かそうけいかく 2
出迎えに玄関へと向かったのは稲穂一人だけであった。
実里を伴い、彼女の持ってきたバッグを手にし、リビングへと舞い戻る。
「いらっしゃいって、実里、何それー」
「実里やっと来たんだー、って何でそんなんで来たの?」
パソコンのモニターから視線を来客、つまり実里に向けた途端、桂と麻実、二人が同時に変な、驚きの、素っ頓狂な声を上げた。
二人が驚いた理由は実里の服装。
「……変か?」
髪の毛を弄りながら実里が二人を見据えて問う。
「うん」
「かなり変っていうかそれで本当に来たの? 電車に乗ったの?」
「荷物が多かったからタクシーを使おうかとも考えたが、生憎財布の中身がゼロに近くてな。だから徒歩と電車だ」
「言えば迎えに行ったのに」
「桂や麻実の運転はちょっとな」
「大丈夫よ、今日は稲穂ちゃんがいるんだから」
「そうか、しまったな。ならば是が非でも頼むべきだったか」
三人共に免許を所持し、さらには車の運転をしているが、桂は自身の運転に自信はなく極力運転を避けていた。それと反対に麻実は自信過剰であり、急発進、急加速、急停止であったために二人に制限されていた。
そして実里は、そんな二人の運転を知っており、かつ稲穂のスムーズで快適な運転も体験していた。
「けど、ほんとにその恰好で電車に乗ったの?」
「本当だが、そんなに驚くことか?」
「普通は驚くと思うけど。ねえ、麻実ちゃん」
「うん」
「しかし、出迎えてくれた稲穂は二人みたいに驚きの顔をしなかったがな。いつも通りに出迎えてくれたのだが」
確かにそんな態度は見せない、驚きの表情を顔には出さなかったものの、稲穂も二人と同様とまではいかなくとも少し変だとは思った。だが、それを口にすることはなかった。親しき仲だけど礼儀あり。明け透けに言うようなことはしなかった。
「そんなに変かな。今回の目的にあったものだと思うんだが」
「思うって?」
「だから、今回のコスプレは女子校生、あ、違った女子高生だと。私の高校時代はいつもこの格好だった」
「言い直したけど、同じ意味じゃないの」
「桂、それ多分違う。実里は、こう、の字が違うということを言いたかったから言い直したのよ。エロゲーなんかではそういう表記にしているから」
麻実が言うように、エロゲーは成人向け、登場人物も十八歳以上であり、高ではなく校の字を使用。
それにしても何故実里がエロゲーの知識を持ち合わせていたかというと、ひとえに周囲の環境。男の中の紛れての学生生活及び研究者生活、いつの間にかその手の知識が望んでもいないのに蓄積されてしまった結果であった。
少々話が脱線してしまったが、どうして二人が実里の姿に驚いたのか、
「それはともかく高校はジャージだったの?」
「いつも?」
それは実里がジャージ姿。といっても、スポーツメーカーが出しているようなスタイリッシュなのものではなく、学校指定の小豆色の、有体にいってダサいジャージであったからだった。
「ああ」
「制服は着なかったの?」
「ウチの高校は私服だったからな。だから、重宝した。服選びで困ることはないし、動きやすい、汚れても全然問題ないからな。それと髪型も久し振りに当時のようにしようとしたんだが、如何せん全然していなくて思うようにできなかった」
「うん……確かにおさげにしてる」
と、麻実が。
実里はいつもとは違い、双方に垂らした、不均等なおさげ髪。
「実里、高校時代はそんな髪型だったの?」
「いや、いつもではないが偶に三つ編みにしていた。纏まっていて実験する時に邪魔にならなかったからな。それと母が私の髪をいじるのが好きで、よくこの髪型にしてもらっていた」
「ジャージ姿に三つ編みってなかなかマニアックよね」
「で、今日はどうして三つ編みじゃないの?」
「さっき言ったように久し振りにしてみようと自分で試みたんだが、上手くいかなくてな」
実験する時は起用に手先を使える実里であったが、自身のことになると途端に不器用になってしまう。
「じゃあ、あたし達がしてあげるよ。ねえ、桂」
「そうね、おかしな髪じゃこの後一緒に歩く私達まで変に見られちゃうから」
「ああ、頼む」
「じゃあ、こっち来て座って。麻実ちゃんはブラシとか持ってきて」
「了解」
「しかしジャージね、懐かしいわね。私も上京した時は持ってきたけど。結構楽なのよね。それに意外と重宝するし」
付き合い当初、桂は志郎に会う時はいつもオシャレに気を使っていたが、自室に戻ると高校時代の少しよれた、着るのが楽なジャージで過ごしていた。
稲穂も付き合いが長くなってからその恰好を目撃。いつもとは違う姿に幻滅してしまう、ということはなく気を許してくれたんだという思いがあり、それからちょっとマニアックな姿に、むしろ嬉しくなった。その思い出を口にしようとしたが思い止まる。というのも、実里にはまだ自身の正体を明かしてはないし、今後もするつもりはない。なのに、そんな話をしたら一発で露呈してしまうということは流石にないけれど、変な疑問を持たれてしまう可能性がある。その小さなものが、後々面倒くさいことになってしまうことも。
だから、稲穂は何しゃべらずに三人の様子を眺めているだけ。
「しかしまあ、物持ち良いわよね。高校を卒業してから十年は経っているでしょ」
桂と実里は同学年であった。
「ああ、これは去年買って今年おろしたものだ。流石に高校の時に着ていたのは流石にヨレヨレでスカスカでボロボロになって着られなくなってしまったからな」
「どういうこと?」
「毎年実家からジャージを送ってもらっていたんだ」
「そんなことまでして着てたの」
「ああ。しかし一昨年大事件が起きてな」
「何かあったの?」
「ウチの高校のジャージが変更になってな。これが最後のストックだ」
「桂、道具持ってきたわよ」
「ありがとね、麻実ちゃん。まあ、良い機会だからジャージを卒業したら」
「それは一応考えたんだがな。だが、この着心地も捨てがたい。ネットで他に同じようなジャージがないか探そうと思っているんだが」
「まあ、好きにしたら。あ。それはそうと今回のコスプレイベントはジャージじゃなくて一応制服というコンセプトがあるんだけどな」
「そうか。やはりジャージはマズイか」
「うーん、不味くはないけど浮いちゃうかな」
「浮くのは別に構わないが、稲穂と違うのは嫌だな。まあ、それはともかくやはりジャージは違ったか。別のも持ってきた良かったな」
「別の?」
「ああ、稲穂に預けたバッグの中に入っている。稲穂、申し訳ないけどそれをコッチに持ってきてくれないか」
「これ?」
「ああ、そうだ」
「稲穂ちゃん待って。それは後で。まずは実里の髪をしちゃうから」
バッグを手にし、歩み出そうとした稲穂に桂が静止の声を。
「でもさ桂、実里が持ってきた服を見てから髪型を変えたほうが楽しそうじゃない」
と、麻実が提案。
「確かに。三つ編みもいいけど、服に合わせたほうがいいわね」
ということで、おさげを解いたところで一旦停止。
まずは実里が持参した衣装をチェックすることに。
パツンパツンのジャージにちょっと浮き出た下着のライン




