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Eureka

五年目突入。



 かの古代ギリシャの数学者アルキメデスのごとく「エウレーカ」と、稲穂は思わず叫び出だしそうな心境になった。

 アルキメデスがこの言葉を発したのは世紀の発見をした時であり、その際裸で街中に飛び出したのであったが、当然のことながら稲穂は人類史上初の大発見をしたわけでもなく、またスリムで無駄のない美しい裸体で人ごみの中を走り回ったわけでもない。

 では何故そんな言葉が突如として飛び出しそうになったのか。それを語る前に一つ補足を。Eureka、ギリシャ語で「見つけた」とか「発見した」という意味の言葉。日本語で表記するならば。稲穂が叫びそうになった「エウレーカ」ではなく、「ユーレカ」「ユリエカ」「ユーリカ」「ヘウレーカ」のほうが相応しいのだが、この「エウレーカ」を稲穂、というか稲葉志郎が初めに覚えてしまい、それ以降ちょっと違うという認識はあるものの、つい出てしまう、といっても極偶にだが、ものであった。

 話を戻す。

 稲穂は何処で何を発見したのか?

 まずは場所。それは都内の自転車店、といっても何店舗もあるような大きなショップで、そして自転車はさることながらアパレル関連も充実している店。

 そこで稲穂は自転車用のパンツ、サイクルパンツ、レーパン、ビブショーツの試着を行っていた。

 別段これらを着用せずともロードバイクを走らせることは十分に可能なのだが、身に纏うことによってお尻の痛みや煩わしさから解放され、それに加えて股関節周りの動きが阻害されてしまうこともなくスムーズにペダリングができると、経験者二名、文尚と紙芝居のお兄さん、から稲穂は事前に助言を受けていた。常人を遥かに凌駕した肉体を有する稲穂は臀部の痛みや服による動きの阻害があっても全くといっていい程問題ないのだが、このアドバイスを素直に受け入れて着用してみることに。

 信頼している二人の言葉というのもあるが、それ以上にプロがしているような恰好を自分もしてみたというある種ミーハー的な意味合いもあった。どちらかといえば、そっちの方が大きかったのだが。

 ということでショップへと赴き、品定めをし、せっかくの機会だからちょっと良い商品を購入しようかと考えた時にちょっとした問題が発生。

 それはサイズの選択であった。

 稲穂の身長は日本人女性の平均値をかなり超えていたし、スリーサイズのうち胸は平均値より小さく、ウエストも同様で、そしてヒップは平均値に近似したものであった。

 身長で選んだ際と、ウエストもしくはヒップで選んだ場合、サイズが異なってしまう。

 どちらを選択しようかと悩む稲穂に、彼女の両耳のピアス、モゲタンが脳内で助言を。

〈二つを着比べてみたらどうだ〉

 この言葉が至極全うであった。

 というわけで稲穂はSサイズとMサイズのビブショーツを手にして試着室へと。

 下着(アンダーウェア)の上からまずは大きいほうの試着を。本来はこの手の服は直に穿くのだが、試着でそれを行うのはマナー違反。稲穂はしばし鏡で自身の姿を眺め、それから動きやすさを確認してからSサイズの試着へと移行。

 さて、前置きが長くなったがここで冒頭の言葉が稲穂に口から飛び出しそうになったのである。

 では、一体稲穂は何を発見したのか?

 寸法が若干異なるだけで同じデザインのもの。着た感じの違いは多少あれど、見た目においてはさほど変化が出るようなものではないと思っていた。だが、実際はどうだ。稲穂に目には明らかに印象が違って見えた。違いはないはずなのに妙な気分に。不可思議に感じた稲穂は再び大きめのサイズのものに脚を通し、脳内でモゲタンに先程の映像を出してもらい見比べてみる。一見違いはない、が、よくよく観察すると肌面積の大きさが違った。膝上からビブショーツまでの長さが異なっていた。その差は一インチとまではいかなくとも、僅か親指程度の差。それなのに受ける印象がまるで違っていた。大きめのサイズ、つまり股下が長いMサイズではかっこよく映り、Sサイズでは肌の露出が増えたことが要因なのか分からないけどほんの少しだけ可愛いような印象が。

 しかしながらこの差異が重要な発見ではなかった。

 差異によって受ける印象の違いを理解した瞬間、これまでずっと分からなかったことが突然氷解した。

 女性になってから、それこそ伊庭美月であった頃から、桂に幾度なくスカートの丈が長いというお小言を受けていた、若いのだからもっと脚を出さないと、と言われ続けてきた。だが、ほんの数センチでそんなにも変わるものだろうかとずっと思っていた。

 しかし、今鏡に映った姿の印象は確かに違う。

 桂が言っていたのはこのことだったのか。

 それから女の子がよく前髪の長さを気にしていることも今になって理解できた。

 乙女になって、といってももう処女(おとめ)ではないけど、はや数年を経て、ほんの少しだけ乙女心というものが分かったような気がした。

 そしてそれは稲穂にとってあまりにも衝撃的なことなので、思わず「エウレーカ」という声が出そうになった。

 これが事の真相であった。

 

 さて、ほんの少し、それこそ小指程度、小さじ程度のものであるが一応理解はできた。だが、それが嗜好に直結するようなことはなかった。

 短いほうが可愛いとは素直に思うけど、稲穂の好みは長いほう。

 裾が長いほうが、肌面積が少ないほうが、かっこよく見える……ような気がした。

 ならば、サイズの大きいものを稲穂は購入……ということにはならなかった。

 この手の服はサイズが大きいとその機能を十全に使用することができない。どちらのサイズも着用できたが、店員も小さいほうがお奨めであると。それに乗る際には自分の姿は見えない。ということで、稲穂はSサイズを購入。

 ついでの黒のロングソックスも一緒に購入。

 帰宅後、稲穂は自身のエウレーカ体験を桂に話す。桂は恋人の成長? に喜び、それから

「この機会にもっと可愛い挑戦をしてみたら」と助言。この言葉に稲穂はついつい調子に乗ってしまい、即座にネットでサイクルスカートを桂と一緒に選び、そして購入。

 しかしながら、理解したと思った乙女心は一時の気の迷いであり、届いたサイクルスカートは結局一度も使用することなく、そのまま箪笥の肥やしと化してしまう、日の目を見ないままになってしまっていた可能性が大であったのだが、後日コスプレをする靖子へと譲渡したのであった。


主人公はまた一つ成長しました。



実体験。


次話投稿は未定。

たぶん、おでんの話の予定。

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