史上最小の作戦 その6
今回も会話劇。
「それってもしかしたら、船が事故で動けなくなったやつ? ニュース速報で流れた」
「……ちょっと待て麻実。あれは確か二隻という話じゃなかったか」
「あっ、そうか。じゃあニュースで流れたのは違うのかな」
首を小さく傾げながら言う。
「それで合っているわよ」
桂が肯定を。
「えっ? でも二隻でしょ」
「さっきの言葉。稲穂ちゃんが船の中はガランとしていたって言ったでしょ」
「うん、言ってた」
「その答えがこれだったんだ。私、というか実里さんを運ぶだけじゃなくて、途中で別の船から物資を極秘に受け取るという任務があったみたいだった。その証拠にガランとしていた船の中にどんどん積み荷が運び込まれてきたんだ」
「あれ。あそこの国ってたしかいけないことをして経済制裁されてて輸出とか輸入が禁止されているんじゃ」
いけないという言葉を強調及び意味深に発音。しかしそのいけないことはエッチなことではない。
禁止されている核兵器の開発を秘密裏に何度も行い、国際的に経済制裁をうけていた。
「そういうのはまずいのじゃないのか」
「うん、非常に不味い事態。多分普段からやっているようなことだと思うけど、今回はまあ運が悪かった。私を運んでいたから」
「稲穂を運んでいたのがどうして運が悪いことになるんだ」
「あっ、もしかしてシロがその行為を妨害したとか。大暴れして船が壊れて、それで航行不能になったというニュースが流れたんだ」
「違うよ。その真相は……って、これは話してもいいのかな」
独り言ちているように聞こえるが、実際には脳内でモゲタンと会話を。
「何、それ危ない話なの」
言葉とは裏腹に少し楽しそうな音で。
「うん、かなりヤバい話」
声を落として稲穂は答える。
「……しかし、私のことで起きたことなのだろ。なら、何が起きたのか知ってはおきたいな。誰にも話すなと稲穂が厳命するのならば墓場まで持っていく、絶対に人には言わない、約束する。まあ、そもそも私には外で話をするような相手はほとんどいないからな」
真剣な面持ちと声で実里は。そして最後はやや自嘲気味に。
「桂は知ってんの?」
「まあね。会社に関係することだし、あんまり役に立っていないけどこれでも一応は共同経営者の一人だから。知らなくてもいいような社会の裏を色々と知ることになってしまったのよ」
最後は嘆息交じりに。
世の中綺麗事だけで回っていないことは承知はしていたが、それを上回るくらいに世間には隠された事柄が多い。
「えっと……ごめんな」
桂は教師という職を辞し、この会社に参加したという経緯があった。一般人として生きる生活もできたのに巻き込んでしまった遠因は自分にあるからこその謝罪の言葉。
「いいのよ、自分で選んで決めたことだから」
「実里は聞く気満々みたいだし、桂も知っているし、これであたしだけが聞かないという選択をしたらなんか仲間外れみたいじゃん。まあ、これまでも絶対に外に出したらいけないことも知ってそれを内緒にしてきたんだし、多分今回も我慢できるはず、だからあたしも聞きたい、真相知りたい」
「……わかった。もう一度念を押すけど、これは外で話すことはもちろん、ネット上に上げるのも絶対に禁止だから、フリじゃないから」
「わかった」
「りょーかい、了解」
「麻実さん軽いなー」
「大丈夫だって。信頼ないのかなあたし」
「そんなことないよ」
これまでも絶対に秘密にしないといけないことは守ってきた実績があった。
だから、信頼はしている。
「これはあくまで推測だけどあの国はこれまでも隣の国から海上で物資の受け取りを秘密裏に行っていたと思うんだ。でももう一度言うけど、今回は非常に運が悪かった。実里さん、というか私を運んでいたから」
「どういうことなんだ?」
「うん、今回の作戦を前に関係各所に連絡を入れておいた。その中には防衛省と公安、それから米軍関係にも。以前から半島の国が日本に秘密裏に上陸していろいろとしていることは分かっていたけど、そのルートを完全に把握していなかったんだ。だから今回事前に通達することによって、私という餌を使用してそこを確定させようとしていたんだ。そのために空から秘密裏の監視をしていた。ところが途中で船が停止、万が一の時のために救助の要請をしていたんだ。だから、緊急事態があったと判断して船に接近したんだ。そしたら……」
「どうなったの?」
「さらに非常に不味い事態が発生した」
「で?」
「二隻のうち一隻は私が乗ったボロボロの。そしてもう一隻、物資を運んでいた船はあの国の隣の国のでしかも軍艦だった。だからまあ高性能。空から監視をしていた海上自衛隊の哨戒機に向けてレーダー照射をしたんだ」
「……それってもしかしてかなりヤバいんじゃ」
声を落として深刻そうに麻実は言う。
「どういうことだ? レーダーなんか普通に使用されているようなものだろ。例えば測量とか、天気とかで、あと私は使用しなかったけど実験なんかでも使うものだろ」
「普通の生活で使用されているものなら問題ないんだけどね」
「ってことは、やっぱりファイアーコントロールの」
「うん、そうらしい。その時は船の中にいたから分からなかったけど……。後で聞いたら、完全にレーダーを当てられていたって」
と、稲穂は言ったが実際には両耳のピアスのモゲタンのよって、その場で即座に状況を把握していた。
「そうか。ところでファイアーコントロールとはなんだ?」
「日本語で言うと火器管制、つまり攻撃の意思をレーダー照射という手段を用いることによって示したということになるの」
麻実が実里に説明を。
その説明を補足するように稲穂が続けて、
「レーダー照射されていることは哨戒機にも分かるから。それでロックオンされたと判断して管制からの指示で一時その場から即座に離脱した」
「攻撃されたと同じなのだから、反撃したんじゃないのか?」
「レーダー照射だけだからね。実弾を撃たれないと反撃できないから自衛隊は」
自衛隊はポジティブリストによって行動が制限されている。相手側に攻撃の意思が満々であっても、自衛隊側から先制攻撃を行うことは厳禁されている。どんなに有利な状況であっても先に撃たれないと反撃することができない。もっと言うと現場での判断もできない。上からの判断、政府の許可がない限り手にしている武器を使用することも法で固く禁じられている。
「あれ? でも確かニュースで発砲とか言ってなかったっけ」
「ニュース速報だから言ったじゃなくて書かれていたが正解なのじゃないのか」
と、実里が訂正を。
「まあ、それはどっちでもいいけど。それで発砲はあったの? なかったの?」
「あったのよ。これも運が悪いことに」
桂が。
「また運が悪かったのか?」
「運というか、偶然というか、優秀すぎるゆえに起きた悲劇というか。ね、稲穂ちゃん」
「うん。実をいうととある事情故に海上保安庁には事前に通達はしていなかったんだ。だけど、さっき桂さんが言ったように海保は優秀な組織だから、巡回中に海上で停止しているあのボロボロの船のことを発見して近付いてきた。そこで軍艦から発砲されたみたいなんだ」
情報の共有はしなかったが桂が言うように、少人数で低予算ながらも日本の海を守る優秀な組織である。以前より某国から密航のことは把握しており、今回その現場を抑えるために近付いてきたのであった。
「シロはその光景を目撃したの?」
「その時には私はまだ船の中にいたから。外が騒がしくなっているのには気が付いていたけど」
この言葉は嘘である。先程も記したが、モゲタンの能力で外の様子は常に把握していた。が、そのことを知らない実里の前でそれを語るわけにもいかず、それ故に小さな嘘を。
「ずっと中で様子を窺っていたのか?」
「まあ、結果的にはそうなるのかな。その時、この混乱自体に乗じて船から脱出しようかとも一応考えたけど」
「船から脱出。海の上だろそんなことして大丈夫なのか?」
稲穂の能力からすれば荒れた海上であっても船からひそかに抜け出し、日本海を某漫画の早乙女親子のごとく泳いで渡り再び日本国の地、本州に上陸することも十分に可能なのだが、如何せん何度も書くが、実里はそのことを知らない、実情を知らない人間の前でそのことを話すわけにもいかず、
「船の中には上陸用なのか、それとも救命ボートなのか分からないけど小型のゴムボートのようなものがあったのを確認していたからそれを拝借しようかと」
この言葉も小さな嘘。在ることには在ったのだが冬の日本海で使用するには心許ないものであった。それ以前に稲穂にとって必要なものではなかった。
「当初は上陸してから脱出する予定だったのよね」
「うん、そう。そこで抜け出してあらかじめ連絡を入れておいた米軍と合流して帰国する計画だった」
「よく知らないがこういう計画を途中で変更してもいいものなのか?」
「本当は良くないことだけど、世の中予定通りに進まないことが間々あるから。臨機応変に事態対応するという申し合わせは事前にしていたし、連絡を取る手段もあったから。しばし考えて、計画変更でここで逃げ出そうかなと決めた途端にまた事態が大きく動いたんだ」
次話も会話劇。
補足
本文では書いてはいないが、稲穂が海保に連絡を入れなかったのは、海上保安庁は国土交通省の管轄であり、そしてその担当大臣は実里の研究を狙う国と強い結びつきがあるとい噂のある団体と密接にある政党であるから、万が一としてそこから情報が漏洩することは避けるためにわざと通報しなかったという裏設定が。




