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ストーカー? 事件の顛末 前編

思いのほか長くなったので、分割。


「それにしても本当に変わってしまったな。最初は誰か分からなかったぐらいだ。……うん、待てよ……もしかして私にストーカーしていたのは須藤君だったのか?」

 久し振りに逢った、かつて何回も肌を合わせたこともある男の姿を見て、実里がそう呟き、それからそういえば自分の後ろにこんな体型の人間がいたことを思い出し、もしかしたらと思って、湾曲に、遠回しに確認すればいいようなものなのに、馬鹿正直に訊いてしまう。

 この実里の問いに、須藤君は憤慨しつつ、

「いくら実里先輩でもそれは失礼ですよ。僕はストーカーなんかじゃありません」

 と、やや怒気のこもった音で。

「すまない、悪かった」

「ただ、ちょっと先輩のことが気になって後をつけただけです」

 と、自供。

 かくしてこれでストーカー? の犯人? が判明したのであった。


 その後駐車場から場所を移動。施設内のカフェ、その実態はおしゃれな学食、へと。

 あのまま駐車場での不毛なやりとり、ストーカー行為であったのか否か、ということが二人の間で、といっても主に須藤君が一方的に自身の弁明をしていたのだが、これが多くの人の衆目のもとで行われていることに、稲穂が自分にあまり関係のないことなのだが少々いたたまれないような気持ちになってしまい、人気ひとけの少ない場所への移動を提案したからであった。


 一世一代のプロポーズがおかしなことになってしまった須藤君は最初こそ意気消沈していたのだが、時間の経過と共に内から沸き起こる怒りの感情に支配されて、しばしの間あまり周囲にいる人間には聞かせたくないような言葉を稲穂に向けて散々出しまくり、それに脊髄反射ることなく受け流し、どうにかこうにか落ち着かせ、宥めて、どうしてストーカー? 行為を行い、そしてプロポーズをしたのかをなんとか聞き出す。

 事の真相はこうであった。

 三年程前、須藤君は大学院を出て一般企業、化学メーカーの研究室に就職した。社会人一年目は仕事をすることに必死であり、その頃実里との関係も自然と消滅。そして二年目、学生時代にもあることはあったノルマ、彼の研究は基礎研究ではあるのだが、企業という営利目的を主とした会社の勤める以上常に成果というものが求められるもの。基礎研究というのは大事な分野ではあるのだが、利益にはなかなか結びつかない。それでも求められてしまい、できなければ叱責、それだけならまだしも最悪首を切られ、路頭に迷うようなことも。そうならないためにも必死で仕事し、その代償として大きなストレスに苛まれることに。彼はそのストレスを暴飲暴食、の暴食で解消。というのもアルコールに強くなかったからであった。これが良いことなのか悪いことなのか分からないが、それでも食べることで仕事のプレッシャーから耐えていた。だが、食べるという行為もやがて苦しくなってきた。そんなおり、甘いものを食べていると幸せな気分に、ほんの一時的だが嫌な気持から解放されることを知り、体験、実感した。暴食から甘いものへと移行。これによって確かに一度に食べる量は一時よりも遥かに減った。だが甘いもの、とくに砂糖は、これは第181話の「コロンブスをぶっとばせ」でも書いたことだが中毒性のあるものである。確かに一回の食べる量は減ったのだが、その分食べる回数が増えていった。それに伴い須藤君の体重も激増、会社の健康診断でメタボと診断されてしまう。まだ若いから大丈夫ではあるが、今の生活を続けると近い将来生命の危機という勧告を。そこで甘いものを控えるというのではなく和菓子を選択。和菓子ならばこれまで食べていた洋菓子よりも甘さは控えめなのだから、カロリーも少ないはず、その上ヘルシーと考えて。だが、この考えは文字通り甘かった。和菓子にも大量の砂糖が用いられていた。よって彼の体重は減るどころか増える一方。これ以上の増加は流石にヤバイと自覚した彼は、甘いものを摂取しないように心がけようとしたのだが、そのことストレスを増大させる。仕事のストレス、欲求へのストレス。この二つが彼の精神を蝕んだ。研究ではなく、これから逃れることについて思考を費やすように。そこでこんな考えが浮かぶ、甘いものが駄目ならその反対に辛いもので解消するのは。カレーが、昔実里が偶に作ってくれたカレーが須藤君の脳裏に。もう二年近く逢ってない、就職する際に自然と交友と肉体関係が消滅した人に無性に逢いたくなってしまった。痩せた身体はけして抱き心地は最高ではなかったが、それでもなんとく快楽と一緒に少しだけ幸福だったような記憶が。彼は実里に会いに行った、彼女のアパート、幾度となくお邪魔した、睦言をしたあの部屋へと。生憎、実里は留守であった。が、そこから引っ越してはいないことだけは確認できた。それから何回か彼女の部屋を訪れたが、いつも不在であった。しかしながらそれで落胆はしなかった。会えなかったこそすれ、実里のことを考えると何故だか分からないが研究が進むような気がした。その後何度か姿を見ることができた。しかし、どうやって話しかけたらいいのか分からずにいつも見ているだけ。それでもまあ幸せであった。甘いものを控えても苛立ちはなくなったし、ストレスも激減していた。物事が上手く進展しているような気が。きっと彼女、実里こそが自分の人生において必要な人なのだと次第に思うようになっていく。だが、この段階でプロポーズをするような勇気はなかった。しかしながら須藤君はここで一念発起を。研究成果を出して、胸を張って彼女にプロポーズをするという一大決心を。実里は、本人は全然知らないが、須藤君の生きるモチベーションに。その想いが低下しそうになるとコッソリと実里へと近付き、その姿を瞼に焼き付け、充電し、そしてまた職場へと戻り研究漬けの日々を。今年は無理そうだけど、来年こそは絶対に、そんな決意に満ちていた須藤君に年末とある一報が。それは、実里の傍に男の影が。これは全くもって誤解である。男とは、つまり稲穂のことで、学内にいる知り合いが面白がって須藤君に伝えた。けれど、須藤君にとっては全くもって面白くもなんともない。他の男に実里を盗られてなるものかと、慌てて有休を申請し、そして最近では珍しく定時に会社を離れ、大急ぎでジュエリーショップへと駆け込み、サイズも分からないのに指輪購入し、そして朝、かつて通ったキャンパスの駐車場で実里へのプロポーズを敢行しようと試みたのであった。

 これが、先程の喜劇、もしくは悲劇の舞台裏であった。


 プロポーズに至るまでの経緯を聞いたところで、稲穂は二人からしばしのあいだ離席することに。

 これはあの変な具合に、中途半端なままのプロポーズを須藤君がまたするにせよ、意気消沈してしまいあのプロポーズを撤回するにせよ、どちらにしても二人だけで話し合ったほうがいいだろうという、稲穂の配慮であった。

 この配慮に実里は、

「頼む。一緒にいてくれ、稲穂」

 と、懇願。

 思いもよらない事態になってしまい困惑気味の実里の傍にいてあげたいという気持ちはあるものの、元男としては一世一代のプロポーズを敢行した須藤君の気持ちも汲んであげたく、そして自分が一緒にいてはやり難いであろうことは十二分に理解でき、

「大丈夫、見える位置に座っているから」

 と、実里に声を。

 言葉通りに稲穂は、離れた席へと移動。

 この位置からは普通の人間では二人の会話内容は聞こえないのだが、そこは常人離れした力を有する稲穂。須藤君には少し悪いと思いながらも、二人の話し合いを盗み聞き、言い方があまり良くないからモニタリングさせてもらうことに。こう書くと、ちょっとばかし印象が悪くなってしまうが、稲穂は実里のボディガード、実里に万が一にでも危害を咥えそうな素振りが見えたのならば、この場合聞こえたならば、すぐに駆け付けて事態に対処するために必要なことであった。


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