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戦力の差は歴然であった。
あのような手段を用いなくとも、美月は最後のデーモンを倒すことが可能であった。にもかかわらず、高高度から月へと諸共突っ込むという荒っぽい、過剰な、強引ともいえるような手段を用いたのは、ズィアを自らの意思で倒し、その後何人ものデーモンを自らの意思で屠ったものの、呵責に耐え切れなくなり精神が摩耗し、心が壊れてしまい、弱者をいたぶるような行為をしても罪悪感を覚えることなく、むしろ残忍な行動をすることが快感になってしまったから、というわけではない。
また、目的の場所の入り口である月の裏側ではなく、地球から観測できる場所に派手に、新たなクレーターを作り砂と岩を巻き上げながら降り立ったことも含めて理由が。
それは人類に月という天体に関心を持ってもらうためであった。
もしかしたら、この先何かのアクシデントで目的を果たせずに倒れて、朽ちてしまう可能性もある。そうなった場合、未来を守れるのは人類の力だけだが、内部で異変があってもすぐには気付かない。けど、常に月という衛星を観察する人間が多数いれば、おかしな兆候に違和感を覚え、調査し、そして対策を立てるかもしれない。
そのための警告、警鐘のようなものであった。
「それじゃ、月見学をしながらゆっくりと内部を目指しますか」
そんな独り言とも、モゲタンに話しかけたともとれるような言葉を呟き、美月はまだ人類の数人しか足を踏み入れたことがない月面を歩き出した。
地球の六分の一の重力は、最初美月に戸惑いを与えた。
普通に歩くつもりが、上に跳ねるようになってしまうのである。
だが、それも徐々に慣れていく。
上に跳ねてしまっていたのを、進行方向への推進にする。
ゆっくりと、と宣言したはずなのに、その言葉とは裏腹に美月の速度は上がっていく。
急ぐ、焦る必要はない。月の内部を目指す存在はもう他にはいない。
言葉通りに、ゆっくりと、それこそエネルギーに不安はないのだから、何日もかけて月面を隈なく、隅々まで見物し、それから月の内部を目指してもなんら問題はないのに、美月は一刻も早く、さっさと事を終わらせてしまいたいかのように、どんどんと加速していく。
モゲタンが月面着陸時に予想したよりも早く、内部への入口へと到着した。
「ここか?」
クレーターの縁に立ち、美月はモゲタンに問う。
というのも、モゲタンがナビゲートした場所は、周囲の景色と何ら変わりのない、クレーターの中にある少し大きめの亀裂、縦の割れ目、クレヴァス。
看板、案内板が立っているとは流石に思わないが、それでも何かしらの特徴のようなものがあり、一目見て分かるようなものと美月は想像していたのだが、何の変哲もない場所であった。
〈ああ、ここからワタシ達は噴出された〉
脳内でモゲタンの声を聞きながら、美月はクレヴァスを眺める。
大きな縦の裂け目。それが美月に女性器を想起させた。
思春期の男子中学生ではないのだから、割れ目を見ただけでそんな想像はしない。しかし、美月はこの内部、どれ位下というか奥か分からないがこの先に、中に卵子のようなものが存在していることを知っている。だからこそ、そう想起したのだった。
そして今からそこへと侵入する自分の格好がまるで精子のようだと思えた。全体が白色で、かつヘルメットの分だけ頭が大きめ。精子の形だな、と。
だが、ここに侵入するのは精子のように受精が目的ではない。それとは反対の、卵子のようなものを破壊するため。
「……行くか」
〈ああ、了解だ〉
モゲタンの声を聞きながら、美月はクレヴァスの中に、割れ目へと侵入していった。
入り口からしばらくは、露出した無機質な岩盤が続く。
岩盤が見えなくなると、広い空間に。大気のない月のはずなのに、白い霧のようなものが一面を覆い、美月とモゲタンの能力をもってしても、先程まで視界に捉えることができていた岩盤、壁のようなものは見えなくなっていた。
そこをまた美月は落ち続ける。
先程までの美月は、急くように移動していた。だが、今は流れに身を任せ、月の弱い重力に引かれながら、ゆっくりと落下を。
背中のロケットを噴射すれば、もっと早く落ちることが、目的の場所に辿り着くことが、全てを終わらせることができる。
にもかかわらず、美月は自由落下を選択。
これは先程想起したことが起因するものであった。
割れ目が膣口ならば、今いる場所は膣の内部。この部分は少女の身体になって、桂に触れられて初めて経験した、分かったことなのだが、非常にデリケートで、敏感で、かつ傷付きやすい個所。
そんな場所でロケットを派手に噴射してしまうのは。
ロケットを吹かしたところで影響が出るような狭い空間ではない、むしろ反対に広大だ。それに今から内部を破壊しに行くのだから、そんな所に気をつかうのはどうかと、美月は思いながらも、やはり使用する気にはなれず、そしてモゲタンも別段急かすこともなかったので、そのままゆっくりとした落下を継続。
もうどれ程の距離を、何時間落下し続けているのか分からない。
そんな美月の脳内に突如、警告音のような音が鳴り響いた。
「何だこれ? 全てのデーモンとデータは破壊し、回収したよな。それなのに何でこんな音がするんだ」
〈この場所を守るガーディアンのようなものが存在するんだろう〉
「何でそんなものがいるんだ?」
〈ウム。ワタシ達のような存在を除去するためであろう。キミとワタシは云わば、病原体、致死性のあるウィルスのようなものだ。そういう存在を駆除するための免疫システムのようなものが存在していたとしても別段おかしくない〉
「まあ確かに……そうなると、バグよりもウィルスのほうが相応しいのかな」
〈それはどちらでもかまわないだろう〉
「そうだな。そんなことよりも先にソイツを倒さないとな。こんな場所で除去されるようじゃ、目的を果たすことはできないからな」
美月はモゲタンとの会話を切り上げ、落下を継続しながら、警告音のする方向を見据え、そして警戒した。
現れたガーディアン、モゲタンによる仮称、は美月がこれまで対峙したいかなるデーモン、データよりも巨大であり、そして異形であった。
タンカーよりも大きく、いくつもの突起物があり、そして触手のようなものが蠢いていた。
それに比べて美月は豆粒ほどの存在。
純粋な見た目だけならば、美月は圧倒的に不利、弱者であった。
だが、勝負の行方は逆であった。
美月めがけて襲いかかって来るガーディアンを美月は一蹴した。
文字通りに一蹴りで自分よりも何倍も大きな相手を倒したわけではないのだが、それでもさほど苦労することなく、苦慮することなく破壊した。
「見かけ倒しだな」
あれだけの巨体、そして異形の姿に、最初は警戒したのだが、いとも簡単に倒すことができ、美月はつい軽口のような口を。
〈油断するな、まだ警告音は続いているぞ〉
そんな美月にモゲタンの諫めるような声が。
美月の脳内の警告音は目前のガーディアンを倒したというのに、鳴りやんでいない、今だに響いている。
「他にもアイツみたいなのがいるってことか」
〈まあ、そう考えるのが正解だろう。免疫のための抗体が一体だけということは有り得ないないだろう〉
「たしかにそうだな」
そう言いながら、美月は一度緩めた警戒を、再び強めた。
手足の指の数程度のガーディアンならば、問題はなかった。これが桁が増えてもまだ美月には余裕があった。さらにもう一桁増える、苦戦するがそれでもまだ戦えていた。
だが次第に劣勢に。
ガーディアンの数は減るどころか、増すばかり。
いくら力で勝ろうとも美月は一人、相手は多数。多勢に無勢。
少しずつ押され始めていく。
それでも美月は、まだ戦えていた。だが、ほんのわずかな隙を突かれ反撃を喰らう、そして四肢の内、三つを損傷。
これによってなす術なく蹂躙される。
そして、美月は敗北し、その身を拘束された。




