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仲良し? 3+2人組


 連休が明けるとまた日常が戻って来る。現在の美月みつきにとっての日常とは言うまでもなく学校生活であった。少し休みボケをしているかつらを送り出してから自分も登校する。

 始業まではずいぶんと余裕があり、教室内の人影もまだまばらだった。

「おはよー美月ちゃん」

 自分の席に座り、桂のお気に入りといっていた作家の小説を読んでいる背後に声をかけられた。声で誰か分かる。振り向いて挨拶を返そうとしたが、遮られてしまう。突然後ろから抱きつかれた。美月に挨拶をしたのは蓬莱靖子ほうらいやすこであった。あの一件以来妙に懐かれて、少し過激に感じるようなスキンシップを受けていた。それは別段嫌というわけではなく。元男として鑑みれば多少の嬉しさはあった。

 しかし対処に困ってしまうのも、また事実であった。まだ人目は少ないものの恥ずかしさはある。けど、「離れて」とも言いづらい。

 結果、美月は抱きつかれ固まっていた。  

「ずっと会いたかったの。だって連休中はちっとも会えなかったから寂しかった」

 潤んだ瞳で靖子は美月を見つめる。この言葉は本心なのであろう。表情が物語っているようであった。好きな人がいるのにいけない関係に発展してしまいそうになる。子供だと思って侮っていたが、この年代の少女は大人の雰囲気を漂わすこともできる。危うく飲み込まれそうになったが自制する。

「ほら、さっさと離れや」   

 対処に苦慮している美月に助けの手が伸びる。登校してきた知恵が美月から靖子を引き離す。

「ちょっと、何するのよ?」

「朝から欲情なんかするな、抱きついとるもんより見とる方が暑苦しいわ。それにな、美月ちゃんもアンタに抱きつかれて困っとるやろ。どうしてええか分からんと固まっとんで」

 美月はその意見に同意するように小さく首を動かし肯いた。けど、声には出さない。言葉にすると靖子を傷付けてしまう可能性もある。

「えー、そんなことないよね」

 一度引き離されたのに再度抱きついて靖子が言う。抱きつくことに夢中で周りが見えていなかった。当然、美月の表情や仕種も靖子の目には映っていなかった。

「ええい鬱陶しいな。ほら早よ離れや」

 気の合う友人を魔の手から救うべく知恵は力を込めて靖子を美月の小さな体から引き離そうとする。しかし靖子はそれに抵抗して美月をより一層強く抱きしめる。苦しいが自分からは無理に離したくない美月は我慢して耐えていた。拮抗はしばらくの間続くが最後は知恵が勝利した。強引に靖子の身体を美月から引き離した。

「はぁ、はぁ、はぁ、何するのよ」

「美月ちゃん困っとるやろ。それにな少し冷静になって周りを見てみい。どん引きしてんでって、あれ、アンタメガネはどないしたん?」

 知恵が指摘した通り靖子の顔には黒縁のメガネの姿はなかった。以前の真面目な雰囲気が一変していた。

「本当だ」

 この指摘で美月も気が付く。真面目な印象を与える眼鏡は影も形も靖子の顔の上には存在していない。

「美月ちゃんにふさわしい女の子になろうと思ってコンタクトに変えたのよ。それに周りがどんな目で見ても私の気持ちに揺るぎはないから」

 火に油を注ぐような結果になってしまった。美月に対する恋の炎が赤々と燃え上がってしまう。

「アンタの趣味についてはどうこう言うつもりはない。そやけどな場所を考えてしいや。二人っきりになった時に美月ちゃんを口説いてくれや。まあ、アンタの愛ごときじゃ美月ちゃんには届かへんけどな」

「うるさいわね。私は美月ちゃんとジックリと愛を育むのよ。急いてはことを仕損じる、諺にもあるし。河合くんとのことで私は学んだのよ」

 言葉と行動が不一致ではあったが靖子の目は真剣であった。

「ほー、どうやって?」

「まずはプレゼント攻撃よ。はい、美月ちゃん、これ北海道のお土産。連休に家族旅行だったの。本当はそんなの行かずに美月ちゃんと一緒に過ごしたかったんだけどな」

 そう言って鞄から取り出したお土産は北海道名物の銘菓であった。

「うわっはははは、蓬莱靖子、ゴッツイ失敗したで」

「この鉄板のお土産のどこが失敗だというのよ? 美月ちゃんも嬉しいわよね」

 お土産を貰えるのは正直に嬉しいと思える。しかし問題は中身。知恵の言う通りだった。靖子に同意して肯くことができずにいた。

「そのお菓子がアンタの敗因なんや。事前にちゃんと調べておかなアカンで。美月ちゃんものすごいチョコレート嫌いやもんな」

 昔からチョコレートが苦手であった。口の中に残る甘さが駄目だった。これは、この少女の姿になっても変わることはなく依然継続中だった。

「そんな、……チョコレートが嫌いな女の子がこの世にいるなんて」

「……ごめん」

 絶望という感情が込められた靖子の声に、思わず美月は謝罪の言葉を発してしまった。

 男であった頃はチョコレートが嫌いでもこんなに絶望をされることはなかった。しかし少女の身になってからは二度目の経験だった。一度目は桂が買ってきたチョコケーキを食べられずにいて、同じように残念がられた。

「あんな、教えといたる。美月ちゃんは見た目ちっこくて可愛いけど中身はまるっきりの別物やで。ウチのオトンや美人みとのオトンとも話の合う少し親父の入った美少女やねん」

「なにを言ってるのよ。こんな可愛いくて、かっこいい子のどこが親父なのよ。失礼よ」

「それはアンタがしっかりと美月ちゃんの中身を見てへん証拠や。ええか、美月ちゃんはな、ちょっとだけ残念な美少女なんや。ついでに教えといたる、美月ちゃんはココアも苦手やで。こないだ美人の家で出してもらったんやけどな、匂いだけでダウンしとった」

 週一回のペースで行われている美人の父の料理教室。そこで出されたココアに美月は匂いだけでノックダウンを喰らった。肉体の変化は嗜好の変化には繋がらなかった。苦手なものは、依然苦手なまま。

「それがどうしたっていうのよ。この世に完璧な人間なんて存在しないわ。それくらい知っているわよ。それも含めて私は美月ちゃんを愛おしいと想ってるのよ」

 当事者を置いてきぼりして知恵と靖子は喧々囂々。美月は口を挟むこともできずにいた。

〈いいのか。このままでは両者の間柄は険悪なものへと発展するぞ〉

 モゲタンが介入を促す。このまま放置していたら不毛な争いが激化してしまう。

 身体は一番小さいが中身は一番大人。この状況を治めなくては。美月は考えた。

「ありがとう。チョコはちょっと苦手だけど嬉しいよ」

 実際お土産をもらって嫌な感情は無かった。むしろ中身なんて関係無く嬉しかった。チョコレートは苦手だが絶対に食べられないわけではない。それに土産のお菓子に含まれているチョコレートは少量。

 靖子の顔が綻ぶ。笑顔の花が咲き乱れた。

「やっぱり私の気持ちはちゃんと伝わったのね。見なさい、これが私の愛の力よ」

 喜色して靖子はまた美月に抱きつこうとした。寸でのところで知恵がそれを阻止をする。

「おはよう。朝からなに漫才をして騒いでいるの?」

 あやと美人が教室内に入ってくる。また元の木阿弥に戻りそうだった状況に変化を与えた。

「ああ、おはようさん」

「おはよう」

「おはようございます」

「……おはようございます」

 挨拶はきちんと返す。騒がしかったが礼儀はできていた。知恵は友人として、靖子はクラス委員として、美月は役者の基本として、そして美人はその教えをきちんと守って。

「あれ、北海道のお土産だね。誰が行ったの?」

 自分が投げかけた質問の答えを待たずに文は美月が持っている北海道銘菓の袋を目聡く見つけて言った。

「それは私から美月ちゃんへのお土産なの」

 靖子が手を挙げ、それから美月への土産を強調して言った。

「それで色々あったんや。あの状況を文と美人にも見せたかったで」

「いいよ、話さなくても。だいたいは想像できるから。どうせ靖子ちゃんが暴走でもして知恵が防いでいたでしょ。でもさ、よく美月ちゃん受け取ったね。チョコ大嫌いでしょ」

 文の言葉に美人は同意の肯きをする。知恵は「正解や」と一言。

「なんですって。邪魔をしていたのは貴女の方でしょ」

 憤慨して言う。このままでは治まりかかっていた事態が元に戻ってしまう。

「でも、いいなー北海道か。ねえ、他のみんなは連休にどっか遊びに行った?」

「ウチはオトンの実家に行ってた。そこで昔のビデオ観ながら一日中過ごしたわ。後は飛行機のプラモ造って遊んどった。F-104をNF-104に改造したった」

 言っている本人以外は誰も理解してないのだが本人は満足そうに話す。

「……お父さん連休はずっと仕事だったから。お母さんと一緒に買い物に行ったくらいかな」

 美人が自分の席に座り小さく、そして悲しそうに言う。

「そんじゃ、美月ちゃんはどこに行っていたのかな?」

「えっと、秋葉原と神田神保町の古本街。後は近くに買い物に行ったくらいかな」

 連休の間桂と二人でけっこう出歩いたが、一番の遠出は、あの日だった。

「それ一人で行ったん? それとも桂さんと一緒やったん?」

「見たよ。桂さんと二人で楽しそうに歩いているところ」

「桂さんって一体誰なんです」

 靖子は横にいたままになっている知恵に小声で聞いた。

「知りたいか? どうしよかな、教えたろかな?」

「意地悪をしないでサッサと言いなさいよ」

「そんな怒るな。冗談やて。ちゃんと教えるから。桂さんというのは美月ちゃんと一緒に暮らしとる親戚のお姉さんや」

「あれってさ、まるでデートしているみたいな良い雰囲気だったよね」

「デートですって」

 デートという言葉に靖子が鋭く反応した。鬼気迫るような表情で美月に迫る。

「……デートって。……一緒に出かけただけだよ」

 たしかに一緒に出かけた。楽しかったのも事実だ。けど、これは同じ部屋から一緒に出かけたのだから、はたしてデートと呼んでいい代物なのかと判断に困ってしまう。

「あの時に着てたゴスロリ風の服、ものすごく似合ってたよ。あたしもあんなの欲しいな」

「なんですって。そんな可愛い服を着てたの。私も見たかったー」

 教室中に響く声で靖子が言う。教室の中の全員が何事かと振り返るほどであった。

「声大きいわ。もっと小さい声で話しや。ホンマ煩い女やな」

「貴女には言われたくありません。いつもいつも煩いくせに」

「なんやてー」「やるの?」

 またまた一触即発の雰囲気になる。

「まあまあ漫才はそのへんにしてね。あたしもお土産あるんだよ。連休はお姉ちゃんに連れまわされてイベント三昧だったから。それに池袋にも遠征に行ったからいっぱい買ってきたよ」

 通学鞄以外に持ってきた紙袋の中身を机の上にばら撒きながら文が言う。机は薄くて綺麗な表紙の本だらけになり、机の木目が完全に本で見えなくなっていた。

「……何ですか、この薄くて綺麗な本は?」

 一番上にある本を何気に手にした靖子が言う。そこには男同士が抱き合う画。

「ウチはパス」

「……僕もそれはちょっと」

 それがどんな内容であるのかを知っている知恵と美月が閲覧を拒んだ。

「えー面白いのにー」

 反論の声を上げる。その隅で美人も肯いていた。状況が飲み込めないのは靖子一人だけ。

 靖子は手していた本のページを開く。しかし、即座にピシャリと閉じる。

「何? 男同士で? 何なのこれ?」

「靖子ちゃんもコッチの趣味はないか。でもね、ピッタリの本を買ってきてるから。これなんかお勧めだよ」

 本を持ったまま固まってしまった靖子から件の本を取り上げて別の本を渡す。今度のには萌え絵の女の子が二人だった。恐る恐る本を取り、ページを捲る。

「……こ、これは」

 固まっていた靖子が再起動。今度は興奮しだした。

「はまったね。ソッチの趣味があるんだ。やっぱり」

「これはどこで買えるの? 本屋さんで手に入るの?」

「知りたい?」「ぜひ」

 間髪入れずに答えた靖子の鼻息が少し荒くなっていた。この二人のやり取りを美月、知恵、美人は黙って見ていた。

「有名なのは秋葉原。他には池袋とか、新宿とか、あと近い場所だと立川なんかもあるね」

「池袋。それはいいですわね」

 池袋という地名を聞くと靖子は一人で何かを勝手に想像して興奮しだした。

「何? どうしたの? また興奮でもした?」

「みんなで行きましょうよ。そこでこの本のようなものを買い物して。その後は邪魔な人達には帰ってもらう。それから美月ちゃんと二人で水族館かプラネタリウムで二人っきりで甘いデートをするの。決まりね、来週にでも行きましょう」

 妄想を爆発させて靖子が高らかに宣言する。

「アホ。来週からテスト勉強期間やろ。そんなんやってる暇なんて無いわ」

 中間テストは五月の中旬だったが、その前に試験勉強期間として一週間設けられたいた。

「テストか。嫌なこと思い出した」

 さっきまでテンションはどこに消えたのか文もガックリと肩を落とした。

「私も自信無いから」

 美人も同意見のようだった。伏し目がちの視線をさらに下げる。

 美月は最後に受けたテスト、と言っても十年以上前のことを思い出した。当時は勉強が苦手で追試の常連だった。けど、今は少し違う。

「なんか余裕のある顔してるな美月ちゃんは。ええな、成績ええ子は」

 顔に出ていたらしい。二度目の中学生活。授業内容は忘れていることが大半ではあったが聞けば思い出した。それに授業も一応真面目に聞いているし、ノートも取っている。

「そうだよね。桂さんがいるから教えてもらってるんでしょ」

 肯く。悪い成績は桂には見せられない。当時のままの成績を見せれば悲しい顔をするのは目に見えている。だから、少し勉強を見てもらっていた。教えてもらっていた。

「私、その桂さんに会ってみたいわ」

 ポツリと靖子が言う。

「……えっ?」

「それええアイデアやん。桂さん高校の先生やろ。みんなで教えてもらおうよ」

「賛成。これで成績アップ間違いなし」

 靖子の提案に知恵が乗り、文が賛同の声をあげる。美人は小さく手を上げる。

「……でも聞いてみないと。桂さんも忙しいと思うし」

 高校のテスト期間も中学のそれと大差があるわけではない。ほぼ同時期に行われる。テストで慌てふためくのは生徒だけではない。教師も問題作りにアタフタする。今回の試験で問題制作を担当するかどうか分からないが、美月はその忙しさを知っていた。

「ほな、聞いといてね」

 そこでホームルームの開始を告げるチャイムが鳴る。担任が教室に入る。騒がしい室内が一瞬で静かになった。


「いいわよ」

 その日の夜、勉強会の件を桂に切り出した。すると、いとも簡単に承諾の声が返ってきた。

「……いいの?」

 本心は断ってほしかったが、あっさり了承である。思わず聞き返してしまう。

「うん。私も中間テストの問題作りがあるから長い時間は駄目だけど。少しくらいの時間ならみんなの試験勉強の手助けができるから。でも、理系は駄目よ、もうほとんど憶えてないから。それじゃ、今度の土曜日にみんなを連れていらっしゃい」

 こうして、土曜日の勉強会が決まった。


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