史上最小の作戦 その9
ちょっとしたお遊びがまじっています。
稲穂はボロ船の奥というか底でこの一連の流れを観測していた。
船室というか船倉のような場所にいる彼女がどうように日本海の空の上の緊迫した展開を見ていたのかというと、実のところ見ていたではなく、モゲタンの力を借り米軍のシステムをモニタリングし、観察を行っていた。
上空の行動を逐一、冷静に、かつ正確に状況を把握していた。
当初はこの成り行きには干渉しないつもりでいたのだが、米軍機が不利な状況、なおかつかの国がミサイルを発射した瞬間に第三次世界大戦が勃発してしまうかもしれないという危機的な事態に、それを黙ったままで見ているようなことはできず、居ても立っても居られないような心境に駆られ、さらに言うとモゲタンからも介入したほうが良いという言葉をもらい、急遽介入することを決める。
決断と同時に、それまで大人しく待機していた船室から勢い込んで飛び出す。
が、その持てる力をフルに発揮してしまったのではこのオンボロの、それでなくとも先程までの海兵隊との一幕でさらにボロボロになっている状態では、その力に耐えきれなくて沈みかねない、そんな事態に陥ってしまったら制圧のために乗り込んできた海兵隊の皆さん、さらにはボロ船の船員達が海へと投げ出されてしまうことに、板子一枚下は地獄という言葉があるくらいに、海という領域は危険な場所、味方も敵もなるべく被害が出ないように万難を排し、稲穂は空間跳躍の力を使用して船室から脱出。
そして一つ付け加えると、船が沈んでしまったら証拠の、こういうのを瀬取りというらしい、品が海の藻屑と消えてしまう。
空間を跳躍し、稲穂が目指した場所は上空。
かの国の戦闘機が飛来してくるであろう場所をモゲタンがこれまでの飛行ルートから算出し、その地点を目指し空間を幾度も跳んで上昇。
より正確に記すと、稲穂が目指した地点はかの国の戦闘機の予想移動ポイント。これはモゲタンがこれまでの飛行ルート、それから今の状況を加味し、算出したものであった。
空間跳躍を何度も繰り返し、上空へと、高度を上げながらかの国の戦闘機との距離を詰めていく。
稲穂の能力では音速で飛行する戦闘機を追いかけるだけの速度は当然ながらない。一時のその身体に宿した力がまだ残っているのであれば、それを使用してマッハを超えるような速度で飛行できる物体に取り付くことも可能であったが、それは目的を果たすために月の内部で爆発させてしまった。だから、人の力を遥かの超えるような能力はいまだ有れど、文明の利器を超越するような力までは有してはいない。従って、予測を立てて接近するほか手段はなかった。
稲穂の身体がかの国の戦闘機の内先行する機体の進行方向の数百メートル先、さらにいうと高度もやや上に出現。
人知を超えるような存在であるモゲタンでも少ない情報と短い時間で計算ミスを犯してしまった、というわけではなくこここそがモゲタンが示した地点であった。
音速に近い速度で飛行する物体にとって数百メートルの移動はほんの数秒である。
ピンポイントで戦闘機の機体に取り付くのではなく、前で待ち伏せというのが稲穂とモゲタンの作戦。
ついでに高度がやや高かったのも、重力に引かれての落下を計算してである。
眼前に、何もないはずの空間、上空に突然人影が現れた。
その姿は機体のレーダーでは捕捉しなかったがよく見える視力を持つパイロットの眼にはしっかりと視認。
上空数百メートルの地点に白衣を着た髪の長い女が突如出現。
厳しい訓練を受けたパイロットであってもこの突然の出来事に驚いたのはまず間違いなかった。その人物の当時の心情を詳しく知る術はないが、その機体の動きが如術に物語っていた。
回避行動をとっても間に合わない距離にもかかわらず、咄嗟に操縦桿を前へと押し込む。これがパニックになりかけている証左であった。冷静に判断するならば落下している物体を回避するならば操縦桿を引く、つまり高度を上げる選択をするはずなのに、それとは逆の動作を。
かの国の戦闘機は機首を下げ、高度を下げる。
激突しなかった。
しかしこれは回避行動が成功したわけではなかった、何かが機体に、コックピットを覆う風防、キャノピーに貼りついた。
それは稲穂の穿いていたパンツ。ズボンではなく正真正銘の女性用下着、ショーツ。
衝突する寸前に稲穂は着用していていたパンツ一枚だけをその場に残して空間跳躍を。
これはモゲタンが演算ミスをして忘れていったわけではなかった。とある目的のために。
ボロ船の中でずっと動かないでいたにもかかわらずちょっとした問題が稲穂に身に訪れていた。それはパンツの食い込み。普段着用しているボクサータイプにパンツならばそういうことは気にならないのだが、実里に変装しているからこの時は下着も彼女が普段着用しているのと同じような品、同じサイズのものを。そこで件のようなことが。これまでの人生で幾度なくセクシーな、空に残したショーツよりも過激で細いものを穿いたこともあったが、これほど長い時間着用し続けてことはなく、またモゲタンの能力によってそのようなことに悩まさられることは皆無であった。であるならば今回もモゲタンの力で解消してもらえばと思われるかもしれないが、モゲタンの力は状況把握、米軍のモニタリングで使用しており、そこにリソースを回せるだけの余裕がなかったから。加えてサイズが若干であるが小さかったからこそ起きた事態。
長々と講釈をしたが兎も角パンツの食い込みが稲穂には少々鬱陶しかった。
だからそこに脱ぎ捨てた。
まだ体温が残るパンツはかの国の戦闘機のコックピットキャノピーにペタリと貼りつく。パイロットの視界を塞ぐのだが、しかしパンツ一枚なので表面積は少なく塞ぐというよりも注意を一瞬惹きつけたというほうが正しい、すぐに風圧で飛ばされ四散してしまう。
衝突の事態を回避でき、安堵し、かの国のパイロットは下げた高度をまたが上げようとした。
しかしその瞬間自身の身、というか機体に起きた異変に気が付く。
有視界は回復したが、今度は電子の視界、つまりレーダーの類が一切反応を示さなくなった。
それだけではなくファイヤーコントロールの類も。
これは全て稲穂とモゲタンが行ったことであった。
着衣の一部を利用する、そこにモゲタンの機能の一部を複製したナノマシンを無数に忍ばせ、戦闘機と接触した際に内部のコンピュータ内部に侵入し、飛行に関すること以外の行動を制限。
攻撃の手段を奪うことに成功。
この一連の流れにかの国の戦闘機のパイロットは茫然となりながらも、何とか機体を制御し、そして小さく一言漏らした。
この言葉は無線を通じ後続の機体のパイロットの耳に。
「鬼が出た」
当然その言葉は日本語ではない、が訳すとこういう意味合いであった。
ここで一つ補足を。この「鬼」というのは日本の鬼、つまり頭から角が生えているような異形な存在のものではなく、死者とか死霊とか、日本における幽霊のようなものを指す言葉である。
あのパイロットには突然姿を現し、パンツ一枚だけを残して消えてしまい、そして自身が操る機体に障りをもたらした稲穂のことが悪霊の類、彼らの言うところの「鬼」のそのものにように思えたのであった。
後続機のパイロットは、先行機のパイロットの気がふれたのか、もしかしたらこれからの選択次第で大きな戦争になるかもしれないというプレッシャーでおかしくなり幻覚でも見たのかと考え、基地に報告し、それから自分が先に飛ぶべきだろうかという判断を仰ごうとした。
が、その考えをすぐに撤回。
無線の声を聞いたからなのか、それとも先行機のパイロットよりも目が良い、ここでいうのは普通の視力ではなく深視力や動体視力、から眼前に突然出現した物体、つまり稲穂のことを即座に認識。
といっても姿形をハッキリと捉えたわけではなかった。何かが突然前に現れた、と。
が、それだけでも十分であった。接触の可能性があるから即座に回避行動をとる準備を。
次の瞬間、先行機が鬼といって女のようなもの、稲穂のこと、は視界から消えた。
しかし完全に消えた、空間跳躍をしたわけではなかった。
今度はブラジャーを脱ぎ捨て。
ブラを置いていった理由は前述しているようにナノマシンを戦闘機に付着させ、機体の大半を一時的に乗っ取り攻撃できないようにするためである。
では、なぜ今度はブラなのかというと、パンツの次はブラだろうという至極単純な理由からではなく、パンツ同様に普段着けてないワイヤー入りのブラに、いつもは大体スポブラ、にこれまた難儀というほどもでもないが、窮屈感や蒸れ、それに痛みやかゆみみたいものが鬱陶しくなり、ここで脱ぐというか選択を。
それが脱ぎたてのブラであるということは分かりはなしなかったが、戦闘機のパイロットの回避行動は先行機よりも若干早かった。
横へとスライドして回避。
前を行く機体のように、コックピットキャノピーにブラが接触という事態は回避したものの完全によけきれたわけでなかった。
主翼のピトー管に引っ掛かる、その際千切れた破片が尾翼。そこからナノマシンが侵入し制御の一部を使用不能に。
飛ぶことと交信以外の機能をモゲタンによって制限されてしまったかの国の戦闘機二機はともに期待を反転させ、この空域、日本海海上からその姿を遠ざかっていった。
思えば遠くに来たもんだ、300話以内で終わらせる予定だったのに。




