原因の究明 その2
フィクションです。
「ああ、私の研究の何処が戦争の道具になるのかさっぱり分からないけど、確かにそう言われた。……ああ、それと思い出した……なんとか学術会議というところの人達に、軍事にかかわる研究は大学では行ってはいけないとすごい剣幕で言われた」
「そこまで思い出したんだから、そのなんとかも思い出しなさいよ」
「と言われてもだな、桂。あの時の私はすごいショックを受けていたんだ、これだけでも思い出したのだからむしろ褒めてもらいたいくらいだぞ」
全然ショックを感じられないような口調で実里は淡々と述べる。
そんな実里に桂はちょっとあきれ顔をしながらも内心は、まあ見知らぬ大勢の人間に囲まれて恫喝まがいのようなことをされたら記憶が飛んでしまうのも無理もないと思ってしまう。
そして同席している稲穂は、
「うん、凄いよ」
実は稲穂は密かに両耳のピアスモゲタンと脳内会議を行っており、おそらくだが実里は抗議してきた団体名を完全に失念しており、ならばその時同じ場にいた学長に問い合わせて何処の誰かを聞こうと考えていたのだが、そう簡単に正体が露見しそうにない、つまり学長は口を割りそうにない気がしたので、大学の来客名簿を漁る、もっと手っ取り早くモゲタンに学内の防犯カメラにハッキングしてもらい、その時の映像を盗み取り、そこから割り出そうかと密かに計画していた。
しかしその計画を行う必要はなくなった。
部分的とはいえ実里が思い出して、口にしたのだから。
「稲穂は褒めてくれるのか」
「うん。もしかしたらだけど、その人達はこう名乗っていたんじゃないかな……」
稲穂はその機関の名前を口に。
研究資金を提供するにあたり、色々と調べている際にその機関の名前と噂を目に、耳にしていた。
「……ああ、そうだ。そう言っていたような気がする」
「やっぱりそうか。だとしたら、軍事研究に対して猛烈な抗議をしてくるのは、理解はできないけど、まあなんとなく分かるような気がする」
「それがどんな機関なのか全然知らないけど。けど、温かくて、ずっと冷めないお弁当箱って戦争に関係あるのかな? ものすごいイチャモンのような気がするんだけど。……実里、もしかしてだけど別の研究をしていたとかないわよね?」
「してない、してない。二つのことを同時にするなんていう器用なことは私には不可能だ」
「まあ、それもそうよね」
「一応だけど、理屈というか説明はつくけどな」
「どういうことだ、稲穂?」
「戦場、極限の緊張状態において、温かい食事というのはほっとする、癒しになる。基地に戻ることが可能な場所ならそんなことはないけど、精神が張り詰めている前線、しかも何時間、時には何日も滞在する時には温かいというだけで最高のご馳走になるし、ストレスの緩和になる……ってディックが言ってた」
桂たちの会社の警備部門の責任者ディックの伝としているが、実際に彼の言葉でもあったのだが、稲穂は昨年、極限までには程遠いけど、それでも業務の一環で何日も密林の中に潜み、そして依頼を達成した後、温かい飲み物を飲んでほっとした経験があった。だが、流石にそれを事情を知らない実里に言うわけにはいかず、他者からの言葉として言う。そして続けて、
「後、昔の軍歌でもあったよな。あ、飯の歌詞もあるけど、これはどっちかというと煙草か」
と、『雪の進軍』の歌詞と、映画『八甲田山』の名場面を思い出しながら稲穂は。
「温かいものが精神的な支えにはなるのは分かるけどさ、それで戦争の道具になるというのは言いがかり、暴論なんじゃないかな」
「お……そう思うよ」
「私もだ」
「そうよね。こないだディックに教わった護身術で、このシャーペンなんかも十分武器として活用できるって言ってたし」
メモを取るために傍においていたシャープペンシルを手にしながら桂は言う。
文化的な器具ではあるが、時に人を傷付けるために使用することも可能。先が鋭利なので、それで刺す、皮膚の薄い場所をつけば時に致命傷を与えることができる、と。
「いや、桂。そんなことに使用しなくとも、シャーペンを戦争に活用することも可能だ。このシャーペンで新しい兵器の設計図を描けば、それでもう戦争の道具になる」
これは実里の言葉。
「そんなことしなくても、その中身のシャーペンの芯。絶対に折れない芯を開発できたら、そこから新しい兵器の開発に繋がるかも」
「どういうこと?」
「ああ、カーボンか。そうだな、稲穂」
「うん、そう。カーボン素材は戦闘機とかの素材に使用されているからね」
「なるほどね」
「まあ、他にもこれは教えてもらったことだけど、今の世の中にある技術の大半はほとんど軍事技術からの流用だって」
稲葉志郎であった頃の知人から。ここ最近では義理の兄の文尚、それから紙芝居のお兄さんから色々と聞いていた。
「そうなの?」
「ああ。他にも今の社会生活に欠かせないインターネットはもともと軍事研究のものだし。あ、そうそう、桂が最近よく使っている車のナビとか地図アプリ。あれなんかは衛星を利用しているんだけど、その衛星を打ち上げるロケットも二次大戦中のドイツ軍の兵器がその礎になっていて、戦後ドイツから脱出した科学者、技術者がアメリカで研究開発したものだからな」
「ああ、その話聞いたことがあるぞ。そういえば電子レンジも、戦前の殺人光線の研究の応用というかそこからの発展じゃなかったか」
「そうそう。食べ物といえば缶詰もそうだったような気が」
〈ナポレオンだな〉
稲穂の脳内でモゲタンが。
「つまりさ、それってこの世の大半の物が軍事関係由来ってこと?」
「全部じゃないけど、そうかもな。ああ、そういえばこんな話もあるよな、戦争が文明を大きく発展させるって」
「競争によって加速度的に進歩するのか。なるほどな」
「そういえばこんな話なかったかな。スイスは鳩時計しか作ることができなかった、って。これってスイスが今もずっと平和な国だからでしょ」
「ああ、それはたしかオーソン・ウェルズの作品の中のものだと思ったけど。でも、桂。その認識は間違っているぞ」
「えっ、どういうことなの?」
「うん、稲穂。私も分からん」
「スイスは別に平和な国じゃないぞ。今は永世中立国で……」
「ああ、そうかNATOに属していないんだよね。中学で習った記憶があるし、それに確か徴兵制が今も在るんだったかな」
「しかし、桂。徴兵制は別にスイスだけじゃないだろ。他の国でもあることだ」
「ああ、そうか。そうよね。それで稲穂ちゃんどういうことなの?」
「それを説明しようとしたら、桂が話の腰を折ったんだだろ」
「ゴメン」
「まあ、いいけど。それじゃ説明の続きを。さっき言っていたように今も徴兵制があり、かなり武装していて、核戦争に備えて家庭用のシェルターもあるくらいだし、軍事にも力を入れている。それに歴史的に見ても、傭兵としてヨーロッパ中に行って参戦しているし、たしか『アルプスの少女ハイジ』の、おんじも傭兵としての暗い過去があるから山でひっそりと暮らしているっていう設定があったと思ったけどな」
「そんな設定あったの?」
「私も初耳だ」
「ああ、でも待てよ。これは原作だけでアニメにはないのかも。今度麻実さんに訊いてみよう」
「そういえばなんか意外ね。実里がアニメの話についてこれるなんて」
「アニメに疎い私でも流石に、ハイジの話くらいは分かるぞ。小さい頃再放送で観ていたからな」
「本放送の記憶は?」
「日曜日の夜にしていたのだな。……うーん、ピーターパンとシャチの奴は憶えている」
「シャチって?」
「ああ、多分それは『七つの海のティコ』だと思う」
桂の疑問に稲穂が答える。
ハウス食品世界名作劇場の中で唯一のオリジナル作品。
「ああ、それだそれ。しかし、稲穂よく知っているな」
放送当時、稲葉志郎として観ていたのだが、それを正体を知らない実里に言うわけにはいかないので、以前麻実に教えてもらったといつもの嘘を。
「そうか。それで桂は何が好きだったんだ?」
「私は、『ロミオの青い空』かな」
その後しばし、名作劇場の話を。
切羽詰まっているとまでいかないけど、それでもまあ深刻な状況であるにもかかわらずにどうして脱線をしてしまったのかというと、情報が少なすぎて想像で話し合っていても埒が明かない、ということもあるが当の本人である実里自身も、暗い話をしていて落ち込んでしまうよりも、楽しくしゃべっていたほうが気が晴れるからであった。
しかしながらいつまでも脱線したままでは。
本当は会話に参加できるのだが、参加すると正体が、というか実年齢が露見してしまいそうなので一人黙って話を聞いていた稲穂が二人の話の切りのいいところで軌道を修正、元に戻す。
「ちょっと考えていたんだけど、多分研究の中止はお弁当箱自体じゃなくて、実里さんが作ろうとしている熱を遮断するものじゃないかな」
「ああ、そうかも」
「しかし、そんなものが戦争に利用できるのか。私にはよく分からん」
「他に何か言われたこと思い出せない」
「うーん……まてよ……ああ、そうだ、言われた。今、思い出したけど言われたぞ。たしか……レールガンとか言っていたような気が。しかし、そのレールガンって何なんだ?」




