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EX

30万アクセス突破御礼

その後の話。


 2014年某日。

 都内のとあるホテルの最上階スィートルーム。

 そこに成瀬桂と成瀬稲穂はいた。 

 二人は仲睦まじくシーツに包まり、生まれたままの姿でじゃれ合っていた。

 が、その身になに一つ着けていないというわけではなかった。二人共に左手の薬指に小さく光るものが。

 これは結婚指輪であった。

 中身はともかく、見た目の性別は互いに女性。現在の日本の法律上では同性同士の婚姻は認められていない。それでもなおこれからの人生を共に歩んでいくことを決意し、そしてその(あかし)として指輪を。

 この指輪を購入するに至るまでに、ちょっとした事件が起きたのだが、ここではその詳細は長くなるので割愛することに。

 指輪の裏側には、互いのイニシャルを刻印し、といっても桂のには稲穂のイニシャルではなく稲葉志郎のS.Ⅰを。

 見た目も性別も、そして名前すら変わってしまったけど、生涯で初めて愛し、そしてこれからも愛し続ける人の名を。

 それが本日出来上がり、モゲタンの力を使用し、傷付きにくいように表面をコーティング、さらには万が一の紛失に備えてGPS機能まで付加。

 その指輪を、受取の日に合わせてあらかじめ予約しておいたホテルで。

 これは本当ならば、式を挙げ、和にしろ洋にしろ、神様の前で、そして祝福してくれる人たちの前で誓い、指輪の交換をしたいと桂は密かに想っていたのだが、両親と兄、そして義姉には認めてもらったのだが、同性同士で式を挙げるのは何かとハードルが高く、それでも可能ではあったのだが、稲穂が忙しくて時間がなかったこともあり、今回は行わずに、後日忙しさが一段落ついたところで身内と仲の良い友人達を集めて二人でウェディングドレスを身に纏い小さなパーティーを催そうと桂は密かに画策していた。

 とりあえず二人だけで簡素なお祝いを、といっても正確にはモゲタンがいるのだが。

 互いの指にはめ合い、それから永遠の愛を誓いあい、そして愛し合った。

 初夜である。

 厳密にいえば、結婚という制度に則ってはいないので初夜という言葉が妥当かどうかという疑問はあるのだが、そこはそれ、桂がそれに憧れ、望み、そして稲穂はそのシチュエーションを受け入れるだけの度量も、また演技力も備えていたので、受け入れる。

 男女のセックスは、男が出してしまえば区切りはつくが、女同士のセックスには際限がない。

それでも物事全てが永遠に続くということはなく、身も心も互いに満たされたところで一旦休止を。


 高価で大きなベッドの上には桂一人であった。

 稲穂は、先程までの情事で消耗した水分を補充すべく、しばしベッドを離れ桂の好きな紅茶の準備を。

 広いシーツの海の中で桂は多幸感が醸し出した余韻に浸っていた。

 これは情事によるものもあるが、それ以上に桂を幸福な気分にさせているものは左手薬指で光るもの。

 一緒になった物理的な証。

 うっとりするように、そして幸せな気分で眺める。

 形だけとはいえ、本当に結婚できたんだ。

 幼い頃に夢見たようなことが、人生の大半で諦めていたことが、本当に叶ったんだ。

 自分のために甲斐甲斐しく世話をしてくれている最愛の人の後姿を見て、さらに幸福な気分に。

 だが、その気持ちは長く継続しなかった。

 同性の目からも、うっとりと見惚れてしまいそうな、そして少々嫉妬してしまいそうな稲穂の端正で、綺麗なラインの瑞々しい裸体を見た瞬間、桂の中の幸福感は即座に反転。

 これは桂が、自身の余分な肉がついている身体と見比べ嫉妬した、というわけではなかった。

 こんなにも綺麗なものを一人独占して、指輪という小さなもので束縛してもいいのだろうか。

 いやそれよりも、もしかしたらこの先飽きられて捨てられてしまうのでは。

 そんなことをする人ではないことは長い付き合いでよく分かっている。

 けれど、この先もっと若くて、良い人が彼の前に現れ、そちらへと靡てしまうかもしれない、最愛の人を盗られてしまうかもしれない。

 そんな考えが生じる。

 突如として桂の中で生まれた猜疑心のようなものは瞬く間に肥大化していく。

 満たされた穏やかだった心の中の水面は、不安という嵐によって、激しく波立たせ荒れ狂っていく。

 幸福の絶頂から一気に不幸な気分へと。

 桂がこんな気持ちに襲われたのは、いわばマリッジブルーのようなものであった。

 幸せゆえの、未来への不安。

 だが、当人にはそれは分からずに、心の中の嵐はどんどんと大きくなっていく。

「桂、どうしたんだ?」

 様子がおかしなことに気付き、稲穂は紅茶を乗せたお盆をそのままに進行速度を上げ、ベッド脇に腰を下ろす。

 そしてお盆を置き、不安で小刻みに震えている桂に声を。

 そんな稲穂に桂は、

「……私と結婚して本当に良かったの?」

 広がり続け、未だ治まる気配が一切ない不安を口に。

 こんなこと言うことは、問う必要はない。己の、自分の胸に留めておく、そうすればいつか消えてなくなるはず。そんなことを桂は頭の片隅では思っていた。だが、一度出た言葉は、声は堰を切るかのごとく次々と外へと。

「本当に私でいいの? だって、私は稲穂ちゃんよりも年上だよ、先におばさんになっちゃう、そうなったらもっと若い子が良いというんじゃ。そうだ、私なんかよりも、麻実ちゃんのほうが歳はお似合いだし、それに私と違って麻実ちゃんはスタイルもいいから。麻実ちゃん以外にも他に年下の子達もいるし、それにお芝居の件で話があう美人(みと)ちゃんだっているじゃない」

「ちょっと桂?」

 様子がおかしい、情緒が不安定なのは一目瞭然だった。

 稲穂は心配で口を挟むが、桂の言葉は止まらない。

「そうよ、女の子になってもう長いんだから、もしかしたら男の人と付き合った方が稲葉くんは幸せになれるんじゃ。紙芝居のお兄さんはまだ独身だし、年上の男の人が嫌なら、年下の男の子という選択肢もあるし、こんなアラサーの私なんかよりもそっちのほうがずっと良いよ。うん、そっちの方が自然だよ。やっぱり女と女じゃ不自然だし、社会から変な目で見られるよ。どうせ形だけの結婚なんだから……」

 かつての呼び方で言いながら、桂はさらに言葉を出し続け、そして自身の不安をより強くしていく。

 別れる。

 その言葉が桂の口から出そうになった瞬間、稲穂は桂を優しく抱きしめた。

 温かさが、温もりが肌を通して伝わる。

 氷のように固くなっていた心を溶かしていく、さっきまで巣食っていた不安が消えていく。

 だが、全ての不安が桂の中から消え去ったわけではなかった。

「……この先ずっと私と一緒にいても幸せといえる?」

 まだ残る、内にこびりついている不安を桂は口に。

「うーん、分からないな」

 稲穂の口から出た言葉は桂が望むようなものではなかった。

 溶けて消えかけていきそうな不安が、また桂の中で大きくなりそうに。

 そんな桂の耳に、

「先のことは絶対とは言えないからな。普通の人とはちょっと違う身体だけど、完璧な人間じゃないから俺は。でもさ、桂と一緒にいたいと今思っているのは紛れもない事実だ。貧乏で売れない時代も一緒にいてくれたし、あんな目にあっても離れなかったし、それに俺のことを待って、そして探しに来てくれた。……そんな桂を幸せにしたいのは嘘じゃないよ」

 稲穂の言葉を聞き桂、改めて、この人と一緒にずっと歩んでいきたい、と思った。

そして、この先ずっと穏やかな晴れのような日々ばかりじゃない、時にはつまらないことで喧嘩したり、また嵐のようなことがおきるかもしれないけど、その都度仲直りをして共に人生を謳歌したい。

 不安が完全に消える。

 桂の心は満たされたかのように平穏に。

「……ごめんね、変なこと言って」

「いや、別にいいよ。……桂……」

 稲穂が真剣な表情に。

 それにつられるように桂も、

「……何?」

 固唾を呑みながら訊き返す。

「桂こそ、俺と一緒になって良かったのか?」

「へ、どうして?」

 捨てられてしまう可能性はあっても、自分から別れることはない。

 生涯で好きになるのは、この人だけ。ずっと一緒に暮らし、それこそ苦楽を共にしてきた。身も心も彼に染められてしまった。他の男という選択肢は桂の中にはなかった。

 なのに、反対に問われ桂は訊き返す。

「いや、だって……桂は子供欲しいんだろ。……俺と一緒だったら、子供はできないから……」

 たしかにかつて、桂は子供を望む発言をした。

 そのことを稲穂は憶えていた。

「……それは……」

「欲しいんだろ?」

「違うの……違うわけじゃないけど、欲しいと思ったのは本当だけど……」

「だったらさ、俺の方が捨てられるんじゃないかなって」

「私が欲しいのは、貴方の子供、赤ちゃんなの……他の人のDNAなんか欲しくないの……稲葉くんの子供が欲しかったの」

「……ごめん」

「……いいの……こうして一緒にいられだけで幸せだから……」

「……桂……」

「あんなことを経験して、それで一緒にいられるだけでも十分幸せなのに、これ以上望んだら(ばち)が当たっちゃうよね」

「……ありがと」

「……うん」

 裸のままで二人は強く抱き合った。

 身体だけではなく、心強く繋がっているように感じられた。

 そんな良い雰囲気の中で、かつてはクロノグラフで、現在は稲穂の両耳のピアスになっている、情事の間は空気をよみずっと沈黙していたモゲタンが稲穂の脳内に話しかける。

〈ああ、そのことだが報告が遅れた。キミと桂の間に子供を作ることは可能だ〉

「はあああああああああああ?」

 稲穂の声がスィートルームに木霊した。

「どうしたの?」

「……いや、モゲタンがさ、俺達の間で子供を作ることが可能だって……そりゃ桂との間に子供ができるのは嬉しいけど」

 桂だけではなく、稲穂、稲葉志郎も将来的には子供が欲しいという願望があった。

「どうやって?」

 この会話の間に、モゲタンは稲穂の脳内で説明を。

 説明を聞きながら、それを桂に伝えようとする稲穂であったが、嬉しさで言語野が低下してしまってなかなかそれを行えない。

「えっと……口で説明するよりも見せたほうが早い。できるかモゲタン?」

〈ああ、可能だ〉

 稲穂の身体の一部が大きく変化する。

「え?」

 強く抱き合ったままの姿勢だったのが、肌の全てが密着していたわけではない。

 腹部の辺りには空間が、そこに突如硬くて温かいものが当たる。

 違和感を覚えて、桂はそこを凝視。

「ええー」

 今度は桂の驚きの声が響き渡った。


8月1日20時23分、229話で完結した当作品ですが、ちょっとした続きを書いてみました。

アクセスが切の良い数字に到達したり、ポイントが1000を突破したら、またなにかしらのサブエピソードを書いてみたいと思います。

ありがとうございました。

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[一言] だいぶえっちぃっすね(大丈夫なのか?)
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