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仲良し? 3+2人組 5


 何度か空間転移を繰り返して美月みつきは逃げた。このまま家まで帰ってもよかったが待たせている友人達がいる。念を入れ西口から駅へと入る。乗車客が多いことで知られる池袋駅。探し出すのは至難かと思われたが意外と簡単に見つかった。

「遅かったなー、心配してたんやで。ほんで、忘れ物はあったん?」

「……うん」

 忘れ物などあるはずない。ここまで美月は手ぶらで来ていた。それでも見つかったような演技をする。

「それは良かったですわ」

「それじゃさ、これからどうする? まだこの辺をぶらつく?」

 それは危険だった。あの少年はまだ美月を探して周辺をうろついている可能性も十分にある。

「他に行こう」

 また接近すれば、今度はこの子達も巻き込んでしまう。それは絶対に避けたかった。

「おお、美月ちゃんからの提案とは珍しいな。どこか行きたい場所あんの?」

 提案をしたものの行きたい場所など無い。ただ、この場からみんなを連れて一刻も早く離れたかっただけだ。

「それならさ中野か立川に行こうよ。それなら靖子ちゃんのご所望の本も手に入るし」

「本当ですの?」

 靖子の顔が明るくなった。美月と一緒にいられることは嬉しいが目的の書物は手に入れていない。連休明けに見せてもらったジャンルの本を欲していた。

「ああ、アソコやったらウチらもまあ楽しめるしな。ほな行こか」

 山手線に乗り、新宿で降りる。電車を乗り換える。電車が動き出してもまだ美月は用心していた。あの少年が近くに居るのではと気が気でなかった。


 夕方、駅で別れて家へと帰り着いた美月は疲労困憊であった。肉体的な疲れはまったくなかった。しかし精神が磨耗したように擦り切れかけていた。池袋を離れても常に警戒を怠らなかった。周囲に絶え間なく目を配る、注意を払う。それだけではなく。友人達に余計な心配をかけないようにも気を配った。その結果がこれだった。

 かつらが帰ってくる前に夕飯の支度をしなければいけない。しかし、気力が無い。再起動するのが億劫になるほど精神が疲れ果てていた。

 出かけたままのかっこうでソファーの上にうつ伏せに倒れる。このまま何もせずにいたかった。

〈そこまで神経を張り詰めて警戒しなくても大丈夫だと忠告しただろう。あの少年が再接近した時にはワタシが感知して君に教える〉

 この助言は何度も聞いたものだった。たしかに接近時には頭の中で音が鳴る。身を持って知っている。この境遇に導いた存在ではあるが、ある程度は信頼もしていた。

「ああ、分かってるけど」

 モゲタンの言葉は美月は心の底から安心させるような材料にはなりえなかった。だからこそ、このような状況になっていた。

 玄関の開く音がする、桂が帰宅した。帰るコールの電話はすでにあり、その時に一度準備に動き出そうとしていたが結局そのままの姿勢で過ごしていた。

「ごめん。まだ夕飯の準備できていない」

 責務をこなしていないことを謝罪した。

「いいわよ。友達との付き合いは大事だし、それにテスト勉強頑張ってたから疲れが一気に出だんでしょ。毎日毎日ご飯の準備をしてもらってコッチが申し訳ないくらいだから。今日は美月ちゃんの夕飯作りはお休みにします」

 咎めることはなく、桂は美月の身体を気にかけて言った。

「でも、なにか作らないと。レトルトも何も無いよ」

 冷蔵庫の中身は確認をしなくても全て把握していた。買い置きのレトルト食材も無い状態だった。料理が苦手な桂が一人で夕食の準備をできるはずがない。

「それなら大丈夫。帰りにポストを覗いたらこんなチラシが入っていました」

 そう言って広げて見せたのは宅配寿司のメニュー表だった。桂はさっそく携帯電話を取り出して注文をする。注文の品が届くまですることがなかった。

「環境の変化とか、身体の成長とか色々あったから美月ちゃん疲れちゃったんだね」

 化粧を落とし部屋着に着替えた桂が言う。気遣いと優しさにあふれた言葉であったが疲労の原因はそれではない。本当のことを言うわけにもいかない。美月は返事に困った。

「そんな年代だもんね。私にも記憶はあるわ」

 大いなる勘違いをして都合よく理解してくれる。これはありがたかった。

「それじゃ、お寿司が来るまで美月ちゃんに良い事をしてあげようかな。大人の階段を上り始めた君に、大人の快楽を教えてあげる」

 桂の指がいやらしく動き、美月のか細い首筋をそっと撫でるように触れる。少しづつ指先に力が入り、柔らかな肌を蹂躙しながら下へと移動した。やがて手は黒の森を抜けて、普段あまり触れない箇所へとさしかかった。

「……いやっ、駄目、止めて。くすぐったい」

 この身体になったからの初めて刺激に美月は困惑の声を上げた。

「全然こってないね。やっぱり若いからかな」

 指に力を入れて美月のなだらかな肩を揉み解そうとしていたが。肉という部位はそこには存在していなかった。そもそも美月の身体にはこりというものがなかった。稲葉志郎であった頃は慢性的な腰痛に悩まされていたが、今ではそんなものとは無縁だった。

「僕はいいから。それより桂さんのほうがこってるでしょ」

 うつ伏せに寝そべっていた身体を起こして座る。その前に桂を座らせて美月は固くなっている肩を揉みだした。桂の肩は鉄板のようだった。これは胸の大きさがそうせているのか、それともやや猫背気味の姿勢がそうさせているのか理由は分からないが肩こりに苦しんでいるのはまぎれもない事実であった。

 昔もこうしてよくマッサージをしてあげたものだった。

「こうやって肩をもんでもらうのって、なんだか稲葉くんのことを思い出すな」

「……ごめん」

「どうして謝るの。あ、また私が泣くと思ったから。心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから。あのね、夢を見たの。ある日突然稲葉くんが何事も無かったようにひょっこりと私の所に帰ってきてくれるの。……そんなことは現実には起きないと思うけど。でも、なんだか信じられるような気持ちなの。それにね、美月ちゃんがいるからちっとも寂しくないし」

「……桂」

 美月が何かを言いかけたところで宅配の寿司が届いた。


(なあ、昼間のあの少年はどうして俺に襲いかかってきたんだ?)

 桂と一緒のベッドに入り眠りにつこうとしたが美月は眠れなかった。警戒は完全にほどかれたものの気の張りは完全に収まったわけではなかった。

 同じデータを回収するもの同士。互いに争う理由が美月は依然不明であった。

〈その理由はワタシにも分からない。しかし、一つだけ今回のような事態を引き起こした要因を思いつくことができた〉

(それは、どんな要因なんだ?)

〈ああ、以前にも話したが本来ならばワタシは協力者と融合する。データを回収する、それ以外の行動は全て宿主の思いのままである。あの少年は、これはワタシの想像だが、強くなりたいという意思が強すぎたのではないかと推測する。力を心の底から欲している。そのために君が保有した能力を奪い取ろうとして、あのような行動を引き起こしたのではないのだろうか〉

(それじゃ、あの子にお前とデータを渡せば襲われることはないのか?)

 力を有するから襲われる、それなら譲渡すれば心配はなくなるのでは。周囲の人間にも害を及ぼす危険性も回避できる。

〈それはワタシとしては大いに困る事態だ。回収の効率性を保つのであればまだまだワタシの数は多いほうが良い。それに君にとっても大きな弊害をもたらす。ワタシが君から離れると大変なことになる〉

(……何だよ? 驚かすようなことを言うなよ)

〈驚かすつもりはない。必要が無かったから今まで説明はしてこなかったが、君の身体はワタシの管理下にあることで生存している。ワタシの手の届かない範囲に行けば君は生存運動を停止するだろう〉

(なんでそんな大事なことを前もって話さないんだ)

〈スマナイ。必要が無いと判断していたからだ〉

(それでその範囲というのはどれくらいだ。今までも何回か離れたよな)

 クロノグラフのモゲタンを始終つけていたわけではなかった。やむをえず外す機会も多々あった。その度に美月は生命活動の危機に陥っていたことになる。

〈そんなに心配することはない。短時間ならば、特に問題も無い。しかし、長い時間ワタシとの接触を絶つのは賢明ではない〉

(……そうなのか)

 想像もしていなかった事実を知らされ、美月は少し落ち込んだ。


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