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史上最小の作戦 その2

今回も作戦前。



 警告、それから無茶な要求、請求、もしくは報復をされるのではという覚悟を抱いて来店したのだが、全然予期していない、想定外の内容がリーさんの耳に。

 日本語であった故にもしかしたら自分が聞き間違いをしたのではと思いながらもリーさんはしばし固まってしまう。

 そんな彼女の様子を見て稲穂は、脳内でモゲタンに、

(日本語じゃなくて向こうの言葉のほうが良かったのかな。でも、話せないからな、というか向こうの言葉のアクセントちゃんと発音できないよな。正確に発音できないと意味が通じないんだよな、たしか)

〈喋るということにおいてはワタシがサポートしてキミの舌をコントロールしてきれいで正確な言葉で話すことも可能だ。だが、彼女は日本語が堪能だったはずだが〉

(そうだよな。実里さんとの会話は日本語だったはずだし。よし、もう一度言ってみるか)

〈念のためにゆっくりと話すのはどうだ? 思いもよらぬ提案に、不意を突かれてしまい困惑してしまっている可能性が大だ〉

(ああ、そういう可能性も十分にあるな)

 という脳内会議を行い、再度、

「もう一度実里さんの身柄を拘束して、本国へと送り届けませんか」

 と、ゆっくりと、かつハッキリと、母国語でない人にも聞き取りやすい発言を。

 

 聞き間違いではなかったことは確認できたが、相手の真意が理解できなかった。

 いったい何の得が実里に、向こう側にあるのだろうか、そんなことを考えてしまい、この魅惑的な提案にリーさんは即座に乗ることができないでいた。

 黙ったままで稲穂を見る。

 当然稲穂も見られているという認識はある。

(やはり唐突すぎるというか、こんな提案をしてくるなんてまず普通考えないよな)

〈まあ、そうだな〉

(どうする? もう一度言うか? それとも理由を説明したほうがいいのかな?)

〈うーん……そうだな。キミの言葉は彼女にちゃんと伝わっているはずだ。だからこそのこの沈黙なのだろう。ならば、もっと詳しく事情を説明して彼女の困惑を解くのがいいだろう〉

(じゃあ、そうするか)

 脳内での短い会議を終了し、稲穂はまだコチラをジッと見ているリーさんに微笑みかけ、それからコップの水を口に含み、口中と喉を湿らせ、

「これは実里さんからの提案なんです。向こうに渡る意思がないことに変わりはないけど、それでもこのまま自分が行かないと貴方に迷惑をかけてしまうと心を痛めています。ですから、わざともう一度拉致されて、あなたの管轄が外れたところで救出されるというのが実里さん、秦さんが望んでいることです」

 一気に事情を説明。

 説明した後に、しまった彼女にとって日本語は母国語ではないのだから、もう少しゆっくりとかつ解りやすく、分割して話せばよかったと稲穂は内省を。

 そんな稲穂に、

「……それは本当に、彼女、秦さんの希望なのですか?」

「はい」

「……どうして?」

 依然困惑を継続したままでリーさんは質問を。

「それは貴女に迷惑をかけたくないからだと言っていましたけど」

「……それは聞きました。でも、どうして? 私は彼女の研究を盗んだのに」

 正確には盗んだわけではない。それまでの研究データと教授を本国へと送っただけ。

「それでも彼女は貴女に対して悪いことをしたと気に病んでいます」

「それはコッチ側が感じるようなことなんじゃないのですか」

 仕事として、国への忠誠の証として行ったことで、そこに良心の呵責のようなものは一切ないのだが、それなのにどうして行われた側がそれを感じるのかどうにも理解し難く、今更ながらに日本人との精神性の違いに少々戸惑いながらリーさんは言う。

「確かにそうかもしれませんが。ああ、そうそう。貴方には恩があると言ってました」

「……おん?」

 最初は音と聞き間違いをし、それでは意味が通じないと考えそれからようやく恩であると理解した。

「恩ですか?」

「私には直接話してくれませんでしたが、教授との関係や、あとは日常生活で非常に恩恵を受けたと」

「……ああ、なるほど。……けど……」

 教授の夜の相手は篭絡するために必要であって、実里に対して恩を売るつもりなど毛頭もなく、むしろ寵愛を奪われたことについて恨まれてしまっているのではと最初のころは思っていたくらいだ。そして日常生活に関しては、彼女のあまりの駄目っぷりを見かねてちょっと面倒を見ただけのこと。そこには特別な意味合いがあるわけでもなかった。

「それでこれ以上貴女の失態にならないように、振りを、偽装をしようと」

「それは向こうに行くということなのですか?」

「さっきも言いましたけど、途中で、貴女の管轄から離れた場所で私達が秦さんを救出します」

「そんなことできるのですか? できるでしょうね、あの連中を退けた貴方達なら」

 実里を拉致しようと差し向けた連中は特殊な能力の持ち主。

「ええ、可能です。仮に軍が出てきたとしても実里さんを奪取する自信はありますから」

 聞かれてもいないことまで稲穂は話す。これは、降ってわいた好機に助平心出させないための釘差し的な意味合いで。

「どうやって? と、聞いても教えてはもらえないのでしょうね」

「ええ、そこは業務上の秘密で」

 と、言いながら人差し指を口元へと。

 自身の力を見せつける、圧倒的な能力を披露して、コチラ側へと引き込むという手段もあることにはあるし、それについての検討をモゲタンとも協議したのだが、交渉はできる得る限り穏便に行いたい、彼女との今後の関係はどうなるのか今のところ全く定かではないが、作戦後も接点を持つのであれば、なるべく力を知られないほうがいいかもしれないという意見のもとで、内密に、秘密に。

「……そうですよね……」

「すみません」

 謝る必要性はないのだが、悲しいかな日本人。思わず謝罪の言葉を口にしてしまう。

 そんな稲穂を見ながらリーさんは沈思黙考を。

 どのような手段を用いて奪還するのか全く分からないが、それでも相応の自信があるのだけは十分に感じ取れた。

 ならばどうするのが得策なのか?

 この提案を受けるべきなのか、それとも撥ね付け拒否するのか、または要求に従う振りをして目の前の女を出し抜き、実里とこの連中の情報をもって本国へと帰還するべきなのか。

 従えば落ちた失墜が少しは回復すかもしれないが、組織内でのこれ以上の出世は不可能であろう、そうでなくとも少数民族出身の自分にはこの先それほど大きな役職に就くことはまず不可能であろう、ならばここで飛び込んできたチャンスを最大限に利用する。

 そこまでリーさんは考え、そして静かに口を開き、

「その申し出を受けるのに一つ条件があるのですが……」

 このような交渉をするような立場でないことは重々に招致しているのだが、リーさんはとある要求をおずおずと切り出した。


次話も。

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