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Make a wish


 美月とモゲタンは、月と地球の間を力なく漂っていた。

 あれは自爆覚悟の攻撃ではなかった。だからこそ、今こうして、かろうじてだがまだ美月の肉体は存在していた。

 美月の手から離れた核融合の炉、コアがモゲタンの操作によって暴走し、爆発するまでのコンマ数秒の間に、美月とモゲタンは残っている、欠損した部分を復元せずに蓄えておいた、力を使用して円盤状の盾を幾重にも自分の身体を覆うように展開し、そして爆発から逃れるために空間を幾度も跳躍。

 ガーディアンの群れによって敗北、拘束された位置付近にまで空間を跳躍し続けた美月は、そこでまだ残っている背中のロケットを点火。

 だが、ここまでだった。

 核融合の爆発は美月達を呑み込む。

 爆発に巻き込まれながら美月の傷付いた小さな身体は、大きな亀裂、縦の割れ目、クレヴァスから噴出された。

 だが、美月にはもう力は残されていなかった。

 宙を漂い、流れに身を任せながら美月はモゲタンに、

「なあ、あれで破壊できたと思うか?」

 と、問う。

 予想以上の爆発が起きた。

 しかし、破壊しようとしたものは、その全容が分からない程巨大で、強大なもの。あの程度の爆発ではさして影響がなかったのではという疑念のようなものが美月の中に。

〈キミの想像通り、おそらく完全に破壊はできていないだろう〉

「……そうか」

〈ああ〉

「なあ、俺のしたことって無駄だったのかな」

 勢い込んで乗り込んだにもかかわらず、目的を果たすことができなかった、失敗に終わってしまった。

 これならばもっと良い作戦を立て、慎重に行動していれば、こんな残念な結果にならなかったのに。後悔のようなものが。

〈無駄ではない、時を稼いだ〉

「…………」

〈完全な破壊は、ワタシ達の目的は、達成することはできなかった。だが、あの爆発によって卵子のようなものの核に相当のダメージを与えたことは間違いない。それによって猶予の時間を得たはずだ。何も行動せずに他のデーモンを受精していたら、百年、二百年で誕生していた可能性だってある。核ですら、その大きさが分からないような存在だ、月を破壊して生まれるものはかなり大きいだろう、となると地球を破壊してしまう。とりあえずはキミの行動によってそれを防ぐことができた。決して無駄な行動ではない〉

「……そうか」

〈ああ、胸を張れ。キミは未来を守る可能性を残すことができた〉

「張るような胸はもうないけどな」

 美月はポツリと呟く。

 胸を張るだけの力がないということもあるが、それは物理的に不可能だった。

 今美月の身体で現存しているのは、頭部とそれを守るヘルメット、モゲタンがついたクロノグラフが巻かれている左腕、そしてこの二つを繋ぐ僅かの胴体部分、厳密に言うと小さく隆起した左胸と肋骨、そして骨盤の一部、しかなかった。

 力なく漂い、回転している美月の目に月が、そして地球が映った。

「……一応、守ったんだよな」

 黒の世界に輝く青い惑星を見て、美月は言う。

 胸を張って言えるような成果ではなかったが、美月の内は少し晴れやかな気分に。

〈ああ、後のことは未来の人類、もしくは新しい種族に託そう〉

「……そうだな」

〈では、凱旋するとするか〉

「帰れるのか?」

〈帰れる。現在ワタシ達の身体は地球に向かって流れている〉

 この言葉を聞き、美月はしばし考え、

「着きそうになったら起こしてくれ……長い旅になるだろ、どうせ……疲れて、すごく眠たくなったからさ」

〈ああ、了解だ。地球に近付いたら必ず起こそう。それまではゆっくりと休むといい〉

「頼む」

 そう言うと、美月は地球を眺めながら深い眠りについた。


 眠りから覚めると、あんなに遠かった地球はもう目の前にまで迫っていた。

 低軌道と呼ばれる高度付近にまで流されてきた。

〈申し訳ないな、こんなことになって〉

 目覚めたばかりの美月にモゲタンは謝罪の言葉を。

「……いきなりどうした?」

〈ワタシという存在がいたばかりに、キミにこんな目にあわせてしまった〉

「……いや、お前と逢ったからこそ、違う姿になったとはいえ桂と一緒に時間を過ごすことができた。(あき)葉原(ばはら)で死なずに、お前のおかげで生きていられた、まあ予想外の延長戦のようなのを貰ったようなものだ。……楽しかったよ」

 事実、伊庭美月の姿になってからの桂との暮らしは、愛し合ったり、時には喧嘩したりもしたが、幸せな日々であった。

〈そう言ってもらえると助かる。ところで、キミは何処に落ちたい?〉

 この問い、美月は少し驚き、そして、

「流されているだけだろ、落ちる場所を選ぶことなんかできるのか?」

 と、反対に質問を。

〈キミが休んでいる間に、ほんの少しだがワタシの力も回復した。といっても、少し軌道を変化させるくらいしかできないが〉

 ならば、と美月は考える。

 真っ先に浮かんだのは、桂の元に帰ること。あの豊かな胸の中に飛び込みたい。

 だが、それは叶わぬ願いであるということを美月は理解している。桂の記憶は消した、改竄した。そんな中に姿を見せて、抱擁を願い出ても不審者扱いされてしまう。いや、それよりも、モゲタンの口調から察するにそんなピンポイントの位置を指定するのは無理であろう。よしんば、可能であったとしてもこの壊れ、朽ちかけている身体では大気圏突入の衝撃に耐えられないであろう。

 何処でもいい、そう答えかけた美月の中にあることが浮かんでくる。

「夜に、日本の、東京の上空を流れることはできるか?」

〈可能だ〉

「じゃあ、それで頼む」

〈了解だ〉

「後は……桂にメッセージを送るのは無理だとしても、麻実さんに連絡を取ることも……駄目だな、携帯ないもんな」

〈たしかに携帯電話はない。だが、もしかしたらだが桂にキミの言葉を届けることはできるかもしれないぞ〉

「……どういうことだ?」

〈桂の脳内には、ワタシが付与したナノマシンがまだ存在している。それがうまく機能してくれれば、キミのメッセージを送り届けることができるかもしれない〉

「事情が分からず、脳内に変な声か。……気味悪がられないかな」

〈なら、止めておくか〉

「……いや、送ってくれ」

 東京上空を通過する時間、そして幸せになるための願い事をするといい、というメッセージ、伝言を送る。

「届くかな、桂に伝わるかな?」

〈分からない。……いや、届くはず、絶対に伝わるはずだ〉

「……そうだと嬉しいな。これ位しか桂が幸せになる手助けができないからな」


 美月の身体が重力に引かれ始める。大気圏に突入する。

 衝撃で身体が千々に砕ける。


 夜の東京上空に、幾筋もの光が流れた。


これで伊庭美月の物語はお終いですが、最終話ではありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  連載、お疲れ様です。  一年ほど前から、連載を追わせていただきました。  最後の一文が、“幾筋かの光”ではなく“幾筋もの光”なので、終章で少し希望が持てそうです。 [一言]  都市伝説…
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