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アクション 2


 彼は別に弱いわけではない、護衛という任務においては同行していたSよりもはるかに勝る力量の持ち主であった。それなのに稲穂が空間を跳躍し移動しているほんの僅かの時間の間に今、稲穂の目の前にいる男に敗北。

 そして稲穂が駆け付けた時にはもう実里の姿はなかった。

 彼が弱くて実里を守り切れずにその身柄を奪取されてしまったわけではない。

 体中を切り刻まれて、倒され、そして止めを刺されようとしているのは、この男が特殊な力の持ち主であったからに他ならない。

 不気味な男同様にこの男もまた異能の力の持ち主であった。

 そしてその力は、身体の部分をそれぞれ独立して動かすことができるというもの。

 例えば、殴るという行為は腕だけで行うものではない。右の拳を繰り出すとき腕を後ろに引き、前へと放つ、予備動作が必要である。

 しかしながらこの男の動きにはその予備動作がない。

 だからその動きが読めない。格闘家、ボクサーはそのパンチを見て避けているわけではない。パンチを繰り出すための予備動作を見て、そして避ける。

 これは当然Rも同じであった。

 これまでの訓練及び実戦でそれを培ってきた。

 それが全く役に立たないというわけではないが、Rがこの男に苦戦したことの大きな要因である。

 ナイフの握られた右手が予備動作なしに伸びて、Rの左腕を傷付けた。

 実里の護衛をしているRは彼女を背後にかばいつつ、軌道の読めない動きに苦戦し、そして物理的にも心理的に、そしてもちろん身体的にも徐々に追い詰められていき、稲穂が駆け付けた時のような惨状に。

 友人である実里のことも心配なのは当たり前であるが、自分が出した指令のせいで今まさに止めを刺されそうに、生命の危機にあるRを放っておくわけにはいかない。

 稲穂は、ナイフを持つ男と対峙。

 先にも書いたように彼の動きは、人のそれとは違う特殊なものであった。

 が、それだけであった。

 特殊な動きであっても、それで人の能力を凌駕するような速度で動くわけではない。稲穂にとっては少々トリッキーな動きにしか見えない。

 勝負はまたも一瞬であった。

 空間転移をし、止めが刺されそうな現場に到着した稲穂は一瞬で状況を把握し、これはモゲタンのサポートのおかげ、両者の間に割って入り、トリッキーな動きも歯牙にかけずにナイフを持つ手を掴み、ねじり上げ、そのまま右腕をもって投げ飛ばす。 

 身体が独立した動きをするだけでこの男の身体能力は一般の人間とさして変わらない。背中から叩きつけられた男はその場で昏倒。

 男の意識がないことを確認してから稲穂はRの傍へ。

 幸い命の危機はなさそうではあったが、深い傷が背中に。

 傷は神経にまで達しており、このままにしておくと下半身の神経不随になる可能性が。

 稲穂はモゲタンに頼んでナノマシンをRの身体に注入し、神経の修復、および止血を。

 と、同時に出血が多くて話すことができないRの脳内に侵入し記憶を。

 プライバシーの侵害であることは重々に承知しているが、彼の傷がモゲタンの力によって少し回復し、話せるようになる時間も惜しい。

 この場には実里の姿はない、彼女の行方、安否が心配であった。

 実里とRを襲ったのはそこで昏倒している男一人ではなかった。もう一人いた。

 この男の存在がRに深手を負わせる大きな要因に。

 もう一人の男は特別な力を有してはいなかった。しかしながらそれで足手まといの存在、数合わせで実里追跡の任に当たっていたわけではない。その男こそが、この実里拉致作戦の現場指揮者であった。Rが異能能力の男と対峙しながら実里を護衛している隙を突き、実里へと静かに接近。異能の力に苦戦していたRはこの接近の察知が遅れてしまった。これが致命的なミスに。護衛が主任務故に目の前の男のことが一瞬疎かに、実里の安全を守るべく背中をみせてしまう。この時ナイフで切られて深手を負い、動けなくなり、ナイフを持つ男におもちゃのように嬲られ、その間に実里を捕獲され、薬で意識を失わされ、そして連れ去っていった。

 実里の救出に急いで向かわないと。

 しかしながら、生命の危機、下半身不随の危機を脱しているとはいえ、Rをこのまま一人残しておいていくのは。

 現在、昏倒している男が意識を取り戻し再びRに襲い掛かる可能性も十分にあり得る。そうなった場合、せっかく致命傷から脱したのにまた致命傷を負ってしまうかもしれない。

 実里をすぐにでも追いかけたいという気持ちを抑え込んで、まずは昏倒している男の処理を。といっても、殺すわけではない。男の両腕を後ろに回し両親指を紐で結ぶ、それからズボンを脱がし所謂もろだし状態にし、足首をベルトで硬く固定し、トイレの個室に放り込み、警察に通報。

 警察が来る前にRを連れてこの場から離れる。

 Rを連れて赴いた場所は駅から近いファッションビル、所謂ラブホテルであった。

 ナノマシンを注入し止血し、致命傷は塞いだものの、Rの身体の至る箇所はナイフでの切り傷だらけであった。普通ならば病院へと連れていく、その時間すらも惜しいのであれば電話で救急車を呼ぶという手段もあるのだが、稲穂がそれらを採用しなかったのは、一言でいうと面倒であったからだった。病院へと駆け込んだ場合、このようになった経緯を聞かれるのでそれを説明しなければならない。これが事情が分かる、会社と契約している病院であるのならばそんなこと全くする必要はない。けど、その病院は都内にあってここからは遠い。近くの病院へと搬送することになるのだが、どう見ても事件性があるために警察へと連絡が行くことになるはず。そうなると説明および他のことで非常に厄介、面倒なことに。それは救急車でも同じ。

 そして、駅周辺にあるビジネスホテルではなくラブホを選択したのも同じような理由だったからであった。

 対面での受付ではなくパネルボタンで部屋を選択するシステム。それに加え、稲穂とRは一応男女。入るのに怪しまれることがない。

 適当な部屋を選び、Rを寝かせ、それから会社に連絡を。今現在事故処理で四苦八苦しているはずのSに伝令を。それからRにメモを残す。

 大きなベッドの上で寝息を聞き、容態が安定していることをモゲタンに確認し、部屋に鍵をかけ、空間転移を行い、実里奪還へと。

 ちなみにだが、メモの中身はSが迎えに来る予定だから、そのまま部屋で待機しろ、であった。稲穂の指令でSは文句を言いながらもきちんと迎えに来るのだが、ラブホから出てくる男二人でいかがわしいホテルから出てくる。そこにやましいことは一切ないのだが、その手の妄想逞しい女子たちの恰好の餌になり、後日、麻実や文にからかわれオモチャに二人はされてしまうのだが、それはまた別の話。


 さて、モゲタンのナビゲートで実里を追って空間を転移し続けた稲穂が辿り着いた場所は先程までいたホテルとは異なるラブホであった。

 実里を拉致した男は迎えが来るまでの間、行きがけの駄賃というわけではないが、この若い、といってもそう若くはないが、女研究者の身体を楽しもうと画策していた。性的な魅力があるわけではないのだが、一仕事を終え昂ったままの心と体を、実里の肉体を使って解消しようとしていた。待っている間の退屈凌ぎに。

 鏡張りのホテルの部屋の大きなベッドの上で実里は朦朧としていた。まだ薬の影響が残っていた。

 そんな彼女の上に男は全裸で跨り、今まさにことに及ぼうとしていた。

 尚、余談ではあるがこのホテルはかの国の人間が経営していた。だからこそ、ここを迎え場所にしてあり、そして稲穂がRを休ませる場所にしなかった理由である。実をいうとRを運んでいる段階で実里がこのラブホに連れ込まれていることは把握していた。ならば、ここでRを休ませてそれから実里の救出に向かえば、余計な時間とエネルギー消費を防ぐこともできたのだが、かの国と関係のある施設に傷付いているRを置いておくのは。

 男が実里の服を強引に剥ぎ取り、まさに今から襲い掛かろうとしたところに、空間転移をした稲穂が。

 この男は作戦の指揮を執っていたが、能力を有しているわけではない。普通の成人男性から少し毛が生えた程度の戦闘力。

 それに加え、まさかこの部屋に第三者が突如として出現するなんていう想像はしておらず、事に及ぼうという矢先で警戒というものが一切ないような状態であった。

 一方の稲穂もまたこんな事態になっていることを想定していなかった。

 互いの目が合ってしまう。

 動きも止まる。

 先に動いたのは稲穂だった。床をけり、ベッドの上での実里に跨っている裸になっている男の顔面に飛び蹴りを。

 そのまま全力での蹴りを喰らわせてしまえば、男の顔が破裂してしまう。

 足が当たる瞬間、モゲタンが男の顔の前に円盤状の盾を幾重にも展開。それによって稲穂の蹴りの衝撃を和らげる。

 それでも強烈な蹴りであった、

 首がちょっと向いてはいけない方向に向き、横回転をしながら男の身体は真横へと飛ぶ。

 そしてそのまま壁へと叩きつけられる。

 壁一面には鏡があった。そこへと男の身体は激突。

 鏡が粉々になり、大きく四散し、周囲に飛び散る

 ついでに鏡の後ろに仕込まれていた盗撮用の隠しカメラも壊れる。

 蹴りを放った稲穂はそのまま実里の上に覆いかぶさる。四散して、飛び散った鏡の破片が、半裸の、下着姿の彼女の上に落ちてこないようにするため。日に当たらない生活を長年続けたいたためか、お肌の曲がり角までまだまだ猶予のあるきれいな身体が傷つかないように。

 実里との距離数センチの場所で、

「大丈夫? 変なことされていない?」

 稲穂は尋ねる。

 見たところ大丈夫そうだが、万が一という可能性もある。

 まだ薬の影響下でやや意識が朦朧としている実里ではあったが、大好きな稲穂が自分を助けに来てくれたことにうれしさを覚えながらも、

「……稲穂……君は一体何者なのだ?」


参考資料『青空にとおく酒浸り』5巻 安永航一郎


次話は、八月一日二十時二十分過ぎ

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