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ロードバイク

31万PV達成御礼

31は、美月にとっても作者にとっても特別な数字ゆえに。



 さて、自転車、ロードバイクの話である。

 稲葉志郎こと、伊庭美月こと、成瀬稲穂は、高認資格を取得し、この春無事大学への入学を果たした。

 新たに立ち上げた少々イリーガルな事業の合間に、真剣に試験勉強をし、念願の志望校、志望学科に合格。

 桂はもちろんのこと、学校は違うがこれまた大学進学を果たした麻実、新たに知り合った仲間のような連中も、我がことのように喜んでくれた、祝福してくれた。

 だが、良い事ばかりが、全てが順風満帆というわけではなかった。

 ほんの少しだけ困った事態が。

 それは大学、キャンパスが、現在住んでいる場所から距離があること。

 それでも各種交通機関を乗り継げば、まだ通える範囲内ではある。けど、それに伴う通学時間は行き帰りを合わせる二時間を超えることに。

 全盛期に比べれば、さすがに格段に力が落ちた稲穂ではあったが、それでも常人を遥かの超えるような能力を有している。交通機関を利用せずに、人間離れした運動能力を駆使すれば通学時間をかなり短縮することは可能だし、もっといえば格段と力が減退したとはいえ空間移動の能力を使用すれば、ほんの数秒というのは大袈裟だが、それでもものの数分、これもまだ大げさかもしれないが、十数分で済む。

 しかし、それは危険な行為である。

 大勢の人間が行きかうような施設に、毎日のように空間移動を使用し通うということは、そこから稲穂の能力が世間に露呈してしまう可能性を孕んでいる。いくら注意を重ねたとしても、思わぬところから、秘密がバレてしまうかもしれない。

 ならば、素直に時間がかかったとしても正攻法で行くのが良い選択であるのは稲穂も頭の片隅では理解してはいたのだが、何もしないでいる時間が勿体ないと考えてしまう。

 どうしたものかと考え、桂とも相談し、モゲタンの助言を乞い、時には麻実との雑談をしていた稲穂の脳裏に、ある名案が。

 自転車で通うのはどうだろうか?

 何かの本で読んだ記憶があったのだが、とある自転車好きの有力政治家は大学時代、公共交通機関を利用して大学や図書館に通うよりも、自転車を利用した方が都内の移動は楽で、かつ時間の短縮にもなると。

 そこでロードバイクと選択肢が浮かび上がってる。

 かつて、稲葉志郎であった頃は金銭的な理由で乗れず、伊庭美月であった頃は身長の問題でこれまた乗ることは叶わなかった。だが、成瀬稲穂ならば、どちらの問題点もクリアしている。

 憧れを叶え、そして実益も得ることができ、細かいかもしれないが交通費を浮かすことも。

 一挙両得でなく、三得である。

 入学を前に、稲穂は早速ロードバイクを購入した。

 購入したのは、とあるメーカーのエントリーモデルのアルミフレーム。

 憧れもある、ある程度の知識もある、助言をくれる人にも恵まれている、経済的にも問題はない、なのに稲穂が安い、グレードの低いロードバイクを購入したのには複数の理由が。

 思い描いていた理想と現実にズレが生じることはよくあることである。高いロードバイクを購入しても、すぐに何か違う、飽きてしまうという可能性も無きにしも非ず。だから、いきなり高い、性能の良いフラグシップモデルを購入するというのは踏ん切りがつかなく、二の足を踏んでしまい、それに加えて長年の貧乏暮らしで高価な物を購入することに躊躇が。

 次に盗難の心配が。通学に使用するのだから、大勢の人が行きかうような場所に長時間置いておくことになる。盗難対策は厳重にするつもりであるが、それでも心配であり、高価なものを選択するということが躊躇われてしまう。

 そして三つ目は時間である。ロードバイクというものは、選んで買ってすぐに乗れるというわけではない。商品が届くまでに時間を有するし、店に届いてからも諸々の調整と手間がかかる。だが、稲穂は明日すぐにとまではいかないが、それでも通学に使用するので、できるだけ早いに越したことはなかった。そのため、プロショップではなく、量販店でセールされていて、なおかつサイズの合うものを。

 こうして稲穂はアルミフレームでコンポはクラリスのロードバイクに乗ることに。

 乗った感想は、楽しかった。もしかしたらという杞憂がいっぺんに吹き飛んでしまうくらいに。

 登下校はもちろん、仕事の移動にも使用した。

 そして一月(ひとつき)もしないうちに、ヘルメットはもちろんのこと、サイクルウェアを上下で数点購入。

 世間では、あんな薄い、安全性のかけらもないようなウェアを着て自転車に乗るのは馬鹿げているという、単なるコスプレというような眼で見られているが、実際に着てみて速度を出して走ってみるとその実用性をまさに肌で感じ、そして下着を着けずに直に穿くレーシングパンツは実に理にかなった有用なものであるということを稲穂は体感し、理解した。

 だが、その楽しさもいつまでも続かなかった。

 しかし、これは飽きたというわけではなかった。

 むしろ期待以上の爽快感、疾走感を味わっていた。

 なのに、稲穂の中に少しずつ不満のようなものが、物足りなさが。

 それはコンポがクラリスでリアのギアが八速しかないことではなく、重たくて回転がやや渋くて高速域になると少々ぶれるホイールでもなく、売れ残りということもあり地味なカラーだからというわけでもなく、アルミというフレーム事体であった。

 成人女性はもとより、男性よりも、スポーツ選手よりも高い運動能力と力を有している稲穂にとって6061系のアルミでは柔らかすぎたのだ。

 加減してペダルを回すのであればまあ問題はないのだが、少々力を入れて踏んだ段になると、その力が逃げていくような、ふにゃっとした感覚が。

 つまり、稲穂の力にフレームが負けていた。

 これが他のパーツの問題点ならば、それを交換すれいい。だけど、フレーム事体の問題となるとそうもいかない。

 というわけで、稲穂はニューモデルが発表される頃、次のロードバイク、前回よりも高剛性な物を買おうと画策していた。


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