かそうけいかく
短めの話。
例の計画とは、コスプレのことであった。
これは麻実との暮らしが長く、彼女に影響されて二人共にオタク趣味に目覚め、そして今度晴れてコスプレデビューを画策しており、いよいよその計画を実行に移す、というわけではなかった。
稲穂がまだ、伊庭美月であった頃に交わした、二人の約束。
高校に入学したら、制服でデートをするという約束。これは桂の憧憬のようなものであった。中学高校と恋愛とは無縁の青春を過ごしていた。上京してから稲葉志郎と出会い、恋愛した。だが、十代の象徴ともいうべき制服でデートをしたことがない。それ故に憧れであった。だから、自身はもう制服を着るような年齢を大分と経つが、愛する人が高校入学をする機会に、長年の憧れ、夢ともいうようなことを実現しようとした。
だが、その約束は果たされることはなかった。
しかし、その夢は永遠に閉ざされたわけではなかった。最愛の人は、姿を変えてしまったけど、自分の元へと帰ってきてくれた。
だが、去年は何かと忙しくてそれを実行することが叶わなかった。
けれど、今年はそれを行うことができる。
桂は一人脳内で密かに計画を練っていた。それは至福な時間でもあったのだが、ある日を境に桂の中で迷いが。
この年で制服を着るのは冷静に鑑みてみれば、結構恥ずかしい。稲穂のように似合うような容姿であれば問題ないのだが、今の自分では似合わないイメージが脳内に。そして似合わないだけならまだしも、その恰好でデートだから街中を闊歩するのである。
自分で言いだしたこと、夢、であるけどこれは無理かも、桂はそう考え諦めようとした矢先に光明が降り注いだ。
世の中にはハロウィンというイベントが存在した。そしてそれは近い時期に開催され、なおかつうまい具合に都内の遊園地でハロウィンに合わせたコスプレイベントが催されるという。大勢の来園者に紛れてコスプレ、もとい制服を着るのであれば恥ずかしさは多少払しょくされるはず。そう考えて参加を決意。当初は稲穂と二人だけの参加予定であったが、麻実に知られ、だったらいっそのこと他の人間も巻き込んでしまえと知り合い多数に声をかけまくった。
その結果数名で参加することに。
参加するといってもまだ本番までは時間があった。
では、稲穂が帰ってきた週末の予定とは?
それは衣装選びであった。
一言で制服と言っても実に多種多様。様々な服が存在していた。その中で桂の夢を実現するためであるから、職業制服は除外。それでもまだ多くの選択肢が。
その中から一点。イベントで着るものを探し出す至難の業であった。
稲穂、桂、それから麻実はパソコンのモニターの前であれこれと思案と議論、主に桂と麻実が。
三人が今覗いているサイトは、レンタル衣装の会社のものであった。
金銭的に三人共に新品の制服を購入するくらいの余裕はあった。が、一回しか着ないような代物に数万円もの資金を投入するのは流石に躊躇してしまう。思い出ではプライスレスかもしれないけど、数万円も出すのは少々勿体ないと考えてしまう。これは誰か一人の考えというわけではなく、三人共通のものであった。
そんな折、麻実がレンタル衣装を発見。
品ぞろえが豊富で、かつ後に買取も可能なお店。
ということでその店でレンタルすることに決定。
なら、何故実店舗で物色ではなくサイトで品を検索しているのか?
それはあまりにも数が多いために、予めネットで品定めし、候補を絞り、そして実物を見て決めるということになったからであった。
「これなんか、どうだ?」
本音を言えばそんなに乗り気ではないけど、桂が喜んでくれるのであればまあいいかと思いながら、モニター前であまり意見を出さずに半ば傍観者と化していた稲穂が、とある制服が目に入った瞬間、声を上げた。
その制服は稲穂、といよりも稲葉志郎の性春、もとい青春の一ページに燦然と輝くものであった。性の目覚めに大きく寄与した漫画のものであった。
「うーん、これは……。デザインがちょっと、紫もなんか変な感じだし、それにスカート短すぎる。私が着るのはちょっと」
「あたしも漫画自体は好きだけどさ、これを着るのはちょっと無理かな」
と、この提案は桂と麻実には受け入られなかった。
「そうか……だったらこれは?」
麻実からマウスを譲り受け、スクロールして、少し前に見付けたけどその時は提案しなかったものを。
今度のは、桂もその昔愛読していた少女小説で幾度となくアニメシリーズ化もされた女子高もの。この作品のおかげで、本当は別の作品だけど、稲穂は、美月であった頃、年下の友人達を得ることができた。
「これね……確かに昔はちょっと着てみたいという憧れはあったけど」
「だったら、俺と桂はこれで決定か」
「うーん、小説みたいにロザリオを交換して姉妹ごっこするのはちょっと楽しいかもしれないけど……今回はパス」
「えっ、何で?」
「こういうのは稲葉くんみたいな細いシルエットの人が似合うから。私にはちょっと無理かな」
「そうかな?」
「確かにシロみたいな胸がない人ならいいけど、あたしや桂みたいなのはちょっと似合わないかも」
「まあ麻実ちゃんの言う通りだけど、実はパスした理由がもう一つあるんだよね」
「何?」
「セーラー服タイプのはちょっとね」
稲穂が挙げたのはワンピースのセーラー服であった。
「あれ、桂セーラー服嫌いなの?」
「嫌いじゃないけどさ。中高とセーラー服だったからブレザーを着てみたいなと思って」
桂は中高六年間、別の種類のではあったがセーラー服であった。
「ああ、それ分かる。あたしも別のタイプの着たいもんね」
と、麻実が賛同の声を。
「……そんなものなのか」
かつては男であったけど、この性別の姿になってはや数年経った。しかしながら、未だにそういう女性の機微、女心というものが理解できない稲穂が小さく吐露を。
その後もモニター前で喧々諤々。
そうこうするうちにチャイムの音が聞こえた。
これは今回の参加者の一人である秦実里の来訪を告げる音であった。




