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史上最小の作戦 その3


 リーさんの要求は、稲穂個人の力ではどうこうできるものではないのだが、それでもこれまでの仕事で培ってきた伝手(つて)を使えば、おそらくなんとかできるであろうとモゲタンが判断、それを脳内で稲穂にモゲタンが伝達、それから、

「分かりました。ですが、確実に貴方の要望に応えることができるという保証はできませんが」

 という言葉を。

 方々(ほうぼう)に手を回せば、おそらく大丈夫であろうが、それでも絶対、確実とは言えない。だから、確証を公言はしなかった。

 もっともモゲタンの力を使用すれば、非合法の手段であるがリーさんの望みを叶えることが十分に可能であるのだが、それは最終手段であり、できるならばあまり使いたくない手であった。

「かまいません。こちらから要求するような立場じゃないのですから」

 と、流暢な日本語で。

 予想外の出来事に、さらには自身の要求ももしかしたら叶えてもらえることができるかもしれない、リーさんの緊張が若干解け始める。 

 そうするとこれまでの間ずっと本来の機能ではなく、その逆をしようとしているのを必死に留めていた器官、胃が正常な働きを取り戻し、目の前の冷めた水餃子を欲するくらいにまで動き出し、リーさんは匙でスープを、それから餃子を口に。

 あっという間に平らげてしまう。

 平らげても物足りない。

 リーさんは追加の注文を。それに併せて稲穂も定食の追加を。

 追加の品が卓の上に並ぶ前にリーさんと稲穂は今後の話し合いを。

「それで実里さんの拉致のことなのですが……」

「ええ」

 まだ残っている中華丼をさらえながら稲穂は。

「私は失敗してしまったので、実里さんを本国へと送りだす方法が今はありません」

「それは……」

 失敗の原因は自分であるから、稲穂は思わず口籠ってしまう。

「……ですけど、別の国を経由してならできるかもしれません」

「どういうことですか? ああ、なるほど、そうか」

 疑問を口にしたが、すぐにもしかしたらという考えが稲穂の中に浮かび上がり、それにモゲタンも〈おそらくそうだろう〉という同意を。

 リーさんの母国と日本の間には日本海という海が。そこにはかの国以外の国が存在している。かの国とは友好関係に。

 リーさんのいう別の国というのは、社会主義を標榜し何人もの日本人を日本国内から拉致して本国へと送っていた。それは稲穂の、稲葉史郎の生まれるはるか前のことであったが、二十一世紀に入ってからも工作船で上陸という事件があった。

 その国の船で日本国内から連れ出すという。

 この案を聞き、稲穂はしばし思案を。

 工作船のニュースは稲穂も覚えている、木造でかなりボロボロだったような記憶が。そんな船で冬は過ぎたけどまだまだ荒れる可能性のある日本海を実里を乗せて行かせるのは。

 脳内でモゲタンとディスカッションをし、

「それでお願いします」と了承を。


 了承し、そこから具体的な作戦会議を。

 作戦会議そのものはわずか数分で終了。

 これは現状で決定できることが少ないということもあるのだが、それ以上に切り上げた理由は追加注文した品が届いたからであった。

 盗聴、傍受の心配がないといえ、第三者のいる前で大ぴらに話すような話題でない。

 この店の主人であるからその心配は一応皆無なのだが、大体において秘密の漏洩というのはいくらセキュリティを固くしても、人の口から漏れ出るもの。こと日本では、機密情報は居酒屋から出てくるという冗談があるくらい。

 追加注文を、特に会話もなく二人は黙々と口の中へ。

 

 目的を終えた後で長居する必要性はなし。

 そもそも会話の花を咲かすような間柄でもないし。

 まずはリーさんが座敷から離れ、それからしばし時間をおいて稲穂も店を後に。

 作戦の決行はリーさんからの連絡待ちであった。

 秘密作戦のための連絡、万が一にでも漏洩しては困るから、彼女には秘匿の連絡方法を伝えてあった。

 伝えることは伝えた、あとはリーさんからの連絡待ちの身。すべきこともないので、愛する家族のそれから実里が待つ自宅へと帰還し今日の疲れをゆっくりと癒す、というわけにはいかず稲穂は店を出たその足で事務所へと直行。

 待つ身ではあるがその間何もすべきことがないわけではない。

 しないといけない重要なことがあった。

 秘密裏の作戦、しかも限られた少人数での決行予定ではあるが、それでも周辺を騒がしてしまうことはまず必至。

 その為におそらく影響が出るであろう関係各所に事前連絡を稲穂自身で。が、これは大っぴらにではない。

 普段の業務内容ならば、秘匿連絡などせず、そもそも稲穂自身が行うことなく事務所に人間に行わせればいいのだが、この作戦は先にも書いたが少人数で行うもの、それを知る人間は少ないほうが良い、信頼できる社員達ではあるが、どこから情報が漏洩するか分からない、自身一人の作戦であるならば多少漏れたところでそれほど問題ではないが可能な限り不安要素は排除すべきという判断のもとで。

 外国籍の人間が隣国の工作船を利用しての日本人拉致。

 これが世間に出たら日本国内を騒然とさすことはまず間違いなく、それ以上に国際問題へと発展しかねない。只でさえ工作船の所有国とは緊張状態であるのに、ここに余計な油を注いで火の手を大きくする必要はない。あの国に大してあまり良い印象のない稲穂でも余計な国際問題という事態に発展してしまうことは避けたいと考えていた。

そうならないための秘密裡での作戦であるのだが、世の中机上の空論で物事が上手くいくというためしはない、想定もしていないことが突如として起きるということは多々あること。

 そうなった場合に備えての事前の秘密連絡という名の根回しを。

 かといって関係各所全てにするわけではない。

 すべきところと、しないほうが良いとこと、これらをモゲタンとよく吟味。 

 その結果、稲穂が秘匿回線を用いて連絡したのは、業務上で知り得た防衛省関係、これは日本海が作戦の舞台であるから。それから米軍関係、さらには拉致なので公安、そして内閣府へと。


 関係各所への連絡という根回しを済ませ、それからリーさんの希望を叶えるために尽力し、何時でも作戦実行が可能な状態になってから三日後。

 リーさんからの連絡が。


次話は変則回

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