指輪物語 愛の城編
前回の補足をまず。
成人組がアルコールを摂取。これを見て、飲酒運転に当たるのではないかと思われる人もおそらくいるであろうから説明をしておきたいと思う。たしかに昼、そして夜、二回にわたり飲酒を行った。だが、帰りの車を運転したのは成人組のいずれかでもなかった。ハンドルを握ったのは稲穂であった。
稲穂は、運転免許を取得しており、そして免許所持者の中で唯一アルコールを摂取していなかった、まだ成人前なので外での飲酒は控えていた。帰りはハンドルを託さられる運びになっていた。だからこそ、車内には稲穂のスニーカーが予め積み込まれていた。これはミュールでは運転に支障をきたすためである。稲穂の能力を持ってすればミュールでも別段問題なく運転できるのだが、何かあった場合に備えて、いざという時、咄嗟にブレーキを踏むような状況ではミュールという履物は心許ない、少々危険であるからだった。年頃の大事なお嬢さんを預かっているのだから。
後部座席には成人組、つまり酔っぱらい三人組を乗せ、助手席には美人を座らせる。
これは出来上がってしまっている三人と素面で未成年の美人を一緒にすると大変危険、危ないと稲穂が判断してからであった。
アルコールで気持ち良くなっている、ちょっと箍が外れていることをいいことに、純朴な美人にどんなセクハラ攻撃をするか分からない。
隔離しておくのが最良だと判断。
だが、そのことを三人に面と向かって言えば余計な角が立ってしまうので、稲穂は美人を助手席に乗せる理由として、帰り道のナビゲート、つまり彼女の家まで隣で案内を、アテンドをしてほしいから、と説明。
本当をいうと、美人が助手席に座ってナビをする必要なんかなかった。迎えの段階で位置をほぼ把握していたし、よしんば途中で迷ってしまったとしても稲穂の両耳にピアス、つまりモゲタンが道を教えてくれる。現在のどんな高性能なナビシステムであっても裸足で逃げ出すよう能力。
出来上がり、下ネタで盛り上がっている後部座席の三人。
そして前の二人の会話も、後ろ程ではないが華が咲いた。
実は、稲穂が美人を横に座らせたのは二人で話をすることも目的でもあった。
コメ兵で知識がない美人一人を蚊帳の外にして盛り上がってしまった。その埋め合わせではないが、今度は彼女に話を合わせて。
無事、美人を送り届け、先程まで女子高生が座っていた助手席に桂はちゃっかりと陣取り、稲穂の運転する三菱デリカは一路桑名へと、国道一号線を西へ走行。
未成年を連れまわす時間としては遅かったが、成人としてはまだ宵の口というような時間帯であった。
稲穂は車を運転しながら、
「何処か寄っていくような場所あります?」
と、皆に訊く。
この稲穂の問いを待ってましたとばかりに桂が、
「温泉に入っていきたい」
即答を。
後部座席の若夫婦も同意の声を上げる。
どうやら後部座席で事前に話し合いがもたれており、そこで出た案を桂が代表して稲穂に告げたのであった。
成瀬家のある桑名市にはナガシマスパーランドという施設が存在する。アトラクションで有名な遊園地なのだが、以前美月であった頃桂とデートした場所、その始まりは温泉。
普通の入浴施設は異なる。この時間に訪れても入湯できるのか?
その疑問を口に。すると、桂は、
「ちがうちがう。長島温泉じゃなくて……えっと、どこだっけお兄ちゃん?」
文尚は桂の質問に口頭ではなく、スマホを妹に。
受け取った妹は、そのスマホの画面を運転している最愛の人に見せる。
横目でチラリと稲穂は確認。それで十分であった。網膜に写った画面を、モゲタンの力をかり脳内で表示。
その結果、
「はあああああ」
驚きの声を上げてしまい。思わずブレーキを踏んでしまいそうなった。
稲穂が驚いたのも無理のない話であった。スマホに画面に映し出されていたのは近隣のファッションホテル、つまりラブホ、ラブホテルの情報であった。
天然温泉を謳うラブホに今から行きたい、そこで温泉に入りたいというのである。
行くこと事体は吝かではない、温泉に入ること事体、汗を流すことには稲穂も賛同をしたい。
だがしかし、温泉に入るだけでは絶対済まないはず。そんな予感のようなものがあった。
そうなったら大変不味い事態に。
そんな稲穂の心中を知らずに、桂は、
「ねえ、温泉に入ろうよー」
と、気楽な口調で言いながら、ハンドルを握る稲穂に左手に豊かな胸を強く押し付ける。
自分にもあるけど、それとは異なる柔らな感触に稲穂は一瞬流されそうになったが、すぐに思い止まる。そしてなんとか三人の考えを翻意させようと、
「この時期だから何処も一杯じゃないかな」
と、意見を。お盆であるからその手のホテルは満室なのでは。そこになんの統計的なものは存在していないのだが、少々強めに断言することで諦めてくれるのでは、というのが稲穂の狙いであった。
「その時はその時で別の場所に行けばいいし。もし一部屋しか空いてなかったら、一緒に入ればいいんだし」
後部座席の兄嫁の口から、稲穂の考えを打ち砕く言葉が。
その言葉にすぐに賛同する成瀬家兄妹。
このままでは多数決で行くことが可決されそうであった。
「……お風呂の入るだけで済むんですか?」
危惧を言葉に。ただし直接的にではなくオブラートに包んで。
「その時はその時で楽しめばいいじゃない」
聞くだけ無駄であった。もうそれに向かって突き進むような雰囲気が後部座席で醸成されていた。
「どうしてこうなった」
小さく稲穂は呟く。
その声に反応はしたのは車内の三人ではない別の存在、モゲタンであった。
〈韮、葱、ニンニク、五葷のちの三つを食したからな。精力がついてしまうは当然、キミが危惧する方向へと行くは当たり前だろうな〉
五葷とは、仏教の菜食の考えで、匂いの強い植物を食べることを避けること。これに動物の三厭を合わせ、三厭五葷。八戒ともいい、余談になるが西遊記の主要キャラの猪八戒はここから来ている。
その手のホテルに入り、睦言をすること事体には嫌悪はない。これまでの人生で幾度なく桂と身体を重ねてきたし、同性での三人での体験も実は経験済みであった。それに先程の桂のボディタッチが稲穂の欲情に少しだけ火をつけたことも事実であった。
だが、兄と妹が同じラブホに入るのは。そしてもしかしたら同室で、互いの存在を意識しながら、それが発展し禁断の関係を持ってしまうことも、この変な空気ではあり得そうであった。
そんな事態にならないように。阻止しないと。よしんば、いかがわしい行為に至らなかったとしても素面に戻った明日の朝には、気まずい空気が両者に、いや四人の間にできてしまい、今後の関係が危うくなってしま可能性も孕んでいる。
稲生は頭の中で作戦を練る。
この車内中に充満している危うい雰囲気に一人異を唱えたところで、三人の勢いに負けてしまう公算が大きい。
そうならないためには。
打ち立てた戦術は各個撃破、三人を同時に説得するのではなく、一人一人と対話し、諭すことに。
まずは助手席に座る桂を。
「行くのはいいけど、絶対にしないからね」
念を押す。
「ええー、でもそれってさちょっと勿体なくない」
やはり行ってお風呂に入るだけでは済まないような雰囲気、ある意味臨戦態勢にはいっていた。
「……持ってきてないだろ」
同性同士の性関係。互いの身体に触れているだけでも十分に幸せであったのだが、それでは物足りない、届かない個所も。そこで道具、大人のおもちゃという存在が。愛用の品は一応東京から持っては来ているのだが、流石にこの車内には持ち込んではいなかった。
最大限楽しめない、気持ち良くなれないことを主張し、翻意させようとした。
「おもちゃなんかいらないよ」
確かになくても快楽耽ること可能。とくに稲穂の人間離れした肉体を使用した指技は、これまで何度なく桂の身も心も満足させてきた。
だが、
「それじゃ……こっちが満足しないから」
わざと媚を売るような演技をしながら稲穂が言う。
本当はなくても問題はない。好きな人とそういう行為に浸るだけでも十分だし、自らが達しなくとも、相手が自らの手でイってくれれば満足であった。
だが、それでは困るから、わざと不満げな表情を見せてみる。
車中の暗いなかであったが、効果は覿面だった。
「……私も稲穂ちゃんを気持ち良くさせたい」
小さく稲穂にだけ聞こえるような音で桂は言い、続けてボリュームを上げて、
「温泉に行かないで、このまま帰ることに一票」
と、宣言を。
これで二対二の構図に。
今度は文尚に狙いを定める。モゲタンの能力を借りことに。まだ信号で停車している間に稲穂は身体を後部座席に向け、文尚に軽く触れる。その際、モゲタンがナノマシンを文尚の体内へと侵入させ、血中のアルコール濃度を下げる。
酔いが一気にさめる。
ついでに変化していた肉体の一部も膨張を停止。
そこに稲穂が追撃の言葉を。
「行ったら明日絶対に桂と気まずくなりますよ。昔、あったんですよね」
この言葉の裏側には、以前まだ稲葉志郎であった頃に文尚から聞いた話が元にあった。文尚が学生の自分に、性風俗の店に行き、そのことを高校生であった桂に知られてしまい「不潔」と一言で両断され、その後一月ほど口を聞いてもらえなかったという痛ましい過去が。互いに経験を積み大人になったが、それぞれの性事情を赤裸々に話し合う、公表しあうなんてことはしない。それなのに、一緒にホテルに入るという行為を行おうとしていた。気まずい空気に絶対になってしまう。酔いが完全に冷め、冷静になった頭で文尚は、妻の願いを叶えては上げたいけど、それを行ってしまうと絶対に後悔するはめになってしまうということを悟り、愛する人には申し訳ないが裏切ることに相成った。
そしてついでに膨脹していた箇所もいつしか撓れてしまっていた。
最後は難敵であった。
一筋縄ではいかずに、車をコンビニの駐車場に停めて数の有利さを使い三人で説得を試みるのだが、兄嫁の意思はなかなか変わらない。
四人でホテルに行くと、我儘を言い続ける。
普段はこんな人ではない。我は強いことはあるが、けして自己中心的な性格ではなく、割りと周りに配慮している。だからこそ舅姑と同居という今の生活にもうまく順応していた。
そんな彼女が何故、こうまで我を通そうとしているのか?
アルコールというのも理由である。また、性に奔放とまでいかないけど、エッチが好きなことも理由である。だが、それ以上の理由が。
それは夫、文尚のためであった。
「どうしても妊娠したいの、文尚さんとの間に赤ちゃんが欲しいの。バツがついていて、その上若気の至りでしにくい身体になっているのに、それでもって私を選んでくれた。この人との間に子供が欲しいの、絶対に欲しいの。それにお義父さんやお義母さんにも孫を抱かせてあげたい。だから頑張って妊活しているの、努力しているの。それなのに全然できないの。私は文尚さんよりも年上だし、あと数年もすれば四十代になっちゃうから。四十路を越えても子供ができる可能性はあるかもしれないけど、今よりも確率は低くなるから、今できないのにその先に妊娠する可能性なんて限りなくゼロに近い、無いに等しいの。だから一刻も早く妊娠したいの。そのために色々と調べて受精しやすいようにしているのに、なかなか当たってくれないの。けど、いつもとは違う状況、異なるシチュエーションでセックスしたら、もしかしたらできるんじゃないかと思って。お願い、二人とも協力して」
という、我儘の理由を、魂の叫びのような悲痛な思いを赤裸々に語った。
これで流れがまた変わる様相を。
桂は悲痛な想いに同乗し、協力したいと言って、ホテルに一緒に入る、あまつさえ四人で同室に入り、互いの行為を見せ合うことに同意した。
しかし、文尚は拒否の姿勢を。妻の意見に同意はしたのだが、さすがに妹と義理の妹を巻き込むのは気が引け、気まずくなってしまい、その後の関係に支障をきたしてしまうことを懸念。その上で「ゆっくりと作ろう。それでもしできなかったら、その時はその時」と、説得。
意見が分かれる。
そこで稲穂の登場。
少し興奮気味の兄嫁の耳元で、内密にモゲタンに収集してもらった情報のうちいくつかを伝授。
その言葉を聞きながら温和に顔に。希望が生まれたかのようなに明るい表情に変化していった。
稲穂の説得は功を奏し、一行は間直ぐに桑名へと、成瀬家へと帰宅した。
それからおおよそ十一か月後、文尚夫妻の間に待望の赤ちゃんが誕生。




