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指輪物語 完結編 そしてEXへ…


 東京へと戻った桂は、麻実と連れ立って結婚指輪を選ぶために、都内の宝石貴金属店をはしごすることに。

 しかし、桂の相手は稲穂であって、麻実ではないはず。

 そう思われる方も多かろうからまずはいつもように説明を。稲穂が不在なのは急遽仕事でアメリカへと飛んだためであった。どれくらい急かというと、東京のマンションに帰宅してすぐに成田へと向かうくらいの慌ただしさ。

 その時、自分が向うに行っている間に結婚指輪を選んでおいて、と稲穂は言い残していった。

 その言葉に従うことに。けど、一人で探すことに桂はちょっとだけ不安が生じたために、麻実と一緒に店舗巡りを。

 美術系の大学に通う麻実のセンスには桂の信頼を寄せていた。だから、アドバイスを貰おうと画策していた。

 何件も回り、いくつか候補をピックアップ。

 そして、これはという一点を見つけ出すことができた。

 だが、購入という段階にまでは進まなかった。

 これには三つの理由が。まだちょっと他の候補とどれにするか悩んでいること、もう少し時間を置いて冷静に考えてみよう、焦らずに判断しようと。

 稲穂の正確な薬指のサイズが不明。

 そして最後に、これが一番肝心なのだが、買う時は稲穂と一緒がいいからであった。


 数日後、アメリカでの仕事を早急に片付けて稲穂が帰国。

 さっそくデートで、候補、のある宝石貴金属店に。

 桂が最有力の候補に選んだのは、宝石のちりばめられたような華美なものではなく、シンプルなデザインのカットリング。

 これには稲穂も文句はなかった。

 華美な、ゴテゴテとした派手なリングであったらどうしよう、という不安が少しだけ稲穂の中にあったけど、これならば常時身に着けていても問題なし。本音を言えばもっとシンプルなものでもよかったかもしれないけど、桂がこれを選んだのであれば異論をはさまない。全権を委ねていたのだから。

 買うまでの期間は長かったが、決まってから購入するまではあっという間であった。

 あっという間ではあったが、実はほんの少しだけ店内で迷う時間が。

 それは色。

 同性同士の結婚であるから、普通の新婚カップルが購入するようなブライダルリング、マリッジリング、ペアリングではなかった。それらを選ぶと男女の違うデザインで、必然的に男物は稲穂の担当になるわけだが彼女の細い指に合わない。だから、おそろいのリングを色違いで購入した。桂はピンクゴールドを初めから気に入っており選択、しかし稲穂はなかなか決まらない。同じ色は自分にはちょっと合わないような気がし、金は派手すぎるようなきらいがあり、銀は地味すぎると桂から却下が。

 角を突き合わせ協議し、決まったのはイエローゴールド。こう書くと派手な印象をもたれそうだが、意外と落ち着いた色合いであった。

 選び終え、リングの裏にイニシャルの刻印をお願いし、後日、大安吉日に再び来店しリングを受け取る予約を入れて、店外へと。

 デートの続きを。


 後日、大安吉日、約束の日に再来店。

 出来上がった二つの指輪を受け取る。

 受け取っただけで、その場では嵌めなかった。

 というのも、この日に合わせて取ったホテルで、二人きりで互いの指に嵌め合うことにしていた。

 が、すぐに予約してあるホテルへと向かわなかった。まずは、紅茶の美味しい専門店へと。ここは以前に桂が麻実と一緒に発見した店であった。

 普段はあまり紅茶を嗜まない、どちらかといえばコーヒー派の稲穂ではあったが、特に異論をはさむことなく同意し、桂の後について店内へと。

 これはアメリカで散々不味いコーヒーに触れて、というか辟易し、しばしコーヒーから遠のきたいような心境であったからだった。向うのコーヒーは総じて甘すぎる。シュガーフリーと明示されているにもかかわらず日本の缶コーヒーよりも甘いものばかり。

 ついでをいえばグリンティー、緑茶も甘かった。

 紅茶を楽しみながら、久々のゆっくりとした二人きりの会話も楽しむ。

 そんな中で話題が麻実のことに。

 数日前の出来事、あの宝石貴金属店で桂と一緒に見、今日受け取り今はケースの中に入っているリングに少々羨ましがり、自分なら赤系のゴールドを選ぶと言い、そして「あたしもシロと結婚する」と、発言。

 このことを二人は若気の至り、戯言と、一笑に付したりはしなかった。 

 普通のとは違う、同性同士の、法的な根拠のない結婚。そこに麻実が加わりたい、この先の人生をずっと一緒に過ごしたいと願うのであれば、受け入れる所存であった。

 これは両者ともに気が多いからではない、誰でも構わず受け入れるわけではない。秘密を共有し、一緒に生活している麻実だからこそであった。

 年の離れたちょっと手のかかる妹のようでもあり、また娘のように思えるようなこともある。それだけ二人にとっては麻実という人間は家族同然の存在であった。

 ゆえに一緒になることを拒まない。彼女がそれで幸せであるならば。

 けど、普通の女性としての人生を、自分達とは違う生き方をしてほしいとも思っていた。

 まだお酒を呑めるような年齢に達したばかり、そして病院のベッドの上での生活から抜け出してまだほんの数年。彼女には色んな経験をし、時には恋愛をし、青春を謳歌してほしい、そう願っている。

 それを経験した後でも、一緒にいたいと本気で望んでくれるのならば喜んで迎い入れ、三人で選んだリングを左手の薬指に着けよう。

 そんな会話を紅茶を味わいながら。


 その後、予約してあったホテルへと移動。

 ハレの日、新婚旅行の代わりといってはなんだが奮発してスイートルームに。

 二人だけの甘い空間で、先程買ったばかりに指輪を互いに左手の薬指に嵌めていく。

 そして誓いの言葉とキスを。

 これにて簡易的な結婚式は終了。

 程なくして、予約を入れた時に一緒に頼んでおいたルームサービスが届く。


 上げ膳据え膳、美味しいディナーを堪能している二人の間で上がった話題は先程の指輪の交換。

「前に、美人みとちゃんの時も思ったんだけど、稲葉くん妙に指輪を嵌めるの上手いよね。なんか慣れているというか」

 桂は自分が、稲穂の薬指に震えた手でなかなか嵌めることができずに手間取ってしまったとのは対照的に、スマートにかつスピーディーに左の薬指を彩ってくれた。そのことに少しトキメキを覚えはしたものの、なんだか妙に手馴れているな、そういえば以前も大須の一件も思い出して、こんな言葉を。

 それに対して稲穂は、

「ああ、昔事務所に入ってすぐの頃によく結婚式の仕事をしたからな」

 稲葉志郎であった頃、平均身長よりも上背があったために、結婚式場でのデモンストレーション、見学者にこんな具合に式を行いますよという仕事で、新郎役をしていた。

 その時、新婦役の子の薬指によく指輪を嵌め、慣れていた。

「そんな仕事してたんだ、初めて聞いた」

「あれ、言ってなかったか」

「うん、聞いてないよ。ああ、だったらさ稲葉くんはタキシードとかモーニングも着たの?」

「着たよ。紋付き袴も着た」

「その時の写真とか残ってないの?」

「新婦役の子は自分の携帯を出して撮っていたけど、俺は別に。まあ、もし撮っていたとしてもあの時秋葉原あきばはらで消滅してしまったけどな」

〈スマナイな〉

 稲穂の両耳にあるピアス、モゲタンが脳内で謝罪の言葉を。

「別にいいってことよ」

 あの時死んでしまったら、今のこの幸せな時間はない。

「どうしたの?」

「モゲタンが謝ったからさ」

「ふーん……でもちょっと見てみたかったな、稲葉くんの晴れ姿」

〈キミの過去の来歴を洗い、仕事をした結婚式場に、もしくは関係者のパソコンの中にもしかしたらその時の写真がデータとして残っている可能性はあるぞ。すぐには無理だが、時間をもらえれば探し出すことは可能だ。桂の希望に沿うことはできるぞ〉

(いや、いいよ)

 桂に聞かせないように、稲穂は脳内でモゲタンに返答を。

 そんな会話があったとは露知らずに桂は、

「残念だな……でも今度私の前で今度着てくれる?」

 近い内に結婚写真を撮る約束になっていた。

「約束していたからな。でも、ドレスは勘弁な」

「ええー」

「いや、この姿で着たら似合うのは分かるけどさ、やっぱ恥ずかしいよ」

 美人ではあるが元は、というか中身は男。

 スカートにはいく分慣れたが、まだ羞恥心のようなもの。だからこそ先日はその恥ずかしさを払拭するために下にアレを穿いていたのだから。

「見たいなー」

「着ないよ」

 意見は対立するがそこに不穏な空気は存在しない。

 しばし、着る着ないの攻防を繰りひろげ、やがて自然に目が合い、微笑み、笑いあった。


 ディナーを終え、いよいよ初夜であった。

 だが、その前に身体を綺麗に。

 いつもは二人で一緒にお風呂に入ることが多いのだが、今日は桂のたっての希望で別々に。これは一緒に入るとムードがなくなるとの懸念からであった。

 先に稲穂が入り、桂はその後で。

 ベッドで待つ稲穂に少しだけ申し訳ないような気もするけど、これから愛してもらう身体を丹念に磨き上げた。

 普段は絶対に着ないような、稲穂が喜んでくれそうなちょっとセクシーなランジェリーを纏い、髪を乾かし、薄くメイクを。

 これからベッドの上で愛し合うのだから、どんなに整えたとしてもそれは束の間、すぐに乱れてしまい、気にならなくなるはずなのに、桂は少しだけ跳ねている髪に何度もブラシをかけ続け、丁寧に直していく。

 いつもならば面倒なことのように思えるのだが、今はとても幸せな感じた。

 桂はふと鏡に映る自分の顔を観察した。

 その表情はとても柔和で、満ち満ちて、幸せな顔を、

「こんなに幸せで、何か少し怖いような気が……」

 と、独り言ちた。


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