカートの中に風が入らないようにした。

〈ワタシの配慮が足りなかったせいだ。礼を言うには及ばない〉

「それでさ、何処まで降りてからパラシュート……というか服と白衣を展開するつもりなんだ」

〈あまり高すぎると風圧に負けて敗れてしまう可能性があるし、反対に海面ギリギリだと運動エネルギーをほとんど減退できないかもしれない、少なくとも高度1000メートルを切ってからだな〉

 1000という数字を出したがこれは目度程度なもの、モゲタンの考えとしてはその半分くらいの高度であり、そしてそれは稲穂の脳内にもちゃんと伝わっていた。

「了解」

〈それにそこに達するまでにまでしないとならないこともあるしな〉

「何をするんだ?」

〈このままパラシュートに使用するのでは強度が足りない、補強をする必要性がある〉

「……それは理解できるけど、そんな素材何処にあるんだ?」

 現在稲穂の持ち物は皆無。ボロ船の中に全て置いてきた。

〈今キミの頭の上にあるものを使用する〉

「頭? ああ、ウィッグか」

 実里に変装するためにウィッグを昨日から着けていた。

 そしてこの落下中にもそれはズレ落ちることなくまだ稲穂の頭の上に。

〈それを再構築し、さらには分子レベルで補強して、服及び白衣の中に組み込む。それで簡易のパラシュートを補強する〉

「……なあ、一ついいか?」

〈何だ?〉

「それだけのことをするエネルギーがあるのなら普通に空間転移で地上に、というか海面に降りたほうが良かったんじゃ」

 頭にふと浮かんだ疑問を。

〈それは一理あるかもしれないが、ワタシの計算では空間跳躍を連続使用するよりもコチラのほうが消費エネルギーが少ないと判断したのだが〉

「それならしょうがないな。……で、話はちょっと変わるけどさ」

〈どうした?〉

「あの戦闘機はちゃんとあの空域から撤退……というのかな、まあ離れて行ったのかなって思ってさ。ほら、それを確認する前に空間跳躍を行ったじゃないか。もしかしたら、お前のハッキングが上手くいかずにあの空域に留まり続けてF-18と一触即発というようなことになっていないかなって」

〈それに関してはキミが心配する必要はないぞ。完全に火器コントロール系統は支配下においた。かの国の戦闘機がカミカゼを行うのならワタシのしたことは無駄になるが、あの国の戦闘機のパイロットが自爆攻撃を行う意思でもないかぎり問題ないはずだ。そして、国政情勢を鑑みた時そんな愚かな思考には至らないだろうとも考えている〉

「なるほどな。もう一ついいか?」

〈ああ、構わない。まだ時間的な余裕はあるからな〉

「モゲタンの能力を疑うわけじゃないけどさ、そんなに自信満々に何で言えるんだ? 詳しいことは分からないから想像だけど、ああいう戦闘機のシステムって結構頑丈に、侵入されないようにしているんじゃないのか。それなのにお前は短時間で制御した」

〈ああ、それについてはだな、キミの想像通りにあの身近時間でシステムを完全に掌握するのは難しい。しかし、あの機体は最新鋭の、情報が少ない機体ではなく北の大国の機体の第四世代戦闘機をベースに作られたものだからな。情報がたくさんあった。これが噂の第五世代の戦闘機だったらシステムを掌握するのにもう少し時間が必要だっただろう〉

 世界の航空ショーでは次々と第五世代と呼ばれる戦闘機がお披露目されていた。

「なるほどね。あ、今気が付いたけどさ、お前が仕込んだナノマシンが向こうに解析されて、俺達のことがバレてしまうような危険性は」

〈それについても問題ない。あのナノマシンは数時間で消えるように構築してあるし、システムを一時的にハッキングした情報もなかったように書き換えるようしてある。あの戦闘機が基地へと帰投した時にはワタシの痕跡は完全に消えている〉

「なるほど、了解した」

 この後二人の間でしばし会話が中断した。

 もう何も話すことがない、からというわけではなくパラシュートというか白衣を開く予定の高度に近づいていたからであった。

 しかしながら現在纏っている白衣を広げただけでは圧倒的に空気を受ける面積が足りない、落下速度を殺しきれない、そのための対策が必要であり、だからこそモゲタンは稲穂との会話を切り上げ、中断し、そのための作業に残っているエネルギーを注入。

 稲穂の身体から身に着けている物全て、但し両耳のピアスモゲタンは除く、が剥離する。脱ぐというような行動は一切なく、言葉のように肌の上から滑るように離れていった、

 かつて白衣やスカート、シャツであったもの、それからウィッグは稲穂の頭上の集約。そこで分解と再構築を。

 といっても完全に姿を変えたわけではない。白衣であったものを中心にして、衣服がその姿をほとんど留めることがないような布辺になり、周辺へと付着する、空気を受ける表面積を広げる。しかしながらもとは只の服、そこに何かしらの細工が施してあったわけではない、空気の力を受け止めることができなく、落下速度を大して落とすこともできずに、千切れ敗れ散る可能性は非常に濃厚である、そうならないようにモゲタンはウィッグの髪をナノマシン織り交ぜて補強、さらにはナノマシンで表面も強化。しかしこの落下傘もどきはそれだけでは意味をなさない、稲穂の身体と結びつて初めて効力を発揮する。稲穂というに肉体の現在の自由落下速度を減退させ、安全に、これは稲穂はもちろん周囲も、着水できるように。補強に使用しなかった髪を編み稲穂の身体とパラシュートを繋いだ。

 全裸で空中を落下。

 しかしながら簡易なものであるゆえに、普通のパラシュートよりも早い速度で降下。

 普通の人間ならばその落下速度そのままで着水すれば、怪我を、最悪命の危険性もあるようなものであったが、稲穂の肉体は通常の人間を遥かに凌駕したものであり、なおかつ着水の瞬間にモゲタンが円盤状の盾を稲穂と海面の間に何枚も重ねて展開し、その衝撃を和らげる。

 入水すると同時に、パラシュートであったものは四散。

 しかし海の藻屑と消えたわけではない、稲穂の身体の周りを揺蕩い、やがて彼女を包み込むように。

 これもモゲタンが行ったことであった。いくら常人離れした肉体の持ち主であっても生物。生きるということは熱を帯びているということ、それが冷たい海水の中に、しかも一糸纏わぬような姿でいるということは、その熱を奪われて低体温になり、死へと向かうことに。そうならぬように身体を保護。

 冬の冷たい海の中で救助されるまでの猶予時間はおおよそ三十分以内。稲穂がオスプレイによって引き上げられたのはその倍以上、二時間が経過してからであった。

 だが、生命の危機、瀕死の状態どころか外傷一つなかった。

 これは稲穂の特性及びモゲタンの保護のおかげであった。

 その後オスプレイで救出を。

 海上から引き上げられた、救出された稲穂は全裸、何も身に着けていない姿ではなく、白衣であったものを全身に纏っていた。濡れた身体に貼りついた布は、何も身に着けていない、裸体であるよりもボディラインが強調されており、さらには濡れた髪や透けた肌がより扇情的な雰囲気を醸し出しており、救出の任に当たった海兵隊を任務を忘れて興奮させてしまったことを最後に記しておきたいと思う。



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