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指輪物語 2

ネタバレ

指輪を買いに行く話のはずなのに、ものの見事に脱線しています。


 さて、話を始める前に前回の補足をしておきたい。

 桂の母、そして兄嫁が、何故、コメ兵で指輪を買うことへの反対を、苦言を呈したかのを説明しておきたい。

 名古屋はもとより、愛知県民、いや東海三県の人間ならばその名を知らぬ者はなしといっても全く過言ではないような広く名の知られた超有名店。

 名ばかりではなく、いくつものビルを所有し商いを展開、さらには東京や大阪にも何店もの支店を出している。

 そんな大きな店なのに、どうして苦言が飛び出たかというと、それはコメ兵がリユース、つまり質屋が原点であったからだった。

 現在では、質の品ばかりを扱っているわけではない、当然新品の商品も存在している。

 しかしながら、東海地方の人間にとってコメ兵といえばテレビCM。長年に渡って放送し続けてこられたコマーシャルの文言「いらんものは、コメヒョーに売ろう」によって、コメ兵=中古商品、というイメージが完全に刷り込まれていて、庶民の味方の良い店ではあるが、ハレの品を買うのはあまり相応しくないのでは、というのが二人の意見であった。

 これには稲穂も、自分で言いだしたことだけど、同意せざるを得なかった。

 かつて稲葉志郎として三重県津市で生まれ育った身、幼少の頃からよくCMを見ていた。

 しかし、桂は何処吹く風といった雰囲気で、一向に気にしていない様子であった。

 翌日名古屋へ、大須へ、コメ兵に赴くことに。

 朝早くに文尚の運転する車、三菱デリカ、で桑名を出発。当初は稲穂と桂二人で電車で行く予定だったのだが、急遽兄夫婦も参加することに。それによって車での移動に変更。

 デリカは下道を。

 お盆ではあるが、国道一号線はやや渋滞、伊勢大橋、木曽大橋を越えるのに、愛知県内に入るのに少々時間がかかってしまった。

 渋滞を回避するために、また時間的な観点から鑑みても高速道路を使用したほうが良かったのかもしれない。しかも、成瀬家の建っている場所から高速道路の入り口まではごく近く、さらにいうと大人四人なのだから金銭的な問題もない、なのにあえて下道を使用したのには理由が。

 それは、美人みとと途中で合流するためであった。

 高速を使用すると、一度降りることになるから、あえて最初から下道を選択。

 美人を拾い、一行は名古屋市街へと。

 駐車場に車を停め、五人は大須赤門の入口へと。

 コメ兵は一行のいる赤門から幾分離れた場所にあった。大須という大まかな地区で考えると、真逆の位置に存在していた。

 なのに、成瀬家+一人はこんな遠い場所にいる。

 そこには三つの理由が存在していた。

 まず始めに駐車場、文尚が車を停めた場所は穴場で一日停めておいても料金が変わらないという所であった。だが、そのお得な料金設定ゆえに朝早く行かないと空いていなというデメリットも。

 二つ目、それは麻実と合流するため。名古屋市内に実家のある麻実は二人よりも先に帰省しており、今回美人と一緒に遊びに行くのに予め同行する予定になっていた。矢場町で下車した麻実とは、赤門の入り口付近で待ち合わせするのが丁度良かった。

 そして三つ目、それはモーニングを食べるためであった。

 一行が目指す喫茶店は、名古屋が誇る偉人織田信長が、父である信秀の位牌に灰を投げつけたという有名なエピソードの舞台になった場所、といっても当時とは違う場所に建っているのだが、萬松寺の横にあった。

 コンパル、それが喫茶店の名前。名古屋の人ならば知らぬ者はいないというほど老舗有名店。

 そこでモーニングと、名物のエビフライサンドと小倉トーストをシェアしながら食べる予定であった。

 ちなみに、コンパルで食べたことあったのはこの中では名古屋出身の文尚の嫁だけであった。三重出身の三人は名前こそ知ってはいるが一度も訪れたことはなく、名古屋で生まれ育った麻実は幼い頃から病院暮らしで来たことがなかった。そして美人は最近、といっても数年経つが、引っ越してきたばかり。

 まだ人の往来の少ない新天地通り、アメ横ビルの横を歩く。

「……稲穂さん、かっこいいな」

 最後尾を歩いていた美人が、先を行く稲穂の後姿を見てポツリと呟く。

「かっこいいというよりも、今日のシロは可愛いよ」

 その声を聞き逃さなかった麻実がツッコミを。

 本日の稲穂の装いは麻実の言うように、いつもの動きやすい服装ではなく、ガーリーな、普段ならば絶対に好んで着ないような白のサマーワンピースにこれまた履かないミュールを。これは桂によってコーディネイトされたもの。本日の桂考案のコンセプトは取り替えっこ、稲穂がガーリーな装いに対して桂はこれまた普段着ないようなマニッシュな恰好を。ついでに記しておくと、麻実は昨夜稲穂が白系のワンピを着るという連絡を受けそれに敢えて合せるように黒のワンピと日傘で、尚文夫妻はペアルックのサマーニット、そして美人はポロシャツにチノパン、スニーカー。

「うん、可愛いと思う……けど、そういうのじゃなくて……」

 美人にとって稲穂は憧れの存在であった。今年の正月に急遽紙芝居の上演に飛び入り参加し、自分よりも遥かに上手い紙芝居を披露、それを目の当りにして尊敬すべき人物に。

 自分と同じような、それ以上に高い身長にも、ちょっとした親近感のようなものも感じていたし。

 そんな彼女が、自分が望んではいても絶対に着る勇気が出ないような可愛い服を見事に着こなしている。

 そして颯爽と、背筋を伸ばして歩く姿がさながらランウェイ上のモデルのように、美人の目にはすごくかっこよく映った。

「普段は凄くかっこいいけど、あんな可愛い服も堂々と着て歩けるんだから」

「シロはそんなにかっこよくはないわよ、結構残念なところもあるし」

「……そうなんですか?」

 小首を傾げ美人は訊く。残念な図が想像できなかったから。

「そうよ、今だって美人はかっこいいって言うけどさ。おーい、シロこっち来て―」

 麻実が先行している稲穂の背中に声を。

 その声に反応し、成瀬家四人が揃って反転し二人の元へと。

「どうしたの麻実さん?」

「シロ、ちょっとゴメンね」

 麻実はそう言いながら、近付いてきた稲穂のワンピースの裾をアーケド内なのですぼませている日傘の柄で捲り上げる。

 人通りがまだ少ないとはいえ公衆の面前でのスカート捲り、普通の若い女性ならば羞恥を覚え赤面しながら日傘を払いのけ捲れ上がった裾を必死に押さえ込もうとしたであろうが、稲穂は特に気にすることもなく平然としていた。そして一行で見た目だけならば唯一の男である文尚が従妹であり義理の妹である稲穂のあられもない姿に咄嗟に目を逸らすことなく、気にした素振りも見せなかった。

 これは稲穂が未だにパンツを見られることへの羞恥心を理解できないでいたというわけではなく、その辺の機微は長年のスカート生活でなんとなくだけど理解した、ワンピースの下が見られても恥ずかしくはないようなもの、つまりパンツ以外のものを身に着けていたからであった。そして、そのことは尚文も知っていた。

「……スパッツ?」

「違う違う。シロはね、桂にこの服を着せられて本当は恥ずかしいから、穿き慣れた自転車用のパンツを身に着けることによって恥ずかしさを帳消しにしているのよ。でも、その下は何も履いていないからそっちのほうが恥ずかしいと思うけどね」

 本音をとしては拒みたかったが、桂の要求にも応えたい、一晩考えて稲穂が出した折衷案がワンピースの下にレーパンを穿くこと。これは三重でもロードバイクに乗る機会がもしかしたらあるかもしれないと思い持参したもので、穿き慣れていないヒラヒラとしたワンピースでは恥ずかしさと心許なさのようなものを覚え、ほぼ毎日のように着用しているレーパンを穿くことで上手くいけば羞恥が誤魔化せると思ったからであり、その判断は間違いではなく、可愛い服を着ていても全然何とも思わなくなった。

 そしてそのことを車の中で、桂は麻実に集合時間が変更になったことと同時に伝え、それによって尚文も知ることになったのである。稲穂のレーパン姿は何度か目撃している。だから、コチラも全然気にしなかったのだ。

 しかしながら、麻実の奇功には皆少々驚き、

「どうしたの麻実ちゃん?」

 成瀬家を代表して桂が質問を、行為に至った理由を訊ねた。

「うんとね、美人が自分に全然自信がなくて、シロのことがかっこいいって言うから、そんなんじゃなくて結構残念な、欠点もある人間だよって説明したの」

 しかし、麻実のこの言葉を理解できるものは成瀬家にはいなかった。

 当事者である美人も、自分についての説明であるにもかかわらず麻実の言葉の半分も分からなかった。

 

 まだ商店街の店の大半が開店前とはいえ、路上の真ん中で大人六人、正確には三人がまだ二十歳前なのだが、がいつまでも立ち話をしているのはどうかということで、目当ての喫茶店へと移動。

 そこでモーニングセットと小倉トースト、そしてエビフライサンドを食しながら、ゆっくりと話を聞くことに。

 拙い言葉であったが、自分の言葉で説明をする麻実と、それを時折フォローしながら、時には脱線する麻実。

 二人の話を一切茶化すことなく聞き、ようやく合点がいった成瀬家の面々。

 そんな中で、兄嫁が、

「じゃあまた私がメイクしてあげようか? そしたらあの時みたいにできるようになるかも」

 美人と文尚嫁は初対面ではなかった、それどころか何度か顔を合わせていた、まあ親しい関係であった。美人が台詞一言だけの初舞台をふんだ演劇、そこに助っ人として参加しており、不慣れな美人にメイクを施したのが最初の出会いであった。そしてそれだけではなくその後に立った舞台でも、役について悩んでいる美人にアドバイスしたり、また本番前には上手くいかなくて落ち込んでいた美人にメイクをして力づけてくれてりと、なにかと親身になってくれていた。

「それで変われるのかな?」

「変われる変われる、女は化粧で化けるのよ、顔だけじゃなくて心もね」

「そうそう」

 自身の経験を思い出し、ちょっとだけ甘酸っぱいような気持ちを思い出しながら桂が同意する。

「あたしもそうかも。桂のメイクの仕方を教えてもらって元気になったし」

 と、麻実も賛同。

 桂との二人での生活の時、また病み上がりの体調を崩しやすい身体になっていた時分、麻実は桂からメイクを少しずつ教わり、顔色を良くすることによってある種自己暗示のようなのをかけ、微々たるものだが日々健康になっていった。

「……そうかな」

 この美人の言葉で、メイク講座が急遽開催される運びとなった。

 普通ならばその場の勢いで開始されてもおかしくはないのだが、現在いる場所は飲食をするところ、他のお客さんもいるような店内で流石にできないという自重が働き、今後の予定変更についての話し合いが始まった。


次回は年明け、松の内中には投稿したいと思います。

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