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こぼれ話


「ねえ、アクセとかにはまだ興味ないの?」

 結婚指輪を購入後、入った店で紅茶を味わいつつ、いくつかの話題が二人の俎上にあがり、その中ででたのがこの桂の言葉であった。

 二十歳前、年頃の女性としては珍しく、成瀬稲穂は両耳のピアス以外には、その身体に装飾の類の物品で自身を飾るということはしていかなかった。

 先程指輪を購入した店でも、以前の大須でも、桂がしきりに「似合う、かわいい」と言って着けることを勧めたのに、一応その場では試着のように着けてはくれるが、いずれの場でも商品を購入するという段階にまでは至らなかった。

 そのことを質問。これに対し稲穂は、

「全然興味が無いわけじゃないよ。昔はその手のものを身に着ける意味が理解できなかったけど今はなんとなくだけど分かる。それに桂が勧めてくれたネックレスとかは可愛いと思うよ。今のこの容姿にも合っていると思うし」

 稲穂には特殊な事情が。

 かつては稲葉志郎という成人男性であった。それがとある事情で伊庭美月という女子中学生になり、そこからまたある事情が加わり、現在は成瀬稲穂という女性に。かつて男であった身、ゆえに女性のファッショには興味があまりなかった。だが、今の性別として生活するようになって結構長い。昔のように興味が皆無というわけではなく、少しずつではあるが理解できるようになってきた。

「じゃあさ、何で買って着けて、私の目を楽しませてくれないの」

 美月であった頃から、桂は稲穂を着飾らせて、目の保養を、楽しんでいた。それなのにアクセ類を全然着けてくれないことへの不満を口に。

「うーん、まだちょっと苦手なんだよな」

 この稲穂の言葉に桂は、今現在に首元を彩っているネックレスを少し隠すような仕草をしながら、

「……もしかして嫌だった?」、と。

「ああ、そうじゃない。そのネックレスは可愛いと思うし、よく合っている。桂が着けているのを見て、素直に良いと思えるし」

「じゃあ、苦手ってどういう意味なの?」

「昔からあんまり好きじゃないんだよな。ほら、男が着けるのって成金みたいな金のとか、悪ぶっているようなイメージのシルバーアクセサリーとか。そう思うのはお……私だけかもしれないけど周囲に対する威圧のように感じるんだよな。俺はこんなにも強いんだというさ」

 ある種偏見とも捉えかねない個人の意見を。

 これの下地には、高校時代、それから上京してからの数年のあまり良くない思い出があったからだった。

「それは分かるけど、でもさ今は女の子なんだよ。そんな威圧的な意味合いで着けるんじゃないだし。ほら、私のこれってそんなイメージなんかないでしょ」

「分かるけどさ……後さ、着けるのがちょっと怖いんだよな」

「……怖い?」

「怪我しそうで」

「え?」

「中学の時の体育の先生が言っていたんだよな。運動中にはあまりその手のものは身に着けない方がいいって、怪我の元になるって。その時はさ、何言ってんだろうと思っていたけど、高校に上がってからの体育の時間のサッカーでさ、粋がった奴がシルバーのネックレスをジャラジャラ着けたままでプレイしていたら、接触したはずみで他の奴の手がネックレスに絡まって偶然首を絞めるようになって、ソイツ落ちたんよ。それを目の当りにしたらさ」

 店の雰囲気にそぐわない話を。

「うわー、それはちょっとトラウマになるかも……でもさ、高校生の時だから、あんまり言いたくないけど、十年以上前だよね。そんなトラウマみたいなものはもう払しょくできたんじゃないの?」

「いや、実はさ……桂に心配かけたくなかったから話さなかった、内緒にしていたんだけど、エキストラの仕事で三下のチンピラのやられ役をってさ。その時、ネックレスじゃないけど、お守りを首に着けて演技、殺陣たてをやったんだよ。そんでお守りの紐が首に絡まってさ。まあ失神するような酷い目に遭ったわけじゃないけど、紐が食い込んでけっこう痛かったんだよな、首の紐の跡も残ったし」

「そんなことあったんだ。あれ、でも首の跡が残るくらいなのに、私は何で気が付かなかったんだろ?」

「ほら、一時タートルネックとか襟付きの服ばかり着ていた頃があっただろ」

 この稲穂の言葉に、桂は記憶の引き出しをひっくり返す。

 稲葉志郎という人物は、ラフな服装を好んでいた。冬でもTシャツ一枚、さすがに長袖のであったが、で過ごしているようなこともあった。

「ああ、あったあった。あれって、そういう理由で着てたんだ。あの時ってさ、あんまり会えない時期だったからてっきり浮気していて、それでその子の好みに合わせてああいうのを着てるんじゃないかって想像してちょっとだけ病んでいたんだよね」

「……ああ、ゴメン。変な心配をさせて」

 心配をかけないような配慮が、余計な心配事を増やしてしまっていたようだった。

「いいの。それよりさ、今はもうすごく丈夫な身体なんだから、そんな心配なんて必要ないんじゃないの」

 稲穂の身体は常人を遥かの超越した能力を。当然外傷にも強い。

「まあな。でもさ、移動にロードバイクを使うだろ」

 この春購入したロードバイクで大学、職場、取引先と移動している。

「うん」

「結構なスピードで走るから、何かにネックレスが引っかかって転倒しそうな気がするんだよな」

「でも、今の身体ならそんなの平気でしょ」

「身体は大丈夫だろうけど、自転車を傷付ける、壊すのは嫌なんだよな」

 稲穂はすっかりとロードバイクに嵌っていた。安物だが、傷付けるのが嫌であった。

「トラウマになってるからしょうがないかもしれないけど、心配し過ぎだよ。ほら、私が着けているのなんて短いし」

 そう言いながら桂は自分の着けているネックレスのチェーンに両方の親指をかけ軽く引っ張った。

「まあ、それは分かっているどさ……」

「じゃあさ、安全な場所でなら着けてくれるよね」

「まあな。だからこないだも着けただろ」

 大須のコメ兵では桂の言われるままに、色んなネックレスで首元を彩った、試着した。

「だったら、家で練習しようよ。それで克服したら、お揃いのを着けてデートをするの」

 楽しそうに語る桂の笑顔を見ながら、稲穂は少し冷めた紅茶を一口含み、それから、

「了解」

 優しい声で了承した。


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