かそうけいかく イベント本番
イベント当日。
総勢十数人でハロウィンのコスプレイベントの行われる遊園地へと貸し切りバスで。
本日の参加者は、稲穂、桂、麻実、実里はもちろんのことそこに文、知恵、靖子が加わり、さらには会社のスタッフ数名、中には警備部門の人間も。
高校生三人組のコスプレは三人それぞれ別の物であった。
まずは文から。昔からちょっとした憧れはあったものの、お金と着る勇気がなかった甘ロリを。この夏バイトに勤しみ、その給料で思い切って購入。だが、着る機会にはなかなか恵まれずにそのままずっとクローゼットの中、日の目を見ないままになってしまっていたかもしれない白色のロリータ服を。
次に知恵。彼女は戦闘機のパイロットスーツのコスプレを選択。最初は父親の持ち物を借用しようと画策していたのだが、横はともかく縦のサイズが合わずに、上野へと赴き軍の流用品を物色。そこに父親から強奪した有名漫画家デザインのエンブレムマークを貼り付けて参戦。
最後に靖子。イベントには参加するがコスプレをするつもりは全くなかった。憧れの人の写真を撮ることに専念しようと当初は考えていたのだが、旅は道連れということで二人に強引に説得されて渋々承諾。したものの、普段漫画やアニメをほとんど見ないためにどんなコスプレをすればいいのか分からずに途方に暮れていた矢先に街中でロードバイクで走っている稲穂に出会い、同じような自転車には乗れないけど恰好だけならと思い立ち、サイクリストのコスプレを。古着屋で偶然見つけた像のマークの入ったサイクルジャージを購入。同じ様な格好ということでレーパンも安物を購入してみたのだが下着のラインが浮き出てしまうことに恥ずかしさを覚え着用を止めようと考えた矢先にまたまた偶然自転車に乗る稲穂に出会い、相談し、下着を着けずに直に穿くものと教えられて、ついでに見せてもらい、憧れの人の柔肌を目にするという思わぬ幸運に喜び感謝しつつも、ノーパンで穿く勇気はちょっと自分にはないと吐露。後日、稲穂から購入したものの一度も使用していないサイクルスカート、それからお古だがヘルメットとグローブを貰い、それらを着用しての参加。
この調子でグループの参加者コスプレを全て書き出すのは、大量の文字数を有することなり、そして大半はゾンビであり、風変わりにコスプレもいるにはいるのだがそんなにアイデアも出てこないので特出すべきコスプレをした二人の例をあげることにする。
まずは一人目。警備部門、普段は海外で荒事の仕事をしているジョージ。彼のコスプレは一見只のスーツであった。だがよくよく観察すればそれが仕立ての良い代物であることが分かる。それもそのはずであった。彼が身に纏っているスーツは背広の語源になったというサイヴィル・ロウの高級スーツ。あのジェームス・ボンドが着ていたもの。つまり007のコスプレであった。このスーツは007の映画が好きすぎて自前で購入したという羽振りの良い話であればいいのだが、流石においそれと手が出るような値段ではなく、石油王の警護を担当した時にボーナスとして貰ったものであった。時計もオメガをつけ、アタッシュケース、中には秘密の小道具も。そしてこれはコスプレではないのだが、分かる人間には分かるようにブロッコリーのカフスを。外身だけではなく中身も。普段はオーストラリア訛りの英語だが、このコスプレをしている間はスコットランド訛りで。ついでに今晩はシェイクしたマティーニを予定していた。
二人目は企画部の佐々木君。彼の趣味は学生時代から続けている甲冑作りであった。今回も自作の大鎧、南北朝時代のものを模したもので参加。ハロウィンというイベントのコスプレ大会ということもあってこんな甲冑姿というのは非常に珍しいのだが、例に挙げたのはそれが理由ではなく、この出立が正しい意味でのコスチュームプレイであるから。コスプレというのはコスチュームプレイの略語で、日本で生み出されたものであり、今では世界中で通じる言葉ではあるが、本来の意味は仮装ではなく時代劇、歴史劇のこと。この大鎧はまさに歴史劇の衣装であった。
露払い、前座というのは少々失礼かもしれないがこれまでにして、そろそろ真打ともいえる四人娘? のコスプレについてそろそろ語りたいと思う。
まずは実里。
彼女が選んだのはオーソドックスな紺のセーラー服であった。高校は私服だったし中学はブレザーだった。だからこそ選択し、そしてこれまで男達に着てくれと懇願されたパーティーグッズのセーラー服との着心地の違い、良さに感動した。そこにトレードマークともいうべき白衣をひっかけ、さらにはゾンビメイクを施した。これは稲穂が作ってくれた〆の素麺の調理工程を見ながら「そうか、素麵はくっ付かないように油が薄く塗ってあったのか」と言いながら、頭の片隅、脳内で何かアイデアが生まれそうになり、後日、これまた稲穂の作ってくれた炒飯を頬張っている時にそのアイデアが彼女の脳内で固まりかけ、それを具現化するために連日の徹夜。それがたたり本日目の下にすごいクマが出現。それを隠すために急遽稲穂に手によってゾンビメイクを施したのであった。
次に麻実。
麻実は四種類の衣装をレンタルした。
まずは受け狙いで猫の着ぐるみをチョイス。小さい頃、病院暮らしだった頃から一度着てみたいと思っていたものであった。しかしながら憧れは所詮憧れでしかなかった。暑い、動き難い、一日中着ているのは絶対に無理と試着三分で判断。
次にヒーローもののアクションスーツ。これも憧れであった。選ぼうとした際、肉体は違うが経験者である稲穂が止めておいたほうがいいとアドバイスを。その助言をろくに聞かずに借りてしまう。そして自宅で身に纏い、稲穂の言葉がいかに正しかったのかその身をもって麻実は思い知った。視界が狭いうえにちょっと動いただけで息苦しくなってしまう。こんな状態でアクションができるなんて凄い。今までテレビの前でこのアクションは下手だとかいう生意気なことを言って本当にごめんなさい、それからシロの言うことを素直に聞いておけばと自己反省をしつつ、これは当日着ないことに。
三着目は、稲穂こと稲葉志郎の出身地の津市に本社がある井村屋の子会社のファミレスの制服。
そして四着目は、アニメにもなった某エロゲーの制服、ブレザー。
三着目と四着目、これを交互に着て参加。
続いて桂、と行きたいところだがその前に稲穂を。稲穂の選択が桂に大きな影響を与えたから。
さて、その稲穂だが、例のごとく着せ替え人形、良いおもちゃとなって、桂や麻実、それから実里も楽しませ、喜ばせたのだが、一点だけ自身の意思で選んで衣装があった。
それは旧日本海軍の士官服。白色のもの。
これを稲穂が選んだ理由は、かつて稲葉志郎であった頃に受けた自虐史観的な教育が上京してから一転し右傾化してしまった、というわけではない。中学の頃、学生服に身を包んでいた頃から一つ考えというか、思いのようなものがあった。制服はそのままのシルエットで着たほうが美しい。流石にカラーまでキッチリと締めるのは首が窮屈であったから解放はしていたが、周囲がボタンを開けていたり着崩していたりする中で頑なに上のボタンまでしっかりと止めていた。それから時は流れ、今回サイト上で海軍の士官服を発見。そのシルエットの美しさに袖を通してみたい、以前役で水兵を演じたのだが、いつの日か士官の役をという願望がちょっとあり、ここで結実を。
ちなみに服に合わせて髪型も坊主のしようかと稲穂が提案したが、それは提案者を除く全員がそれを全力で却下。
最初この服を選択した時桂は渋った。というのも、彼女のプランは同じ制服に身を包むこと。だがしかし、その計画は即座に撤回、覆った。それ程稲穂は似合っていたのであった。まるで宝塚の男役のようなかっこよさ。
これに桂は参ってしまった。やられてしまった。自身の計画を翻してしまうくらいに。
桂は中高共にセーラー服であった。だからこそ今回はブレザータイプの制服を絶対に選択するつもりであった。だが、それを選んだ場合稲穂と並び立つのにはそぐわない。ということでセーラー服、白色のものに変更。時代考証的には間違いであるのだがそこは御割愛を。最初はワンピースタイプのセーラー服をチョイスしたのだが試着していると大きな胸が邪魔をしてあまりシルエットが綺麗じゃない。色々と試着を繰り返し、下はモンペにするとかいった迷走をしたりし、最終的に神戸にある有名高校の白のセーラータイプでスカート長いものに相成った。
しかしブレザータイプにやはり未練があり、それはそれでレンタルし、稲穂と一緒に部屋で楽しんだのは二人だけの秘密である。
さて、これまで長々とコスプレ衣装について書いてきたが、肝心のイベント自体はどうであったかといと大盛況のうちに幕を閉じた。
とくに、男装の麗人である稲穂は非常に目につく存在であり、多くの人から写真を求められた。
そんな中で稲穂と桂のエピソードがあったので、それを語り今回の話を終わらそうと思う。
絶え間なく見知らぬ参加者とのツーショット写真の被写体になっていた稲穂を離れた位置から見ていた桂が涙ぐんだ。
これは自身が蔑ろにされて孤独な気持ちに苛まれてしまったからとか、それとは逆に嫉妬の気持ちが心の中にだけで納まりきらずに涙となって溢れ出てしまった、決壊してしまった、というわけでは当然ない。
稲穂の完璧という言葉にも近いようなコスプレを見て、まるで出征する前のような、自分の元から離れていってしまう、そしてそのまま帰ってこない。永遠の別れのような気持ちに急に襲われてしまったからであった。
もちろんのこと、そんなことはない。解ってはいるのだが、涙が止められない、止まらない。
桂の異変に稲穂はすぐさま気が付く。
断りを入れてから、最愛の人の元へと。
「どうしたの桂?」
「……稲葉くんが私の所からいなくなってしまうような気が急にして……」
問われ、桂は素直に心情を吐露。
「行かないよ」
「……でも……」
「来月、桂が楽しみにしているのがあるだろ」
「……うん」
「それに……プロポーズした時に約束しただろ」
「うん」
「桂を一人にしてどこにもいかないから」
小さな音で、桂にだけ聞こえるような声。だが、桂には力強い、頼もしい宣言のように。
桂の涙が止まった。
周囲の喧騒などお構いなく二人だけの世界へと。
手を取り合い、見つめ合う。
そんな二人が現実世界に戻ってきたのは、周りからの大合唱。
良い雰囲気の桂と稲穂に、「キス」のコールが乱れ飛んだ。
ご期待に添い、ここで熱い口づけをかわせば大盛り上がりは必至なのだが、如何せん二人共に衆人環視の前でそんなことをするような勇気、度胸もなく、繋いでいた手を素早く離し、そそくさとその場から退散したのであった。
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