指輪物語
ちょっと修正をしました。
サブタイトルの『指輪物語』という文字を見て、LOTRことロードオブザリングを想起する人もいることだろう。だが、今回の物語は指輪を捨てに行く話ではなく、指輪を買いくに行く話。
事の始まりは盛夏の頃。
稲穂が、桂にプロポーズをし、それを承諾してもらった後のこと。
互いの意思で、法律上では現在のところ不可能だけど、結婚を決めた二人であったが、それで事が済んだ、万事めでたしめでたし、世はなべてこともなし、というわけにはいかなかった。
すべきことが。大人として。
それは結婚の挨拶。
もちろん役所に書類を提出するような本格的なものではない、というか提出できないが、それでもお世話になった人々に一言でも報告をしておかないと、さすがに不義理に、後に敷居が高くなってしまう。
同性同士、中身は違うのだが、の結婚報告に少し驚きはされたが、二人の仲は周知の事実であったので受け入れられ、そして祝福された。
しかし、最後の最後に難関が。というよりも、その大きな壁を二人は後回しにしてしまっていた。
桂の実家への報告。
モゲタンの能力、ナノマシンを使用し、成瀬家の人々に偽の情報を付与し、結婚を認めてもらうという方法もあったのだが、稲穂と桂双方とも、その方法は最後の手段、なるべく二人で説得し、認めてもらい、祝福してもらいたいという想いが。
お盆に桂の実家がある、成瀬家が住んでいる三重へ、桑名へと。
覚悟を決めて。
不退転の決意で説得する、認めてもらうつもりであった。
だが、この二人の覚悟はちょっと変な具合に空振りを。
というのも、成瀬家の人々は二人の関係がただならぬもの、なにか怪しいとずっとにらんでいたからだった。
去年の最初の帰省、成瀬稲穂としてだが、その時仲が良いのはいいけど、ちょっと仲良すぎるのではという危惧、というのは変だか、そんな感想を成瀬家全員が懐いていた。
そして正月二度目の帰省、GWの三度目、で、その思いは深くなり、より一層強くなり、今回の帰省で出迎えた玄関先での二人の姿、実家に帰省というのに共にスーツ姿で並んでいるのを見、これは絶対に何かある、もしかしてという確信のようなものが成瀬家全員の胸を去来し、そして二人の告白、報告を聞き、やはりと自分達が懐いていたあれは間違いではなかったと悟った。
二人の結婚はすんなりと認められた、祝福された、かというと、そうでもなかった。
というのも、何度も書くが同性同士の結婚は法的には認められていない。互いに想いあっている、将来を共に歩むと誓いあっていることには理解をしめすが、結婚という宣言をしなくとも、これまで通りの生活でいいのでは、まだ若い、とくに稲穂はまだ成人前、設定上、だからじっくり、もう少し時間を置いて結論を出したほうが良いのでは、というのが桂の両親の意見であった。
その意見は分かる、けどケジメを着けたかった、ずっと待たせていてから。桂が三十路になる前に。
だからこそ、今結婚という選択肢になったと説明。
でも、その真意、真相のようなものは流石に詳しく説明できない、稲穂の正体を話すわけにはいかない。
基本的な部分では合意しているのに微妙にかみ合わない変な展開に。
険悪ではないが、ちょっと変な空気のままで平行線に。
そんな流れがずっと続くかと思われた矢先、それまで家族会議には出席していたものの特に口を挟むことなく静観していた人物、この一年で成瀬家に入った者、紙芝居のお兄さんの知り合いで、文尚のお嫁さんが意見を。
「お義父さんも、お義母さんも、もしかしたら桂ちゃんが若い稲穂ちゃんを誑かして、プロポーズさせたんじゃと思われているみたいですけど、二人の様子を、とくに稲穂ちゃんを見ているとそんなことはないんじゃ。二人はちゃんと考えて、この結論を出したんですよ、信じて上げましょうよ、そして見守ってあげましょう。もし、仮に上手くいかなかったとしても、若いんだから何とかなりますよ。それに法的には何もないんですから私みたいにバツがつくということもないんだし」
と、こんな具合に助け舟を。
それに新米の夫文尚も、伴侶の意見に賛同。二人の応援に。
この、ちょっとだけ頼もしい援軍のおかげで、桂の父母も、それもそうかもとようやく納得してくれ、これにて結婚の報告は無事終了。
認められたら、今度は祝福のための宴を。
女性陣の内、三人がキッチンへと。
現在成瀬家には外見上では四人の女性が。なのに、前行で三人と表記したのは、桂はキッチンに立たなかったからであった。
これは桂の料理の腕が悪いから……というわけではなかった。
昔は料理なんかほとんど作ることができなかった。だが、美月がいなくなり、そして稲穂が現れるまで、麻実との料理ができない者同士での共同生活の中で調理に挑戦したが、さほど腕前は向上せず、貧しい食生活を、コンビニ弁当とスーパーのお惣菜のローテンション、送っていたのだが、再び三人での生活に戻ると、稲穂に料理の指導を受け、成瀬家のレシピノートを見、挑戦し、時には失敗し、そして桂は今では一人でそれなりに料理をすることができるようになっていた。
なのに、そんな桂が何故除外されたかというと、それはキッチンスペースの問題。それなりの広さがあっても大人の女性四人ではかなり手狭に。
本来は帰省する二人のために買い揃えていた食材が、結婚祝いのご馳走へと。
成瀬家の夕食、宴の話題はもちろん二人について。といっても、主に話しているのは稲穂を除く女性陣。
女三人で姦しい。
年齢の違い、立場も、嫁姑小姑なのだが、世間一般のような諍いは特になく、兄嫁は馬が合ったのか関係性は非常に良好。
「それで式はするの?」
「うーん、それはどうしようかって、いな……ほちゃんと考え中」
危うく稲葉と言いそうになり、慌てて取り繕う。
「東京の式場は同性同士の結婚式もできるの?」
「さー?」
「さー、って?」
「式場で挙げるということは考えていないけど、とりあえず何処かで写真だけは絶対に撮ろうって話はしてる」
「写真ね……二人ともウェディングドレスを着るの?」
もう若くない娘を見ながら母の言葉。
「稲穂ちゃんはどっちかというとタキシードのほうが似合うんじゃ」
それを逸らすような兄嫁の声。
「私もそう思うけど、でも稲穂ちゃんのウェディングドレス姿もちょっと見てみたいかも」
「そんなことしたら、アンタの酷さが際立つわよ、稲穂ちゃんみたいな若くてスタイルの良い子と同じような恰好なんて」
「お母さんはひどーい。確かに稲穂ちゃんと並んだら見劣りするかも知れないけどさ、これでもダイエット頑張って、肉体維持にも努めているんだから、昔よりも服のサイズの小さくなったんだから」
「ふーん、そうかな」
「そうなの、ほら」
来た時には纏っていたスーツはとうの昔に脱ぎ捨て、ラフな格好、シャツの裾を捲り、ここで生活していた頃よりも少しは細くなったお腹、まだまだ指でつまめるけど、を見せる。
「確かに高校時代はよりは細くなってるわね」
「でしょ。これも稲穂ちゃんのおかげなんだから」
「桂、アンタ勉強と仕事に忙しい稲穂ちゃんに家事までさせてるの?」
「違うよ、普段は私がちゃんと作ってるから。でも、色々と料理を教えてもらっているの」
「どっちが年上なんだか」
「それで、指輪はどうするの?」
「こういう形での結婚だから婚約指輪とかはないけど、指輪は絶対に買おうって、一緒の指輪しようって約束してるの、ねえ、稲穂ちゃん」
ここまで三人の会話に加わらず、桂の父と、そして文尚を相手に現在自社で開発中の新素材のプレゼンをしていた稲穂が、急に話をフラれて、
「うん、でも私はどっちでもいいけど桂さんがどうしても一緒の指輪を左手の薬指にしたいっていうから。それからセンスがないから桂さんに決めてもらおうかと」
以前は、伊庭美月であった頃は僕という一人称を使用していたが、成人に近い姿になり、そしてビジネスの観点からも鑑みて稲穂は、私、を人前ではできるだけ、意図時に使うように心がけていた。
そして、指輪をすること事体は吝かではないが、選ぶという観点では自身にその手のセンスがないこともしっかりと自覚していた。だからこそ、桂に丸投げを、これは表現が悪いか、全権を委ねようと。少々高額になっても構わない、交際を開始した最初期は幾度かアクセサリー類を無理してプレゼントしたこともあったが、それも何時しか金欠とセンスの無さでしなくなってしまった、桂も志郎の事情を知っているのでねだるということはしなかった、だけど今は余裕がある。金額が全てではないけど、その埋め合わせのよう気持ちが。
とは思った稲穂であったが前言を翻す。決定権は桂にあるが、コチラの意見を何も出さないというのは少々無責任かもしれない、と。
そこで、
「ああそうだ、明日名古屋に行くから、だったらコメ兵でも覗いてみる?」
と、提案。
明日は久し振りに美人と会う、そして麻実と合流し遊ぶ約束になっていた。
「それは駄目よ」
「コメ兵はいいお店だけど、結婚指輪を買うのは駄目よ、稲穂ちゃん」
桂以外の女性陣から突如のダメ出しの声が稲穂に向かって飛んだ。
そんな二人をよそに、当の桂は、
「別に私はどこでもいいけどな、稲穂ちゃんが買ってくれるんだから」
と、さも気にしていないような口調で。
「まさか、稲穂ちゃんに金銭面でおんぶに抱っこなんじゃ」
少々咎めるような口調で桂の母が。
「そんなことしないよ、稲穂ちゃんの分は私が買うの。こう見えても、私も一応共同経営者だから、教師やってた頃よりも余裕があるから。私が稲穂ちゃんのを買うの、ね」
途中までは母親を向き、そして最後の言葉と同時に稲穂のほうを見、桂は幸せそうな笑顔を振りまいた。
指輪を買いに行く話ですが、買いに行けませんでした。
まだこの話は続きます。
一つフォローを。コメ兵は良いお店ですよ。作者も昔、限定モデルのクロノグラフを買いました




