仲良し? 3+2人組 6
池袋の少年との遭遇はあの日の一度だけだった。
当初は近辺にも出没するのではないかと警戒していたが時間の経過と共に、その意識は薄れていく。
日々の平穏の生活がそうさせた。
下校時に美月の脳内に久しぶりに警告音が鳴り響いた。この音は付近にデータが出現した合図。それを回収するためにモゲタンの手伝いをしている。
〈行くぞ〉
「ああ」
物陰に隠れて周囲に人が居ないことを確認してから美月は跳んだ。回収したデータから得た能力、空間転移を使用して距離という概念を無視した。まず桂と一緒に暮らす部屋へと帰宅する。鞄を置き、それから再び跳んだ。今度はモゲタンが指し示すデータの出現場所へ。
一度の空間転移で目的の場所には辿り着けない。跳べる距離に限度があった。美月は何度も跳んだ。
そしてその合間に変身をした。
バレエのチュチュのような衣装を纏い、長い髪は金色に。
今回暴れ回っていたのは小型トラック程の大きさの双頭の犬だった。犬といっても実物の犬が巨大化したわけではなかった。いくつもの物体の集合体が形作ったものであった。
出現場所は交通量の多い通りだった。通行人も多く、周囲には何軒もの店が立ち並んでいた。
「今度はケルベロスかよ。色んな形で出現するな」
〈ちょっとまて。ケルベロスというのは三つの頭を持つ空想上の犬だろう。これは双頭だ。この場合はオルトロスと言うのが正しい〉
その手の知識にはあまり詳しくない美月はモゲタンに指摘をされる。
「細かいことは別にいいよ。それよりあの盾。あれを腕に巻きつけることは可能か?」
〈可能だ〉
美月の両手に円盤状の盾が一瞬で装着される。そしてリクエスト通りに筒状になり腕に巻きつくように張り付いた。
〈何か手があるのか?〉
「ああ」
出現してからさほど時間は経っていないが被害はすでに出ていた。車が何台も横転していた。大勢の人が逃げ出していた。火が出ている箇所もあった。ここで戦闘を開始するということは被害を拡大することを意味していた。
真正面から美月はオルトロスに突っ込んだ。二つの大きな口が開き襲いかかる。鋭い牙を剥き出しにして両腕を噛み砕こうとした。引っ込めてかわすのではなく、逆に口の中へと腕を押し込んだ。牙が腕に食い込もうとするが筒状に変化した盾が食い止める。
腕をさらに奥へと押し込んだ。口が塞がらなくなったオルトロスはもがいた。
「跳ぶぞ」
美月はオルトロスごと空間移動をした。もっと広い、そして人の被害の出ないような場所が美月の頭の中にあった。
そこはサッカー場だった。オルトロスの出現した場所から見える位置にその施設はあった。美月の目に入っていた。広くて人気の無い場所。打ってつけだった。万が一競技中ならば、また別の場所に跳べばいい。そう考えて芝生の上にではなく、上空へと出た。
予想通りにグランドには誰もいなかった。重力の力に身を任せて落下する。オルトロスの巨体を下にして。芝生へと叩きつけられたオルトロスは美月の腕を口から離した。
トンボを切り姿勢を制御する。グランドに着地した瞬間、前へと一歩大きく蹴り出す。一度開いた間合いがまた一気に詰まる。起き上がろうとするオルトロスの頭を右のストレートパンチが捉える。真横に大きく吹き飛んだ。
まるで悲鳴のような咆哮がグランドにこだました。恐怖に脅えた犬のようだった。巨体を小さく屈め、尻尾はうなだれていた。観客席に体を押し付け逃げ場を失っていた。
圧倒的な力の差に開き直ったのか、それとも死中に活を求めたのか、オルトロスは反撃に転じた。まるで特攻のように美月に向けて突進をかけた。
腰を小さく落として迎え撃った。右の回し蹴りがオルトロスの左の頭を精確に捉えて破壊する。しかし次の瞬間、その巨体が左右に分離をした。左半身を犠牲にして逃亡を図ろうとした。頭を破壊しても慣性の法則までは止めることができない。左半身は美月の体へと衝突した。
「しまった」
半分の活動は停止させた。けれど残り半分はまだ。このままサッカー場の外に出られたら意味が無い。
右半身になったオルトロスの体から新たな二本の脚が生える。四肢は芝生を大きく削り高く跳躍した。一足飛びにサッカー場から脱出しようとした。
外に出かかった巨体が空中で何かに弾き飛ばされグランドの真ん中に落ちた。
まだ視認できないが、誰がオルトロスをグランドへと戻したのか美月には分かった。撃退に集中しすぎて頭の片隅で発していた信号に気付いていなかった。この音の正体は、おそらくあの池袋で襲撃してきた少年だろう。
「帰るぞ」
〈データの回収はしないのか? もう少しで倒せるぞ〉
回収の量が多くなれば男の姿に戻る時期も早くなる。しかし、この近くにあの池袋で襲撃してきた少年がいる。長居をすれば再び襲いかかられるのは必然であろう。それならば今回は彼に譲り自分はさっさとこの場から去るのが得策のように思えた。
この場から一気に離脱しようとした。空間移動をしようとした美月の背中を刃が襲った。
殺気のようなものを感じ、前へと跳ぶ。前方回転受身をとり刃の跳んできた方向を見る。そこには細かい装飾の施された実用性とは無縁の銀の鎧を纏い、左右に剣を持った人影。髪の毛を逆立てているものの。その顔はまぎれもなく、あの少年だった。
「今度は絶対に逃がさないから」
少年が剣を大きく振り回し美月に襲いかかる。前回に接触時に分かっていたことだが動きが大きすぎる。簡単に軌道が読める。美月は上半身を小さく動かし紙一重で避けた。
「何で当たらないんだよ」
絶叫しながら振り回す剣は空を切り続けた。
〈どうして反撃をしない〉
避けてばかりで反撃に転じない美月にモゲタンが言う。
「同じ人間相手だろ。そんなのに攻撃なんかできるかよ。だから隙を突いてこないだみたいにさっさと逃げる」
〈しかし、逃げるにしても相手の気をどこかにそらす必要があるぞ〉
空間転移は便利な能力ではあるが弱点もあった。跳ぶ瞬間にわずかではあるが時間を生じる必要がある。跳ぶだけならば、それで問題は無い。しかし、このような戦闘状態では、そのわずかな時間が致命傷になりえた。
モゲタンが指摘するように避けてばかりでは空間移動ができない。少年の気を逸らし時間を作る必要があった。
中腰になり、身を屈める。少年の放った剣が頭上を通過した。その姿勢のままで無防備な下半身に足払いをする。少年は仰向けに倒れた。
わずかな時間を作り出すことに成功した。美月は空間転移をしようとした。目の端に、よろめきながらもサッカー場から逃げ出そうとしているオルトロスの姿が映った。
場外へと跳んで先回りをする。弱体化しているオルトロスからデータを回収するのはたやすかった。しかし、少年から逃げる機会を逸してしまった。
「今度は逃がさないって言っただろー」
外壁から飛び降りた少年は無軌道に剣を振り回し美月に向って落ちてきた。
今度は避けるのではなく受け止めた。しかし、力では分が悪かった。美月は少年に押されそうになった。盾を逸らして剣の力を外に逃がす。
少年は諦めなかった。体勢を整えて再び美月に襲いかかった。
〈反撃をしろ。このままでは君の体は時間の経過と共に破壊される〉
「……分かっている」
分かってはいるが、同じ人間に攻撃を加えるのを躊躇った。
この会話で一瞬の隙ができてしまった。
声にならないような悲鳴が周囲に響いた。
細く華奢な左腕が美月の身体から分断された。これまでずっと空を切り続けていた少年の刃が美月に襲い掛かり、左腕を切断した。
モゲタンとの接触が断たれた。
変身が解除される。セーラー服姿の美月が瓦礫が散乱している路上に横たわった。
そこに少年に剣が再び襲う。プリーツスカートから出ている右脚に剣が突き刺さった。
「うわああああ」
再び悲鳴を上げた。左腕はきれいに切断されていたために傷みは強くなかった。しかし、右脚太ももは抉られるように刺さっている。鈍い痛みが前身を駆巡る。息をするのも辛いくらいだった。
「さっきまでの姿も良かったけど、こっちのも良いじゃん」
動けない美月の小さな身体の上に少年は覆いかぶさった。首筋に舌が這い裾から手を中に入れ下着越しにわずかに隆起した胸をまさぐった。嫌悪感が走る。けれど抵抗する力も美月には残っていない。なすがままになる。少年の手は下半身に移動する。いやらしく蠢く指はパンツを下げる。この少女の姿になってからも自分でもほとんど触れたことのない秘密の場所に他人の進入を許そうとしていた。
「色んな女を抱くようになったけど、こんなロリとはやったことは無かったな。記念にやっておくか」
自分本位の愛撫が美月の身体の上を侵食していった。快楽を感じない、そこには苦しみと傷み、それから嫌悪しかなかった。
「……なっ、なんでこんなことするんだ? データの回収が目的だろ」
絶え絶えになった声で少年に質問をした。以前のモゲタンの説明では効率性を確保するために数はまだ多いほうがいいらしい。それなのに、この少年の行いは矛盾している。
「強くなるために決まってだろ。お前の持っている能力を奪って俺のものにすんだよ。そうすれば、それだけ俺はもっと強くなる」
強くなることに固執している。以前、モゲタンが言っていたことと合致した。
この少年は目的を歪んで取り違えている。そう感じた。
思考はそこで止まった。意識が朦朧としてきた。
「聞きたいことはそれだけだな。そんじゃ、そろそろ一つになろうぜ。そんで気持ちよくなったらまた一つになろうぜ」
行為を再開しようとした。美月はわずかに残っている力で抵抗を試みる。右手に全ての力を込めて少年の身体を押し返そうとした。無駄だった。簡単に弾き飛ばされてしまう。
美月の弾き飛ばされた右指に何かが触れた。
〈ようやく繋がった。君は今非常に危ない状態にある。このままではワタシの力を持っても修復には時間がかかる。直ぐにココから脱出するぞ。ワタシを掴め〉
右指を必死に伸ばして切断された自分の左腕を掴んだ。右腕を振り上げて少年の頭部に左腕を叩きつける。力こそ弱かったが効果はあった。
「いってえな。何しやがるんだ、大人しく犯られろよ」
少年の身体が美月の上から離れた。
〈今だ〉
モゲタンの指示に従う。残っている体力全てを振り絞り跳ぶ。この場から逃げ出すために空間転移した。その距離は短いものだった。わずかに離れるほどの距離でしかなかった。
「逃げても無駄だよ。お前の場所はすぐに分かるから」
その通りだった。
〈このままでは追いつかれる。連続して空間転移をするぞ〉
モゲタンとの接触で多少は回復したものの指示の通りに動ける力は美月にはなかった。
〈問題はない。ワタシに任せろ。切断された左腕をつけろ。それで多少は能力が回復する〉
身体が一瞬熱くなったような気がした。切断された左腕が元の位置に戻る。
「逃がすかよ」
少年の手が伸びようとした瞬間、美月は跳んだ。その距離は短いが何度も、そして方向はてんでバラバラに。こうして逃げないと追跡される可能性もある。
朦朧とした意識の中で自分が何をしているのか分からないような状態になっていた。それでも頭の中で響くモゲタンの指示に従い美月は跳び続けた。
〈距離を稼げた。これならば追跡される可能性は低い〉
この瞬間、意識は遠くなった。
美月は帰宅で賑わう駅前で気絶をした。
周囲は突然倒れた傷だらけのセーラー服の幼い少女に騒然となった。誰かが119番に連絡を入れる。すぐに救急車が呼ばれ美月は病院へと搬送された。




