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カーアクション


 緊迫した状況下ではあったが、車内は比較的静かであった。

 といっても最初から静かだったわけではない。眼前に迫ってくる、それからUターンして背後から押し寄せてくるスポーツカーを目の当りにして当初は自身に襲い掛かってくる境遇を実里は「なんであの研究でこんなことになってしまうんだ? 冷めないお弁当箱を作りたかっただけなのに」という嘆き声を繰り返し、そして前の助手席ではSがF用語を乱発していた。そこに繋がったままの携帯電話から稲穂の声が。この声を聞き、実里は落ち着きをやや取り戻し、それから『大丈夫だから。前の二人なら君を守ってくれる。後から私も合流するから』という言葉に非常に安心し、稲穂が言うならば間違ないだろうという絶対の信頼により何があってももう怖くないような心理状況に。前の二人はその後実里から携帯電話を受け取り、指令を拝命。それは、実里を無事帰還させること、そのためにはある程度の犠牲は許容する。これを拝聴し、二人の雰囲気が変わる。SはF用語を発するのを止め、Rはこれまで以上に運転に集中。こうして車内が静かになったのであった。

 なお少し余談ではあるが、二十歳にも達していない稲穂の指令に二人が傾注したのは、それが経営者、即ち雇い主の言葉であったのはもちろんであるが、それ以上に彼らが尊敬するボスのディックが一目置き、そしてこれまでの訓練で幾度となくコテンパンにされた実績があったかであった。

 さて、話を戻す。

 送迎用の車である黒のクラウンは、快適な乗り心地を実現するために足回りの大改造が施されてはいるが、その一方で速度はあまり必要としていないのでエンジンはほぼノーマルのまま。対して、追跡者たちの駆るスポーツカーは軽い車体と強力なエンジンによって、速度と軽快さを。

 追うものと追われるもの。

 追う側のほうが速度が出る車体であるから断然有利になるはずなのだが、そうはならなかった。

 その理由は運転者の力量の差というのも多分にあるがそれ以上に道路事情が大きく影響していた。

 片道一車線。これだけならば速度差を利用して簡単に前へと出て、クラウンの行く手を塞ぎ、停止させ、実里を拉致することも可能なのだが、幸運なことに現在走行中の道は曲がりくねった山道、しかも下り。

 重たく大きめの車体を利用して、Rはなるだけブレーキを使用せずに反対車線まで目一杯使用し、時にはガードレールと軽いキスをしながら逃げる。

 そんなクラウンを絶対に停めようとしてドイツメーカーのスポーツカーはコーナー毎に攻めてくる。是が非でも前に出ようと追いかける。

 速度差もコーナリングスピードも劣る。

 それに道は常に曲がりくねっているわけでもない、直線もある。

 そこをついてスポーツカーは前へと出ようとする。

 が、たくみなライン取りでRはブロックを。

 しかし敵もさるもの引っ掻くもの、同じ轍を踏まないようにフェイントをいれながら攻めてくる。

 そこも対向車を利用しつつ押さえ込む。

 そしてSの存在も大きく寄与していた。山道にいくつもあるカメラをモゲタンがハックし、道路状況を逐一助手席に座るSへと上げていた。この情報と、それから地図をもとにSはラリーのコパイロットのごとくナビを。

 そしてそれだけが彼の仕事ではなかった。わざと空けた左コーナーのイン。ここでRの意図を的確に読み、Sは助手席の窓を開けて後方に向けたハンドガンを発射。

 トリガーに指をかけたのはこの一度だけであったが、これが実に有用な効果をもたらした。

 この一撃によっていつでも発砲してくるかもしれないという牽制になり、そのためなかなか左側を入ることができない、その上右側には対向車が。

 なかなか前に出られないスポーツカーは業を煮やして後方へとその車体を当ててきた。後ろから小突き、スピンさせ、脚を止めるのが目的であった。

 速度こそ劣るがその自重は重たいクラウン。多少の当たりにはビクともしなかった。

 しかし、その衝撃を全て無にすることは不可能。 

 訓練を受けている前の二人ならばともかく、後部座席に一般人実里にとってはとてもではないが生きた心地のしないような時間であったのだが、彼女は特にパニックに陥ることもなく、またアクション映画にありがちな泣き叫び挙句の果てに邪魔をするといった行為にいたらなかったのは偏にまだ繋がったままの携帯電話の向こうからの稲穂の声でなんとか平静を保っていたからであった。


 有利な条件というのは何時までも永続的に持続するということはない。世の中にはいつか終わりが来るのが常。

 この場合もそうであった。

 重たい車体でも抑えきることができたのは、前に出させないでいたのには、道幅の狭さと山道の下りという条件が揃っていたから。

 その好条件も終わりをむかえようとしていた。

 山から街へとカーチェイスは入ろうとしていた。

 このまま広い空間、道路に突入してしまうと簡単に前を取れてしまい、行く手を塞がれ、最悪実里を奪取されてしまう。

 それは絶対に阻止しないといけないこと、彼女を身柄を無事に帰還させることが最重要の命令だった。

 が、このままではそれができそうにない。

 追い込まれた状況、今はまだ大丈夫であるが、ジリ貧に近い状態になっていることを二人、RとSは共に自覚していた。

 そんな二人に稲穂が。

 まだ通話状態のままの携帯電話を前の二人、運転していないSに渡すように稲穂は実里に言う。この言葉に従い、実里はSに。電話に出たSに稲穂は指示を。

 その指示をSはRに。

 直接Rに指示したほうがより的確に通じるはずなのだが、Sを経由したのには理由が。それは運転中の携帯電話の使用は危険、最悪警官に目撃され取り締まりを受けて反則切符を、ということではなく、緩やかな下り坂でまだ速度差を抑え込むことができるが次第にそれも難しくなるような状況、つまり運転すること、相手の車を前に出させないことに集中しているRが携帯電話を受け取って稲穂から指示を聞くことが困難であったからだった。

 Sは早口に捲くし立てる。

 Rはハンドルに握り、後方を警戒しながら言い返す。

 そんなRの態度に少しムッとしたのか南部訛りの英語を強烈に叩きつける。

 後部座席の実里には、目の前の光景が喧嘩のように映った。こんな時にそんなことをしている場合ではないと思ったが、それを言葉にして伝えるほどの英会話の能力はなく、また男二人の罵り合いのように見える姿に、ある種圧され黙って何も言えない状態。

 この間に車は山道を抜けてしまう。曲がりくねった道から直線へと。

 直線に入ってもまだ道幅は狭いままだった。車線関係なく真ん中を走行すればブロック可能であった。

 しかしクラウンは右側を大きく開けてしまう。おまけに対向車の影もなし。

 相手から見れば絶好の好機であった。アクセルを吹かして一気に前へと躍り出ようとした。

 そうはさせじとRはハンドルを右に切る。車体をスポーツカーへと寄せる。

 がしかし、勢い、速度差があった。スポーツカーはその車体の半分以上をクラウンの前へと。完全に抜き去るのは時間の問題であった。

 にもかかわらず、Rの握るステアリングは依然右に傾いたまま。

 クラウンの右フロントが、スポーツカーの左リアに当たる。

 衝撃を感じると同時にRはステアリングを左へと素早く修正。

 軽い接触であった。それなのにスポーツカーは突然バランスを崩し、慌ててブレーキをかけるが車体が大きくふらつき数回スピンを。

 数回回っても止まり切れず、やがてガードレールを乗り越えてようやく停止。

 これまでにも何度か接触はあったがこのようなことになることはなかった。これ以前にスピンをしていたならば、こんなにも追い詰められてしまうことはなかったから。

 では、この時はどうしてスピンをしたのか? 

 それは路面状態が大きく影響していた。

 この道は、前に稲穂が、初代のロードバイクに乗り始めた頃来たことが、走ったことがあった。その時の記憶を、道路が畝っていて酷い轍にちょっと苦しめられたことを思い出した。あの時から時間が経過しているからもしかしたら改装されてしまっているかもしれないと少し考えるがモゲタンから〈道路改修したという情報ないぞ〉という言葉を脳内で聞き、それを携帯電話でRとSに伝える。

 この情報を聞いてのやり取りが実里が喧嘩と勘違いしたものだった。

 彼らは、稲穂の言葉をもとに作戦を立案。

 その作戦が先のもの。わざと隙を作り先行させて、その横面に自車をヒットさせてスピンさせ、距離と時間を稼ぐ。

 これまでも何度か試みて履いたが上手くいかなかった。が、先の稲穂の情報で路面状況から鑑みて今度は間違いなく成功するはずと二人共に確信めいたものを。

 ならば何故喧嘩腰のやり取りをしていた、実里にはそう映っていたかというと、それはSが「お前よりも俺の方が上手くやれるはずだから運転を代われ」と言い、「この状況でどうやって代わるんだ、馬鹿かお前は」とRが応酬。しばし程度の低い悪口の言い合いが続き、そして「絶対に成功させるから黙って見ていろ」と言い放ち、作戦を決行。

 見事に成功。

 それも予想以上の。

 路面状況が悪いので回りやすくはなっているだろうとは想像していたが、まさか轍にタイヤを取られるはめになり、その結果ガードレールを飛び越えてしまうなんていう予想は二人共にしていなかった。

 時間と距離を少しだけ稼げればいいと考えていたのに。


 やがてクラウンは道交法を遵守しながら街中へと。

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