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帰還


 かつて共闘し、そして短い間だが一緒に暮らしたことのある男の最後を見送った美月は、亡骸をそのまま放置しておくのは忍びなく、かといってアメリカにまで送り届けるような力もなく、思案した結果、B-29のように地下の空洞に安置することに。

 だが、それを行うには美月の残り少ない体力は心許なかった。ここで完全にエネルギーを、カロリーを使い果たしてしまうと帰還も覚束ないような状態。

 そんな切迫したような状況にあった美月の中に少しだけ力が湧いてきた。

 自分の意思ではないとはいえ、デーモンを、ポップを倒してしまったことによって彼の力が美月の中へと。

 能力と一緒に、体力も美月へと移譲される。

 それとは別に、変身の姿が解かれたポップの服のポケットからお菓子の袋が転げ落ち、それを食べ、カロリーを回復。

 B-29とは別の地下空洞にポップの亡骸を。

 静かに手を合わせる。

 地上へと戻った美月は、ポップから受け継いだロケットを点火させ、東京へと帰還した。

 

 ロケット飛行のままで人が多く住む地域に侵入するのは迷惑と考え、美月は空中で噴射を止めて、落下中に空間転移を幾度か繰り返して、かつらの待つ部屋へと。

 部屋へと空間移動した美月は見て、桂は破顔し、そして駆け付け抱きつく。

 抱きつかれた途端、まだ美月の中にあったポップを助けられなかったという自責の念にずっと囚われていた心境が少しだけ緩和され、ボロボロの姿になったけど、それでもこうして無事、危ない瞬間もあったが、五体満足で帰還できたことへの喜びが生まれるとともに、こんなにも心配をかけてしまった桂に申し訳なさを覚え、

「……ごめん、桂……」

 と、小さく謝罪の言葉を。

 そんな美月に桂は、

「無事帰ってきてくれたからいいの。……稲葉くんはおかしくなっていないんでしょ」

 その言葉に美月は違和感を。

 何が原因なのか未だ定かではないが、麻実とポップがおかしくなり、突如攻撃をしてきたのは紛れもない事実。しかし、そのことを知るのは美月とモゲタンだけのはず、あの場には他に誰もいなかったはず。携帯電話が壊れて桂に連絡すらできなかったような状況。それなのに何故桂が知っているのか?

「俺はおかしくなっていないけど。でも……どうして桂がそのことを知ってるんだ?」

 疑問を声に。

 その疑問に桂は、強く抱きしめていた腕をほどき、背後の点けっぱなしになっているテレビに視線を送り、

「世界中で変なことが同時に起きているってニュースで流れているの」

 テレビの画面は、年末、番組改変の時期特有の特番ではなく、臨時ニュースが流れていた。

 その内容は、世界各地で同時発生的に起きている、主にネット上でデーモンと呼ばれる異形の存在同士の戦い。

 それだけならばネット上を騒がしはするものの地上波のニュース、それも特別編成で放送はしないだろうが、現実にはテレビ東京を含む地上波の放送局全てが、デーモン関連の臨時ニュースを。

 ニューヨークの一部が破壊され、ラスベガス近郊で大きな爆発が観測され、南米ではマヤの遺跡付近での目撃情報が多く上がり、アフリカでも起き、ヨーロッパでの惨状も報道、そして太平洋上では旅客機の謎の空中爆発。

 ザッピングしながら、数分ニュース映像を流し見し、そして桂から教えてもらう。

 世界中で自分と同じような存在達が同士討ちを行っている、麻実とポップという事例を見ていなかったら桂同様に驚愕し、それから心を痛めたであろうが、もしかしたらこうなっているかもしれないという可能性を実は美月はモゲタンとの帰還時での会話で考慮していたので、世間のような驚きはなかった。

 それより美月は、旅客機の空中爆発の情報を知った瞬間、ポップがあの時悔やんでいた言葉、あんなことをしてしまった、は自分への攻撃ではなく、おそらくおかしくなってしまった影響で搭乗していた飛行機を破壊し、乗っていた他の乗客を殺めてしまったことへの後悔の言葉であったのだと考え、その意見にモゲタンが同意する。

 そんな美月の耳に桂の声が、

「麻実ちゃん……麻実ちゃんはどうしたの稲葉くん?」

 今頃になって麻実の存在を思い出した桂は薄情な性格というわけではない。

 ただ待つだけでの身であって心配、愛する人がどんな状況にいるのか非常に気掛かりである、そして今回は半日以上連絡が取れなかった、それに加えて世界中で起きている事柄に余計に不安を募らせ、何もできない自分に不甲斐なさを覚え、かといってできることはとくになく無力感に苛まれながらも、それでも地上波だけではなく全然詳しくないネット上で情報を収集していたところに、疲れているが愛する人の顔を見て安心して、それまでずっと中で巣食っていた不安が一気に消え去り、反射的に抱きついた。

 一番大事な人が無事であったという喜びが先行しただけであって、けして麻実のことを忘れていた、蔑ろにしていたわけではない。

 麻実のことは美月にとっても懸念であった。

 あの時の出来事をつまびらかに、子細に、桂に話すわけにはいかない。かといって、黙っておくことも不可能であると考えていた。どうやって切り出そうと思案していたのだが、桂の方から話を振ってくれたのは非常にありがたい。

 しかしながら、何処まで話したものかと。

 そんな美月に、

「まさか、麻実ちゃんも皆みたいにおかしくなっちゃったの」

 と、桂は言葉を続ける。

「いや……おかしくは……なっていないはず」

 おかしな状態に一時陥っていたけど、その後正気に戻ったはず。

「それじゃ麻実ちゃんはどうしたの? 何で帰ってきていないの?」

「帰ってきていないの?」

 あの場で美月の右胸を刺し、その後行方が不明になった麻実。美月とモゲタンは、自分がしてしまったことに驚き、その場から行方をくらましてしまったが、おそらく先に帰ってしまったんじゃないかと推測していた。だが、それは外れのようだった。桂の口調から察するに麻実はまだ帰宅していない。

「まだなの」

 心配している声で桂が言う。

「……そうか……」

「だって麻実ちゃんは稲葉くんに補給食を届けに行ったんでしょ」

「うん」

「だったら、一緒だったんじゃ。……もしかして本当のことを言うと私がショックを受けると思って嘘をついたの」

「そんなことない」

「それじゃ麻実ちゃんは何処に行ったの?」

「……分からない」

「分からないって」

〈ここは素直に話したほうがいい。だが、ポップのことは言うな。桂には刺激が強すぎると判断する〉

 脳内のモゲタンの助言に素直に従い、美月は麻実との一件を桂に。

 ただし、麻実の手が美月の胸を貫き、非常に危ない状態に、危険な状態になったことは隠して。右胸がちょっと傷付いただけと嘘をついて。

「……そんなことがあったんだ。……平気だったの?」

 桂は美月の小さな胸に手を当てて言う。

「大丈夫、傷はモゲタンがすぐに修復してくれた。けど、麻実さんは、自分がしたことに驚いて何処かに飛んで行ってしまったんだ」

「麻実ちゃんも他の人みたいになったの?」

「けど、すぐに正気に戻ったみたいだ。ニュースで流れているような状態になっていたら、また俺に襲い掛かってくるはずだから」

 あれから麻実は美月の元へと舞い戻ってこなかった。来たのはポップ。

「稲葉くんは大丈夫だったの?」

 再度訊く。

「俺は別に麻実さんを襲いたいとかそんな気持ちにはならなかった。……だから大丈夫なはず」

 麻実に対しても、ポップに対しても、敵対するような感情も、持っている能力を是が非でも奪い取りたいという欲求もなかった。だが、本当に自分は正常なのか、異常をきたしていないのか、絶対におかしくなっていないという自信がなく、それが声に乗ってしまう。

「……そう、良かった……のかな。……麻実ちゃん大丈夫かな」

「……分からない」

 沈黙が二人の間に。

「そうだ桂、麻実さんに電話して」

「へ?」

「俺の携帯電話壊れたんだ。だから、電話をかけて麻実さんが今何処にいるのか訊くということが頭の中からすっぽり抜けていた」

 もし携帯電話が健在であったとしても、あんなことの後ではもしかしたら出ないかもしれない、けど美月からではなく桂からならば、もしかしたら出てくれるのでは、そんな考えが、希望のようなものが浮かんでくる。

「私も稲葉くんばかりに電話をかけていて、麻実ちゃんの携帯に電話していなかった」

 美月に電話し全然繋がらないこと、それと世界中で勃発している事態に動揺し、麻実に電話をかけるということを失念していた。

「……それじゃお願い」

「……うん……かけるね」

 少々震え気味の声で桂は言い、声同様に震えた手で携帯電話を操作する。

 いつもならば簡単に行える操作が上手くいかない。

 それでもなんとか麻実のアドレスを出し、かける。

 固唾を呑み、出てくれ、と祈るような気持ちで二人はコール音を聞く。

 数回のコール音の後、麻実の携帯電話に繋がる音が。



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