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かそうけいかく 3

伏線


 バッグの中に入っていた衣装は計三点。

 一つはピンクのナース服、一つはセーラー服、そして後一点はミニスカ警官の衣装。

 どれも縫製はあまり良くなく、布地も妙にテカテカとしたチープな感じのもの。いずれも本物ではなく、所謂パーティーグッズ、安手のコスプレ衣装であった。

「こういう趣味があったの?」

 と、麻実が訊く。

「いや……そういうわけではないのだが……稲穂は……いないな……」

 特に口を挟まずに三人のやり取りを眺めていた稲穂は、そういえばまだ実里にお茶を出していなかったことを思い出し、ついでに全員分のお茶を入れてこようとキッチンへと。

 稲穂が今いない、聞いていないことを確認してから実里はおもむろに、

「これは私の恥部だからな、あまり稲穂には聞かれたくない。……この衣装は全部……その……私を抱いた男達がくれたものだ」

 別に性に奔放というわけではなかったが、大学に入学してしばらくしたある日、とある事件をきっかけに望んではいなかったが経験してしまい、それに対しての忌避も特になかったので、自身の利益のために、望まれれば、求められればその身体を数多の男達に許してきた。

 バッグの中のコスプレ衣装はその時に着用を求められたもの、または着てほしいと懇願されたものだった。

「あたしや桂は聞いてもいいのに、シロはどうしてダメなの?」

「稲穂に知られたら、足軽な女に思われてしまうじゃないか」

 麻実の質問に実里が即答。

「あしがる?」

 単語は理解できるが、実里の言葉の内容にはその単語は似つかわしくなく、もしかしたら自分が知らない意味があるのではと思い桂が聞きなおす。

「ああ」

「どういう意味なの?」

「どういう意味って言葉通りだろ。桂は国語の教員だったから知っていて然るべきだろ」

「…………」

 やはり自分が知らない意味があったのだろうかと桂は沈思黙考。

「実里、それもしかしたら尻軽って言いたかったの?」

「……ああ、そうだ。……尻軽だ。……どうして私は間違えてしまったんだろ」

「周りの影響じゃない」

「……ああ、そうかもしれないな」

 この麻実の指摘は正鵠を射ていた。実里自身はサイエンス系のサイトしか覗かないが、以前の彼女の周囲にはサブカル系のネットに入り浸っている連中が多数存在した。彼らと日常で接するうちに、知らぬ間に、気付かぬうちに、ネットミームに着実に犯されて、汚染されてしまっていた。

「けどさ、まあ桂もそうだけど世の中の大半の人って制服好きだよね」

「私は別にそんなに好きってわけじゃないけど」

「でもさ、シロに着せようと必死に説得してたじゃん」

「それは……稲穂ちゃんの可愛い姿を見たかったから」

「流石私の親友だ。稲穂の可愛い姿は是非とも両目と脳内に焼き付けたいものだ。けど、一ついいか。稲穂の可愛い姿も捨てがたいが、かっこいいのも見てみたい」

「誰が親友よ。……けど、その提案はなかなかいいわね」

「だろ」

 実里は言いながら少しだけ得意気な表情を浮かべた。

「あのさ、話しちょっと戻すけど、訊いてもいい? こういう服を着てのプレイってどういうことするの?」

 異性との経験はないけど同性とは経験している麻実が興味津々で実里に訊ねる。

「このセーラー服はかつて研究室にいて今は企業で研究員をしている須藤君のリクエストだったが、最初に着るだけですぐに脱いだな」

「すぐ脱ぐのにわざわざ買ってきたのその人?」

「やり残した青春と言っていたな」

「何それ?」

「中学高校と男子校で、異性と全然縁がなかったと言っていたな。まあ、それは私もだが。だからこそ、制服、セーラー服をある種神聖視しているように見えたな。だから汚すことはしなかったな」

「なんか桂に似てない」

「私はそんな不純なことしないもん」

「そうかな。まあいいや。それじゃあ、このナース服は?」

 訊いたのはまたしても麻実であったが、麻実の言葉と同時に桂がナース服を手にしていた。

「それは……たしか着たままで犯されたかな」

 その言葉を聞いた瞬間、桂はまるで汚いものでもあるかのようにすぐに手を放す。

「おいおい桂、そんなに汚くはないぞ。後でちゃんと洗濯したからな。それも手洗いで」

 これは生地が薄すぎて、洗濯機で洗うと破れそうだったからである。

「ねね、じゃあコレは?」

 そう言いながら麻実が実里にかざしたのはミニスカ警官の服。

「それは教授だな」

「教授って、実里がいる研究室の?」

「ああ、そうだ」

「あの人こんな趣味があったんだ」

「ああ、私もこの服を渡されて、それを着て罵ってくれと言われた時には随分と戸惑ったものだ」

「どういうことなの?」

「教授はMなんだ」

 Mとはマゾのこと。

「えっ、意外」

「意外って、そんな風に見えない人なの?」

 麻実は件の人物との面識はなかった。

「私も二三回、それもちょっとの時間しか面識していないけど、どっちかというとSというような感じだったけどな」

 桂の印象は、言葉には出さないが苦手意識であった。上から目線、知識がないことを見下されているような気が、少ない言葉の中に感じられた。だからこそ、S、サドのように思えたのであった。

「それでコレを着て、その教授をイジメたの?」

「したにはしたが、私にはどうもその手の才能は皆無だったみたいで教授を満足させることはできなかった。だからすぐに首になった」

「首?」

「ああ、私はお役御免になった。私の代わりに留学生のリーさんが教授のお気に入りになった。まあ、彼女ならば適任だがな。若いし、気も強い、それに言葉が強いからな」

「へー」

「確かにアッチの言葉はそういう風に聞こえるからね」

「ああ」

「まあそれは置いておいて、実里の持ってきた服の来歴をここまで聞いてきた後でなんだけど、これ全部却下ね」

「やはり駄目か」

 持ってきた当の本人もこれはちょっと違うかなと認識があった。

「うん、駄目」

「しかし困ったな。ダメもとで持ってきたけど、一個両断されるとは想像していなかった。けど、困ったな。……これも駄目でジャージも駄目だとすると私は何を着て参加すればいいのだ」

「一刀両断ね」

「あのね実里、今日来た理由分かってるの?」

「コスプレの相談だろ。だから、こうやって持ってきたんだ」

「レンタル衣装でどんな制服を借りるかという相談よ」

「……ああ、そうだった。……しかし、困ったな……」

「何が困ったの?」

「さっきも言ったと思うが金欠でな……借りるお金があるかどうか」

「それなら心配いらないわ」

「どういうことだ、桂?」

「こないだのカレーのお礼があるから、実里の分は私と稲葉……稲穂ちゃんで出すことにしたから」

「それはありがたい。……しかし、ところで桂」

「何?」

「稲葉というのは? 言い直して稲穂と言ったが、桂はどうしてそんな言い間違いをしたんだ。稲穂は桂にとって大切な人間だろ」

「えっと……そ、それは……」

 稲穂がかつて稲葉志郎という男性であったことは実里には秘密にしてあった。

 そのことをちょっとした油断で勘繰られてしまいそうに。咄嗟に誤魔化すような言葉が出てこずに桂は口籠ってしまう。

 麻実も助け舟を出そうとしたけど、何も言えない。

「まあ、いいや。言いたくないことなら別に。そのうち話せるようになったら話してくれれば。なあ、親友」

 実里はそれ以上追及はしなかった。

「誰が親友よ……まあ友人みたいなものでは一応あるけど……」

 そして桂のこの言葉の最後は凄く小さな音であった。


 桂、麻実、そして実里。女三人で会話が繰り広げられていたのだが、マンションの中にいるのは四人。残りの一人、稲穂は姦しい輪には参加せずに何をしていたのかというと、お茶、といっても緑茶ではなくコーヒーと紅茶だが、を入れ、戻ろうとした矢先に実里の声を聞き、自分には聞かせたくない話をするみたいだと察し、お茶の乗ったお盆を手にしたままで踵を返し、キッチンへと舞い戻っていた。

 そして両耳のピアス、モゲタンに室内の会話をモニタリングしてもらい、但し自身は全く聞かない、自分の話題、つまり実里が聞かれたくない話が終わったらお茶を持ってキッチンから出ようと思っていた。

 が、思ったよりも会話が長引く。

 稲穂は先程淹れたコーヒーと紅茶を淹れなおそうかと思案。

 冷めてしまっていたからだった。

 だが、暦の上では秋なのだがまだまだ暑い。熱いものよりも、少し冷めたほうがいいかも、とも思い、どうしようかとい稲穂は決断できない。

 できないでいるうちに、モゲタンが、

〈キミに聞かれたくない話は終わったようだ〉

 と告げ、今から淹れなおしたのでは時間がかかるなと判断し、冷めたままで出すのだが、これが意外と好評であった。

 

 その後、実里を加え四人でサイトを観ながら会議を。

 議題はもちろん、稲穂に何を着せるか。

 当事者である稲穂を除く三人がそれぞれに自らの欲望ともとれるような意見を出す。三者三様で一致の兆しを全く見せない。

 平行線に。

 しかしながら互いの意見はぶつかるものの目的は一緒。白熱した議論が、稲穂を除いて展開される。

 譲るべき点は譲るが妥協できない箇所は妥協できない。このままずっと平行線が続くのかと思われた矢先、実里の「お金を出さない身で言うのは何だが、別に一点に絞る必要性はないのでは」という一言で大きく進展を。

 三人それぞれの意見を取り入れた候補を数点見繕い、稲穂の運転する車で例のレンタル衣装の店に。

 そこで実物を確認し、それぞれ数点ずつレンタルし帰路についた。

 といっても、真っ直ぐに帰ったわけではなかった。駐車場のある大型商業施設に立ち寄って食料品売り場へと直行。今晩のおつまみ、もといおかずとなるお惣菜を購入。

 部屋に戻ってすぐに一応未成年である稲穂を除く他三名の計画討ち入りの決起集会という名のプチ宴会が開始された。

次回は七夕前後の予定。

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