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指輪物語 地下迷宮編


 さて前回の続きではあるが、これまた前回同様に補足をしておきたいと思う。

 二人の永遠の愛の印としての結婚指輪を買いに来たはずであったのだが、急遽美人みとのためのメイク講座及び可愛い服選びに変更になった。普通ならば本日の主役ともいうべき桂が臍曲げてしまうようなことになってしまうのだが、桂自身が嬉々として参加を表明し、そして積極的に予定の変更を申し出ていた。

 これには理由があった。

 コメ兵には行くと言ったが、桂もまた東海地方で生まれ育った身、コメ兵=質屋という認識は深く刻み込まれており、やはり結婚指輪を買うのはどうか、と。だがしかし、調査というか、リサーチというか、冷やかしというか、とにかくそこで結婚指輪を買うという行動こそ起こしたりはしないが、それでも色々と物色し、自分はもとより、普段アクセサリーの類を全く身に着けない稲穂を装飾して楽しもうと画策していた。

 だけど、目の前に突如おもちゃが。

 これはちょっと御幣のある表現である、本心から美人のことをおもちゃと思っているわけではない。桂にとって女の子を可愛く、綺麗するという行為は一種の娯楽のようなものであった。自身が挑戦したくても勇気がなくてできなかったこと、若人には二の轍を踏んでほしくなく、後押し、手助けすることが喜びであった。

 麻実をそうやって育てたという自負のようなものが桂にあった。

 だがしかし、麻実は成長した。最近では桂なしに一人でメイクをこなし、それだけではなく桂の逆の助言するようなことも。

 それはそれで喜ばしいことなのだが、頼られないという寂しさのようなものがあった。

 そこに美人という無垢な、何も知らないような花が。

 一期一会。

 コメ兵に行く機会はまた別にあるかもしれないが、美人と逢うことはあまりない。

 と、いうわけで以上が桂が計画変更に同意し、賛同した理由であった。


 コンパルでモーニングとエビフライサンドを堪能した一行は、味噌カツで有名な矢場とんの横を通り若宮大通りに。

 広い交差点を駆け足で渡り、ここはゆっくりと渡ると一度信号で捕まってしまうから、矢場町へと。

 ナディアパーク、パルコ、松阪屋とはしごして、今度は栄へと。

 矢場町から栄までは地下鉄で一駅分。この距離を一行は歩いた。

 夏の盛り、ただでさえ全国的に猛暑なうえに名古屋という土地は伊勢湾からのフェーン現象とアスファルト効果という悪条件で、より暑くなっている。

 そんな中を何も歩くことないだろうと思う人はいるだろう。とくに東海地方以外の人は特に。

 だが、名古屋という街はこのような炎天下であっても涼しく徒歩で移動できる方法があった。

 それ地下街。

 名古屋というのは地下の街である。タイムボカンシリーズやドラゴンズの応援歌で有名な山本正之もとある曲の歌詞に書くくらいに名古屋、栄の地下街というのは縦横無尽の広がりをみせていた。

 どれくらいかという地下街を歩くことによって主要な商業ビルに入ることができる。

 矢場町から栄まで炎天下の中を歩く必要がないくらいに地下街は伸びていた。

 エンゼル広場から地下へと。

 ちなみに、このエンゼルという名前はかつてこの場所が森永製菓の所有するエンゼル球場というのがあり、それに由来したものであった。閑話休題。

 セントラルパークの地下街を探索した。

 だが、メイク関連の店にはこの地下街では立ち寄らなかった。

 というのも、すでに美人の肌の上にはメイクが薄く乗っており、ついでに爪は彩らており、さらに付け加えるとこのような会話が、

「あらためて思ったけど、美人ちゃんって睫毛長いよね、それって天然だよね」

「……はい」

「そういえば美人ちゃんってクォーターなんだよね」

「そうなの」

「……お父さんがイタリアのハーフで」

「そうそう、美人ちゃんお父さんには何回かお会いしたことあるけどいい感じの濃さのイケメンだもんね」

「道理で、ちょっと普通の高校生とは違う雰囲気なわけだ」

「あの……」

「じゃあもともと素材はいいわけだ。メイクはあんまり必要ないかもね」

「……それじゃ自信……」

「大丈夫よ、なくても十分に可愛いから、私が保証してあげるわ」

「私も」

「じゃあ、ついでだけどあたしも保証してあげる」

「うん、可愛いと思うよ」

「……そんな……」

「そもそも若いうちはメイクなんか必要ないのよ。それを無理して肌に悪いものを壮大なに塗りまくったらお肌の曲がり角を迎えた頃には大変なことになるのよ。ねえ、桂さん」

「……私は高校生の時はあまりお化粧なんかしなかったら」

「もしかして小ギャルだったりとか?」

「……実はそうなのよ。お芝居しながらルーズ履いてガングロまではいかないけど肌を痛めるくらい焼いてメイクもバリバリにしてたの」

「ちょっとそれ見てみたかったかも」

「……もう……また今度、二人きりの時にね……」

「はいはい、まだお昼前だし、美人もいるんだからそういうアダルトな話は置いておいて」

「うん」

「コホン……とにかく、メイクよりもまずはスキンケアが大事」

「じゃあ、今度はスキンケア用品でも見る?」

「美人はさ、可愛い服を着れるような自信が欲しいんだから、実際に着ていたら」

「それよ」

「良いアイデアね」

「たしかに着る服によって気構えというか、心持が変わることもあるもんな」

「あるかも」

 と、五人の、主に桂と兄嫁の少々脈絡のない話が繰り広げられたからであった。

 地下街では美人と時々稲穂に似合いの服を探し、時には若いから挑戦しなきゃという論旨でランジェリーや、夏だからという名目で水着も見繕ったりと、これまた色々とおもちゃに、ではなく親身になって精力的に動き回った。

 黒一点であり文尚は、若い子のコスメや服という自身にはさほど興味のないことに付き合わされ、果ては水着と下着の店にまで連れていかれてしまう。普通の成人男性ならばさぞ辟易するはずで、場合によっては癇癪とまではいかないが付き合いきれないと宣言し、以降単独行動に移ったとしてもおかしくないのだが、そんなことせずにきっちりと同行。これは新婚の嫁が怖いから、というわけではなく、義理の妹、稲穂という頼もしい存在がいたからだった。一回り以上年の離れた異性のはずなのに、不思議と馬が合う、話が合う、見た目はショートカット美人で今はワンピース姿だというのに、何故だか義理の弟と話をしているような感覚があった。だから、全然苦ではなかった。

 そして稲穂が妹によって連れさられてしまったとしても、麻実がいて、彼女も義理の妹ほどではないがまあ話が合う貴重な存在であった。

 探索の間に、一行は地下街の居酒屋でかなり遅めの昼食を済ませ、それからセントラルパークからオアシス広場へと。

 この横に隣接する愛知芸術センターへと。

 この中にある図書室では演劇関係の本が充実している有益な情報を美人に教え、夕方近くに一行は再び大須へと舞い戻り、コメ兵と向かった。


 が、当初の目的を実行するために赴いたのではなかった。新たにできた目標を履行するための来店であった。

 では、それは何か?

 それは美人に何かアクセサリー、指輪またはネックレスの類、もしくは香水をプレゼントするためであった。

 これに至って経緯を簡単に説明すると、遅めの昼食時に美人が、ちょっとは自信が持てるようになったと礼を述べたのだが、すぐその後に「けど、まだちょっと不安が。今はこうして見てもらえているけど、一人になったら……」という胸の内に燻ぶる不安を吐露し、「だったら何か御守りのようなものを買ってあげたら、そんな不安は消えてなくなるんじゃ」と麻実が言い、その意見に残り三人はそれは良いアイデアと乗っかった。だが、普通ならばここで本当の御守りを購入するのが筋なのかもしれないのだが、近くに大須観音もあることだし、そうならずにアクセサリー、ネックレス、香水になったのは大人組が未成年をよそにアルコールを摂取し、多少箍が外れてしまい、憧れの人からのプレゼントを常に身に着けていれば、または選んでくれた香りを纏っていれば自信がつくのではと、言い出し、じゃあ憧れの人は誰か? それは稲穂だ、だったら稲穂ちゃんが買ってあげたらいい、とノリと勢いで言い出し、当の本人は突然のことで戸惑いながらもちょっとだけ嬉しく感じ、稲穂はといえば、かつての弟子のような存在の少女に贈り物をすることは全然嫌ではなく、ならば善は急げ、では、どこで買うという相談になった時に、みなが当初の目的を思い出し、じゃあコメ兵で探そうということに相成ったのであった。

 


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