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原因の究明 顛末

フィクションです。


「それって本当なの?」

 驚いた声で桂は電話の向こうの実里に訊く。

『ああ、本当だ。さっき助手のリーさんが話していた』

 そんな桂とは対照的に冷静な口調で実里が。

「でもそれだけじゃ稲穂ちゃんの妄想が正解だったかどうかという断定はできないんじゃ」

『そのことなんだがまず間違いないと思う。さっきな、リーさんから私が以前失くしたと思っていた白衣を、間違って持っていってしまったからと言って、洗濯してアイロンがけしたものを返してもらった。だが、その時にポケットに入れておいたアイデアを記したメモは返してもらわなかった』

「それは洗濯してボロボロに、それこそ判別不可能、書いた文字が読めないくらいになってしまったから、というよりもそもそもそんなに大事なものとも思わずに捨ててしまったんじゃないのかな」

『確かにその可能性は非常に高いがな。だがな、その時リーさんに言われたんだ、教授と一緒に向こうに行って今の研究を続けてみないかと』

「………えっ?」

『これは多分、教授の考えというよりもリーさんの独自の判断だろうな。教授は私の事なんかにかはもう興味はないし、それに元々私の研究の事なんか眼中にもなかったからな』

 教授は実里の研究テーマに全く関与していなかった。

「ああ、そんな感じだったわね」

 あった回数こそ少ないが、桂には教授が実里のことを毛嫌いとまではいかなくとも邪険に扱っているような印象があった。

『それなのに一緒に向こうで研究を、というのは稲穂の推測がかなり正しいんじゃないかと鈍い私でもそう思えてしまうんだ』

「そうなんだ」

『ああ』

「……それで……実里は一緒に行くの?」

 内に不意に浮かんだ言葉を実里に。

『うん?』

「実里がしたい研究なんでしょ。今のままじゃなんとか会議に妨害されてできないけど、向こうに行ったら思う存分研究することが可能なんでしょ」

『ああ、向こうに行けば今よりも遥かに予算がつくし、煩いことを言ってくる人のいない研究のしやすい天国みたいな環境だろうな』

「ウチが出すような微々たるものじゃないしね」

『ああ、明言していないけどおそらく国がバックのはずだからな』

「……それで、やっぱり一緒に行くの?」

『いや、行かないぞ』

「……そう」

 実里の言葉を聞いた瞬間、桂は安心したような音を。

『あ、今ホッとしたような声だったぞ。桂も私と離れるのが嫌だったのか』

「べ、別に。……まあ、ちょっとは寂しいけど」

『私は嫌だぞ。桂はもちろんだが、麻実ともだし、それに何より稲穂と離れ離れになるのは苦痛以外の何物でもない』

「そんなこと言っても稲穂ちゃんは上げないからね。と、まあ冗談はこれ位にしてどうして行かないの? この研究は前に一生をかけてでもしたいとか言ってたじゃないの」

『うん、まあ確かにあの時はそうだったんだがな。だが、あれから再三言われ続けていたからな、研究のテーマを変えるのも一つの生き方かなとも考えたし、それに桂が言っていただろ、大学に居られなくなったらコネをフル活用して新しく研究できる場所を見つけてあげるって』

「まあ、たしかに言ったけど。でも、それは今のところあまり芳しくなくて……」

 一報を受けた時点で、実里の次の所属、研究場所の確保に桂は動いていたのだが現在の所それはあまり上手くはいってはいなかった。

『今の研究もまあ未練みたいなものはあるが、私じゃなくて別の人がしてそれが成功するのならばそれはそれで良しと思うようになったんだ。教授は性格はアレだが、能力は、というか知識は私なんかよりも遥かにある人だからな。そんな人が国家レベルの施設で能力の高い人達と一緒に研究するならば私が行うよりも数倍のスピードで完成させるんじゃないだろうか』

 自身の見解。日の目を見ずに消えてしまうよりも、別の誰かの手によってそれが完成されるのであればそれはそれで良し。自分の思惑と大分と離れたものを作るみたいだが、これは科学の、化学の世界ではよくあること。

「……実里は本当にそれでいいの?」

 本心を問いただす。

『まあ、さっきも言ったけどちょっとは未練みたいなものは正直ある。何せ、桂達と出会うよりもかなり前、それこそ構想から十年近くこれを行っていたんだからな。それに目的も違うしな。私は安くていつまでも温かいお弁当箱を作りたかっただけなんだがな』

 ずっとこればかりをしてきた。

「だったらさ、他の人の手じゃなくて実里自身でするべきよ」

『しかしな、片や国家、そして私は今や研究ができない身、どう考えても太刀打ちなんかできないだろ』

「……うーん……じゃあさ、こういうのはどうかな。今までの研究をまとめて先に論文を出して、ついでに特許を出願するのは」

『無理だな。論文はまず通らないし、その手の法のことは全然分からないが、まだ私の実験は確実に成功できるようなレベルではない。それに仮に通ったとしても海外ではどうなるんだ? 向うは国外、国内の特許は海の向こうでも有効なのか?』

 三割くらいの成功確率。

「うーん……私も詳しくないからよく分からないけど、自分で言っておいて無理そうな感じよね」

『ああ』

「まあ、急いで探してみるから」

 これは次の研究場所のこと。

『ああ、そうだ。こういうのはどうかな? 桂の会社で私を雇うというのは?』

「うーん……そういうことも一応は考えたのよね。面白そうな研究をしているけど世間ではあまり評価されていないような人を集めて研究する施設を作るって。でも、そのためには結構資金が必要で、採算がとれるかどうかもわからないし、何よりもそれを作るための時間も設備も大変で今のウチの業績ではちょっと厳しいかなって」

 微々たる研究費くらいならば問題ないが、流石に施設を新設するというのは費用がかかりすぎるし、その上時間も。時間に関しては一気に解消する手段も一応はあるのだが、化学メーカーや研究施設をM&Aするには多額の資金が必要で、現状は儲かっているとはいえ、そんな資金を捻出するまでではない。

『いや、そうじゃなくてだ。私を普通の社員として雇うというのだ』

「でも、実里に化学の研究以外の事できるの? 自分でも言っていたじゃない、化学が好きじゃなかったら今頃は立派な社会不適合者だって」

 自身も認めるくらい実生活においてはポンコツであった。

『ああ、言ったな。それは今も変わっていないぞ。申請書類とか書くの苦手だしな』

「そういえば結局白衣の書類は出さなかったわね」

『それはまあいいじゃないか。それよりもそういう仕事じゃなくて、食堂のお姉さんとして私を雇用するのはどうだ?』

「何言ってるのよ。だいたい実里カレーしか作れないじゃないの」

 他の料理はてんで駄目だが、カレーだけは稲穂をも上回る腕前であった。

『そんなことはないぞ。カレーうどんもできるし、カレーパスタもできる、それと作ったことはないけどカレー蕎麦もできるはずだし、研究すればカレーラーメンもできるはずだ。あ、最近流行ってるカレースープも作ったことはないけど、多分できるだろう』

「どれもカレーじゃないの。まあ実里のカレーは確かに手が込んでて美味しいけどさ。それより、さっき自分のことを……」

 と、言いかけた桂は途中で言葉を引っ込めた。その言葉は同い年である自分に返ってくるものであったから。

「まあ、それはともかく実里を食堂で働かすくらいなら、無理を言って警備部にいる元コックの人を抜擢するわよ」

『そうか。いいアイデアだと思ったんだがな』

「馬鹿なこと言っていないで今後の身の振り方を真剣に考えなさいよ。才能あるんだから。それを埋もれさせておくなんて勿体ないわよ」

『えらく褒めてくれるな』

「褒めたんじゃなくて事実を言ったのよ。化学の事はよく分からないけど、国外の組織も狙うような研究をしてるんでしょ」

『それを狙ったわけじゃないのだがな』

 やや自嘲気味に。

「それに実里の研究に投資した分、全然回収していないから」

『それに関しては申し訳ない』

「だから、あの研究を教授達よりも早く完成させなさい」

『……うーん……』

「じゃあ、なるべく早く次の場所を探すから、実里もこれからどうするかを真面目に考えておきなさいよ」

『ああ、ありがとうな』


次話は、時季外れの小ネタの予定。

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