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選択の不自由

お巫山戯回。

アラサー女子二人の不毛な会話。


 成瀬家の朝食はほとんど毎日パン、といってもその種類は多岐にわたるのだが、しかしこの日は珍しくご飯、しかもお粥であった。

 これはご飯好きの実里がいることも理由の一つではあるのだが、それならば普通にご飯と味噌汁、それからおかず一品という献立でいいはずなの、どうしてお粥なのかというそこには実に浅い理由が。

 昨晩はあれから会議という名の二次会で胃と肝臓を酷使し、最後は知人からお土産に頂いた信州そばで〆た。

 つまり、かなりのアルコールを摂取した三人にはいつもの朝食では重すぎると稲穂は考え、蕎麦と一緒に頂いた野沢菜でお粥を拵えた。

 普段から日本酒を嗜んでいるからなのかいつもと変わらない実里、それとは対照的に二日酔いの桂と麻実。

 とくに桂は酷かった。

 四人が揃ったところで朝食を。

 実里は稲穂の作ったお粥を口にし、舌の上で味わいながら、

「お粥というのも悪くないな。それにこの野沢菜がまた良いアクセントになっている」

 と、言いながら完食。

 しかしながらそれでは少々物足い、満足できずに、グロッキー状態で食べ物を口にする気力さえない桂の手つかずにお粥をロックオンしながら、

「桂、食べないのか? せっかく稲穂が作ってくれたの。もったいないから私が頂くとするか」

 これに対して二日酔いの桂はまだ残っている気力を振り絞り、

「……食べる……いな……稲穂ちゃんが作ってくれた物を残すのなんてもったいないことは絶対にしない」

 そう言いながら匙を無理やり口へと押し込む、受け付けを拒否する胃へと強引に流し込む。

 これが功を奏したのか、それとも愛の力なのか、その理由は当の本人でもさっぱり分からないのだが、お粥を欲する気持ちが沸々と湧いてくる。

 普段の朝食の倍以上の時間をかけて桂はお粥を完食。

 食べ終わると二日酔いはどうにか治まってくれ、多少回復。

 少しだけ元気になったところで、昨晩の続きが開幕。

 激しい議論が再開。

 といっても昨夜の段階で今後の指針についてほぼ決定していた。

 四人中三人にアルコールが入っていたとはいえ、話し合い自体はけっこう真面目に進行し、スピーディーに決まっていった。

 決まったことはこうであった。

 十二月に入り学校の授業も少なく、さらにいうと会社の、荒事の仕事の予定も入っていない稲穂が、しばらくの間実里のできるだけ傍にいる、つまりボディガードをすることに。

 見た目は身長の高い美女であるけど、その肉体能力は通常の成人男子を遥かに凌駕している。一般男性が仮に襲い掛かってきたとしても実里を守るだけのスペックを十二分に保持している。万が一刃物等の凶器を振り回すような相手だとしても歯牙にもかけないくらいの力を有している。

 そしてしばしの間実里は成瀬家に滞在することも。

 稲穂という有能な護衛が付いていたとしても、一人の時、自宅のマンションで過ごすときに襲われたりしたら意味がない。

 これだけ決まればほぼ決定といっても過言でない。

 なのに何故昨夜に話はまとまらずに、今朝議論が再開されたのか。

 それは仔細なこと、只一点、決定されずにいたこと。それを巡り二人、桂と実里が互いの意見を昨夜からぶつけ合う、丁々発止のやり取りを。

 では、それは何か?

 それは稲穂の服装についてであった。

 当の本人としては、いつも通りの格好かつボディガードでもあるのだから動きやすい服装で行くことを望んだ。

 しかしながらこれに麻実が意見を。

 実里の所属する研究室に行くときは大体において仕なので、普段はスーツで赴いていた。それなのにいつもとは異なる格好では周囲に変に思われてしまうのでは。もしかしたら研究室の中にストーカーがいる可能だってある、もしそうだった場合警戒させてしまうのでは、という意見を。

 この意見に稲穂は納得。

 ということで護衛の衣装はスーツということで決定。

 決定したのであったが、ここから桂と実里の意見の対立が。

 スカートにするかパンツにするか。

「だから昨夜も言ったが、稲穂にはパンツルックが似合う」

「それは私も否定しない」

「なら、どうして私に対立するのだ?」

「パンツルックもいいけど、それ以上にスカートのほうがいいと思うからよ」

「スカートが良いとは私も思うが、しかしパンツルックであれば稲穂のお尻のラインが常に見られるんだぞ」

「稲穂ちゃんのお尻のラインが綺麗で、ずっと見ていた気持ちはよく分かる」

「ならどうして……」

「でもね、実里。スカートでもサイズを少し小さ目のにすれば、いっそのことタイトスカートにすれば綺麗でかわいいラインがくっきりと浮かぶから、堪能できるから」

「うーん、私は何時も大きめのサイズを選んでしまうから分からないが……たしかに桂の言うこと一理あるな」

 この言葉には実里のこれまでの経済事情が潜んでいた。大きめのサイズならば似合う似合わないを問わなければ着ることは可能。しかし、小さいサイズを購入し入らなければ、その購入金額が全て無駄になってしまう。その為多少オーバー目のサイズを購入する癖がいつの間に身に沁みついてしまっていた。あと、これは話とはあまり関係ないが、不景気だとゆったり目のサイズの服が流行り、好景気だとフィットした服が流行る傾向。

「でしょ。だからスカートがいいのよ」

「しかしだな、せっかくボディガードをしてくれるのだ、昔のドラマみたいなパンツのほうがかっこ良くないか」

「かっこいいのは分かるし、実里がそれを求める気持ちもよく理解できるの。でもね、稲穂ちゃんはパンツタイプのスーツしか持っていないよ。だからこの機会にスカートも履かせてみたいの」

「うーん……確かの稲穂にスカートのイメージはないな」

 元男だったからという矜持でスカートを断然と拒否していたわけではないのだが、稲穂は極力パンツルックを選んでいた。これは動きやすさを優先したものであった。

「でしょ。だから」

「……うーん、そう言われるとスカートも見てみたいような」

「ほらほら」

「いや、しかしパンツルック、つまりマニッシュの中にあるフェミニンの要素、相反するようなものが混在しながらもそこが喧嘩をするではなく調和を保つ美しさがある、それこそが稲穂の持つ魅力なのでは。それを消してしまうのは惜しいような気が」

「両方を兼ね備えた良さは分かるの。でもね、スカートにした場合は今の季節、黒の魔力が付加されるのよ」

「……どういうことだ、桂?」

「ストッキングよ」

「……ストッキングはいいものなのか? 私自身はあまり好まないがな。ああでも、昔よく穿いてくれと懇願されたことはあったな」

 寒さ対策としての有効性は認めているものの、あまり器用でないがゆえにこれまで人生で何枚ものストッキングを無駄に破いてしまい、浪費してしまった。それゆえに極力実里は使用しなかった。着用していなかった。

「考えてみて。いえ、想像してみて。稲穂ちゃんの長くて細い脚をストッキングの黒が彩るのよ。それってすごく素敵なことだと思わない」

 実里はこの桂の言葉を聞き、頭の中で想像してみた。

「……うーん、良いかもしれん」

「でしょ、だからスカートがいいのよ」

 桂が実里を洗脳、もとい説得を続けている横で、当事者である稲穂は同じようにこの状況を見ている麻実に質問される。

「ねえ、シロ本人としてはどうなの?」

 スカートに対する忌避感はないし、強く望まれるのであればそれに応えるくらいの余裕もあった。ボディガードをするのだから本来であれば動きやすいズボンのほうがいいのだが、訓練を受けた人間を相手にするわけではない、こんな言い方は少し失礼かもしれないが高々ストーカー程度、それくらいの一般人ならば常人を遥かに凌駕した運動能力を有する稲穂には全くもって問題ではない。しかしながら……

「別にどっちでもいいけど、ストッキングだけは勘弁してほしいかな」

「男ってああいうの好きなんじゃないの?」

 麻実は稲穂の秘密を知っていた。

「まあ、好きか嫌いかと問われれば好きになると思う」

「だったらどうして穿くの嫌なの?」

「……破っちゃいそうだから」

 先のも書いたが普通の人間ならば歯牙にもかけない程稲穂は圧倒的な戦闘力を有している。だが、その性能に着衣しているものが、この場合はストッキングが激しい動きに耐えられない可能性が十分高い。

 そして昔、若気の至りで桂の穿いていたストッキングを強引に破ってしまい、心底怒られた苦い記憶が。

 稲穂が、稲葉志郎であった頃の記憶を述懐しているうちに、どうやら二人の話し合いが決着に向けて歩み出したようであった。


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