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本当の話


『……桂……グス、ごめん……あたし……』

 しばし()があり、その後麻実の嗚咽まじりの声が受話器の向こう側から。

「どうしたの? 何で泣いているの? それよりも今何処にいるの?」

 桂の口から次々と質問が。だが、その言葉は矢継ぎ早に放たれたものではなく、一つ一つゆっくりと。

『ゴメンね、桂……あたし……』

 しかし、麻実はその質問のどれにも答えずに謝罪の言葉を再び口に。

「何を謝っているの?」

『あたし……あたし、シロを傷付けた……もしかしたら、シロを殺しちゃったかもしれない』

 自らの犯したことを告白し、あの時の手の感触を思い出し、嫌な記憶が麻実の脳裏に広がり、罪の意識に耐え切れなくなりそうで、先程までの嗚咽どころではない涙声に。

「麻実ちゃん、落ち着いて。稲葉くんは大丈夫だから」

『嘘、そんなはずないよ……だって血が一杯でたんだから……あたしの手が真っ赤になったんだから』

「本当に大丈夫だったんだから、稲葉くんに代わるから」

『……シロ、そこにいるの?』

「うん、今私の横に居て一緒に電話を聞いているから」

『シロ……シロ……本当にそこにいるの?』

「いるよ」

 桂から携帯電話を受け取り、美月は麻実に優しく話しかける。

『本当に大丈夫だったの? あんなに血が出たのに?』

「血は出たけど、すぐにモゲタンが塞いでくれたから。今はほらもうピンピンしてから」

 そう言いながら美月はわざと芝居がかった仕草で右手を大きく回し、それから細い腕に力瘤を作ってみせる。

「稲葉くん、それ麻実ちゃんには見えないって」

「そうか、そうだな、でも元気だから、というのもちょっと変だけど、それでも麻実さんが俺を傷付けてしまったと謝ることはないよ、もう済んだことだし」

『……でも……シロ本当にごめん……アレはあたしの本心じゃないの……シロの全部が欲しいって言ったけど、そんなこと全然思ってもいなかったのに、突然そんな考えが頭の中に浮かんできて、そしたらそれで埋め尽くされて……それでおかしくなったの……』

「麻実さん、そのおかしくなった時のこと憶えてる?」

『……うん』

「あまり思い出したくないことかもしれないけど、話してくれないかな」

『……なんで?』

「麻実さんテレビ観た?」

『……ううん……もしかしたらシロを殺しちゃったかもしれないって思って、それでずっと怖くて、桂からの電話がくるまで何も見ないよう、何も聞こえないようにしていた』

「あのね麻実さん、ちょっとショックなことを言うけど、世界中でデーモン同士の戦闘が起きたんだ、突然みんなおかしくなったみたいなんだ。だから、麻実さんがその時のことを憶えていたら、みんながどうしてそうなったのか分かると思って」

 美月は簡単に現状を説明、但しポップとのことは内密にしておいた。

『……そうか……みんな本当の目的を思い出したんだ……あたしだけじゃないんだ』

「え? 何? 本当の目的ってどういう意味なの?」

 モゲタンから教えられた美月達の目的は地球上に落下したデータの回収。それ以外にはなにも聞いていない。

『あたし達はみんな精子なの』

「……せいし?」

 麻実の口から出た精子という言葉は普段の彼女からは似つかわしくない単語であり、美月はこれまでの会話の流れから、生死、と思いはしたもののそれでは意味が通じなく、他の漢字、制止、静止、製紙、を思い付くが、どれも合わない気がして、聞き返す。

『スペルマ、ザーメン』

 別の言葉で麻実は言い直す。

 妹のような存在の少女から、性的な単語が飛び出したことに少しだけショックを受けるが、まあオタク趣味がある彼女がそれらの単語を知っているのはしょうがないと思いつつ、それよりも自分達の存在意義が、精子、ということへの疑問のほうが強く、

「どういう意味なのそれは?」

 と、美月は横で少しだけ赤面している桂を放っておいて聞きなおす。

『嘘だったの、モゲタンの説明や、あたし達がデーモンになった時に得た記憶は……本当はデータの回収は強くするための餌、経験値なの……強くなるの……強い力が欲しくなるの……奪ってでも自分のものにしたいの……それで月に行って一つになるの……それが幸せなことなんだから……それから宇宙に飛び立つの……モゲタンが言っていた月の裏側の宇宙船なんて存在しなくて……』 


 自分が理解していることでも、それを知らない他人に説明するという行為は難しい。

 この時の麻実がまさにそうであった。

 話が前後したり、同じ内容を繰り返したり、要領を得ない言葉が出たり、内容が飛んだりと、支離滅裂とまではいかないが、聞いて即座に理解するというのが困難であった。

 だが、美月、モゲタン、そして桂は、決して麻実を急かすことなく、口を挟むような余計なこともせず、根気よく、粘り強く麻実の訥々とした話に耳を傾け続けた。

 そしてそれらを整理し、まとめたのが以下の通りである。


 まず最初に、モゲタンが美月に教えた情報、また他のデーモンが力を得た時に受け取った記憶は嘘である。外宇宙からきた宇宙船が事故に遭い、月に裏側に不時着し、その際誤って採取したサンプルを地球に落としてしまったというのも。

 本当は、月という衛星ができた当初から内部に潜んでいた存在が、自らの目的のために、意図的に地球のあらゆる場所にデータを散布し、そしてそのデータを回収するための存在として少数の人間に力を与えた。

 それが美月達、デーモンと呼称される存在。

 力を得たデーモン達は、近くで活動しているデータを破壊、回収する。これは使命と思い込んでいたけど、実は強くなるための儀式のようなもの。麻実に言わせると、RPGにおける敵を倒し、経験値を稼ぐ、と同じ。

 データを回収したデーモンはどんどんと強くなっていく。それに合わせてデータもより強くなっていく。これも仕組まれていたこと。

 やがてある程度強くなったデーモン達は最後の経験値稼ぎとして、同時発生したデータを狩ることにより、さらなるレベルアップを遂げる。

 そして粗方データを回収した段階で、本当の自分たちの目的を思い出す。

 月の内側を目指すことを。

 そこに、自分達が到達する場所、一つになるものが存在している。

 けれど、そこへと辿り着き、一つになれるのは一人だけ。

 その一人になるために、より強い存在になるためのデーモン同士の戦いが勃発。

 これまでのことなんか全然関係ない、相手の力を奪い取りより強い存在になる、その欲求に駆り立てられて。

 だからこそ、麻実は美月の力を突如として欲し、襲い掛かった。

 デーモン同士の、同族の戦いは、ある程度の数に絞られると地球という舞台を離れて、今度は宇宙空間で行われることに。

 最後の一体、より強いデーモンが月の内部へと入り、内部に眠る存在と融合し、成長し、そこで新しい存在となり、やがて月という殻を破り、別の銀河へと旅立っていく。

 それこそが本来の目的。

 この行動を麻実は、生殖、精子と卵子の関係のように喩えた。

 デーモンが精子であり、生存競争をし、勝者が月の内側にある卵子と結合、受精した卵子は月の内側で成長し、やがて月という衛星を内から破壊して誕生する。

 それによって地球という惑星に被害が出るであろうという予測はできるが、そのことは関係がないくらいに、目的に邁進、融合することによってこれまでの自我は消えてしまうが、それさえも構わない、これこそが最上の幸福であると信じ行動をする。

 誰がいつ、どんな目的で、こんなことを仕組んだのかは分からないけど、それが絶対的に正しい、全てのデーモンにそうプログラムされている。

 そしてこのプログラムを仕組んだ存在、誰がどんな目的でこの遠大な計画を立てたのか、それは分からない。


 麻実の話を聞き、美月には一つ腑に落ちないことが。

「それなら、どうして俺とモゲタンはそのことを知らず、他のデーモンに襲い掛かりたいという欲求に駆られなかったんだ」

 麻実に襲われた時も、それから二人には内密にしているがポップと対峙した時も、相手の力を無理やりにでも奪い取りたいという願望が一切湧いてはこなかった。

 全てのデーモンが一斉に真の目的を思い出したのに、幸か不幸か、美月とモゲタンにはそんな兆候がまるでなかった。

 組み込まれているはずのプログラムは作動しなかった。

『……シロはバグだから』

「バグ?」

『あの少年のこと憶えてる?』

 麻実の言う、あの少年、とはかつて力に固執し、そして欲し、美月を執拗に狙い、そして東京上空で散った少年。

「……うん」

『シロとモゲタンの会話であったよね、あの少年はバグみたいな存在だって』

 脳内の美月とモゲタンの会話を麻実が知っているのは、以前美月の記憶を余計なことまで伝えてしまったからである。

 それはさておき、

「言っていたような記憶が微かにある」

 執拗に自分のことをつけ狙っていた少年のことを、モゲタンがバグのような存在であると説明をしたことを美月は思い出す。

『でも、それが違ったの。あの少年は、早すぎたけど真実に目覚めていた。バグのような存在はシロとモゲタンのほうなの』

 あの少年ではなく、自分達のほうがおかしな存在、バクのようなもの。

 この言葉を麻実から突き付けられ、戸惑う、またはこれまでずっと騙されていたことに憤りを覚え怒りに身を震わす、ということは美月の内面に全く起こらずに、むしろ自分がバグであったこと、おかしな存在であることを喜んでしまう。

 正常でないがゆえに、異常な存在だからこそ、平常な精神状態、麻実を攻撃しないで済んだことに思わず感謝をしてしまう。

『シロ……ごめんね、もう切るね』

 内で一人喜び、感謝している美月の耳に麻実の声が。

「待って、まだ聞きたいことがあるから」

 大分と長い時間話を聞いた。けど、まだまだ知りたいこともある。

『充電切れそうだから』

「なら、迎えに行くよ」

 電話の最中、麻実は一切自分の居場所について話さなかった。また、美月達も言及はしなかった。なのに、なぜ迎えに行けるのか。それはモゲタンが逆探知を秘密裏に行い、麻実の居場所を特定し、そして脳内で美月に報告していたからである。

『ダメ、来ちゃ駄目』

「麻実さん……」

『シロの姿を見たら、また絶対におかしくなる。シロのこと欲しくなっちゃう……。だから、ゴメン、もう二度とシロの前には現れないから』

 麻実はそう電話の向こうで宣言するとプツリと切った。



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