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幕間と、

真面目な話の間のちょっとした脱線話。


 喫茶店には三人で入店したのだが、話し合いは桂と実里の二人。

 では、残るもう一人、稲穂は何をしていたのかというと注文したナポリタン大盛りを黙々と食べていた。

 これは実里のことなんかに全く関心がないからではなく、必要な、最重要ともいえる行動であるため。桂に急かされて実里の部屋に来るまでに何度も空間を跳躍し長距離移動をした。便利な能力である一方、消費エネルギーは大きい。稲穂の中のエネルギー、カロリーは底を尽きそうになっていたので急ぎ補充、補給する必要性があった。だからこそ、喫茶店での話し合いを提案し、それが承諾されこの場にいる。

 ナポリタンを食べている稲穂であったが、食べることだけに、フォークに巻いたスパゲティを口に運び、咀嚼し、嚥下し、胃の中へと落とし込み素早く消化しエネルギーに変換する作業に従事していたわけではない。

 食べながらも、しっかり二人の話に耳を傾けていた。

 実里との話し合いは桂に一任していた。

 しかしながら桂からの応援要請、もしくはギクシャクした空気になり、場の空気がおかしくなってしまったり、もしくは発言を求められるような状況になった時には、二人の間に交じって参加する心算であった。

 

 さて、稲穂が注文したナポリタン。いつもの彼女、というか彼ならばまず絶対に注文しないような一品であった。しかしながら彼女はそれを選択。それはどういう風の吹きまわしなのか?

 近くにあったということで入店した喫茶店は昔ながらの店であった。純喫茶と看板には記されているが、その営業形態は飲み物だけではなく食べ物も、それからアルコールも提供している。

 そんな店であったからメニューの数は豊富であった。軽食の定番サンドイッチに始まり、ピラフ、他にも定食メニューも充実しており、さらには日替わりのランチも。

 稲穂は普段滅多に外でパスタ、スパゲッティを選択して食べるということはしない。大体において食べる時は桂と一緒にイタリアンのお店に行った時。麺類は好きだが、それはパスタ系ではなく、ラーメン、うどん、蕎麦。

 それなのに稲穂がナポリタン大盛りを頼んだのは、そこに大きな、深い理由があったからではなく、只単純に最近観たテレビで喫茶店のナポリタンの特集があり、その時美味そうだと思い、一人ではまず入らないような店だし、それに桂とのデートでも入らないような店、だからせっかくの機会だからこの手の喫茶店の定番メニューを注文しただけのことであった。

 家で作ろうと思えば作れる品ではあるのだが、喫茶店のナポリタンはひと味違う、というかひと手間が。それはスパゲッティ、麺。自宅での調理は普通に茹でた面をそのまま使うのだが、喫茶店のナポリタンは、といってもこれは店によってそれこそ千差万別なのだが、一晩冷蔵庫で麺を寝かせる。これも家のキッチンでもできることなのだが、そこまでして作るようなものでもなし。

 他にも選んだ理由としては、桂と実里の二人が真面目な話をしている横で大口を開けながら定食を一人食べているのは何となく変なような気がし、かといって二人同様に飲み物だけではカロリーの摂取という最重要の目的を果たすことができなくなってしまい、比較的まだマシな部類としてナポリタンにしたわけであった。

 沈黙が続くボックス席に注文した品が届く。

 稲穂の注文したナポリタン大盛りは一番最後であった。

 届いたナポリタンを見て、稲穂は顔にも声にも出さなかったが非常に驚いた。

 それは想像していたナポリタンとは全く違っていたからであった。

 メニュー表には文字だけで写真はなかった。

 といっても、変わったナポリタンが出てきたわけではない。

 至極シンプルな銀のお皿に乗ったナポリタン。

 なのに、稲穂の想像していたものと違ったのは、これは店側に問題があるわけではなく、稲穂が育った、厳密にいうと稲葉志郎がかつて暮らしていた東海地方にその原因があった。

 東海地方、名古屋でナポリタンといったら熱々の、チンチンの鉄板の上にスパゲッティがあり、そして隙間を埋めるように溶き卵が。

 幼少の頃からよく食べていたわけではないが、イメージとしてこの形のナポリタンが稲穂の中にあった。

 これは正確にいうと稲穂のちょっとした間違いであった。この稲穂が想起したものは正しくは「イタリアンスパゲッティ」という派生料理である。

 あれっ? と一瞬思いつつも、そうか、あれは東海地方のスタイルで、本場の東京では、そもそもナポリタンは東京発祥のメニューだったよな。それに観ていたテレビでもこういう形だったよな、と思い出し、まあイメージしていたのとはちょっと違うけどそれでも美味しそうだからいいか、ということで話し合いをしている桂と実里の横で食べ始めた。

 まずは一口。

 勘違いで見た目は想像とは違ったが、味は想像していたものそのもの。

 幼い頃に偶に親戚の小父さんに連れて行ってもらった喫茶店のと、食べた店は当然ながら全然別の店だけど、よく似た味。

 具材も溶き卵がないのは残念だけど、玉葱もあるし、ピーマンもあるし、何よりウィンナーが入っている。

 ちょっとした懐かしさに浸りながら、当時よりも上手くフォークを使って、スパゲッティを口へと運んでいく。

 半分ほど食べたところで稲穂の中にとある問題が浮上してきた。

 それは、あの時よりも大分と成長したが故の弊害というべきものであった。トマトケチャップの甘さは子供にとっては最高の味であるが、大人にとっては、これは人によるけど、少々甘すぎてしまう。この甘さのままで残り半分を食べるのはちょっとキツイ。

 ということで味変を試みようと考えたのだが、料理を作る身としては、あまり調味料をかけるのは作ってくれた人に対して申し訳ない、この味にある種自信を持って提供しているはずだし、しかしながらテーブルの上には各種調味料が置かれており、これは自由に使用しても構わないものであるから味を変えてもさほど問題はないであろうと、稲穂は思い直し、とりあえずまずは甘さをなんとかしようと考え、タバスコを数滴ナポリタンの上に、本当はもう少しかけようとしたのだが、いきなりドバドバとかけてしまうのはあまり品が良くないと思い少量に留めて、手早くフォークでスパゲッティを巻き取って一口。

 まだちょっと足りないな。

 タバスコを数滴追加、そこに粉チーズも投入。

 カスタマイズが進む。

 段々と好みの味になっていく。

 

 あと数口で完食という段になって稲穂の握るフォークが動きを止めた。

 これは大盛りで量が多すぎて食べきれなかったから……というわけではない。

 実里の、

「……そうじゃないんだ。……本当に迷惑を……桂達に危害が及ぶかもしれないんだ……」

 という言葉を聞いたからであった。



前話を書いている時に思いついた小ネタ。

ちなみに、ナポリタンよりもミートスパの方が好きです。

明太子パスタ、たらこパスタも好きです。

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