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エマージェンシー 3


 複数の謎の剣が突如出現し、窮地を救ってくれた。

 普通ならば、第三者の介在、新手が登場したと思考するはずなのだが、美月はそんなことは全く思わなかった。

 それは、この剣のことを知っていたから。

 あの少年が、不器用かつ不格好に振り回していたもの。

 普段の美月ならば、このことに気がつかなかったかもしれない。だが、ほんのついさっき、あの少年のことを、自分がかつて対峙したデーモンのことを思い出していた。だからこそ、突如現れポップを貫いた剣が、同じものであると同定できた。

 だが、それならばあの少年がこの場に現れたと思考するはずなのだが、美月がそんな考えを全くもたなかったのは、あの少年を、自分の意思で手にかけていたことを、憶えていたからである。

 そしてもう一つ、あの少年の言葉、それから麻実の言葉から、とある一つの仮定を導き出したからだった。

 データを回収し、その能力を得ることができるのならば、デーモン同士でも同じことが可能なのでは。

 だからこそ、今目の前に突如として現れ、ポップを串刺しにした。

 だが、どうしてこの状況で、自分も知らなかった能力が突然発動したのか?

 落下中のポップの姿を目で追いながら、美月は思考。

 ピンチに陥り、突如力が発動するという創作ものの黄金パターンだろうか? 違うような気がする。

 ならば何故?

 美月の脳裏に一つの仮説が。

〈その通りだ、キミの考えている通り、アレはワタシが出現させ、射出したものだ〉

 美月の脳内でモゲタンが答える。

〈キミが考えたように、あの時、あの少年の能力をキミとワタシは得ていた。しかし、キミはこの能力について悪い考えを持ち、そして使用しないだろうと判断した。だからこそ、今までこのことをキミには伝えなかった〉

 脳内で打ち立てた仮説をモゲタンが肯定。

 あの剣は、モゲタンによって生み出され、そしてポップへと放たれた。

 しかしなぜこれまで秘匿していた能力を突如発動させたのか。それと、どうしてあのような行動を相談なく行ったのか、新たな疑問が美月の中に。

〈それはキミが生きることを望んだからだ〉 

 モゲタンの言葉の通り、たしかにあの時美月はこのまま死を迎えることを拒んだ、桂の作ってくれているであろう麻婆焼きそばを生還して食べることを望んだ、だけどポップを傷付けたい、攻撃したいと考えたわけではない。

 しかしながら、あの時他に打つ手があったかと言われれば、何もない。只、耐えるだけ、その防御する力も直に尽き果ててしまい、そう遠くない未来にポップの手によって力を奪い取られる、それだけではなくもしかしたら命するも。

 そうならないためにモゲタンは行動を起こしてくれた。

 それが最善、最良、ベストな方法ではなくとも、美月の窮地を救ってくれたのは紛れもない事実。

 そのことについて感謝を述べるべきなのだろうが、だが美月は素直に納得できずに、かといってポップを攻撃したことを感情のままに非難するような子供ではなく、やるせないような、もやもやした、よく分からない想いと、自分の意思ではないとはいえ自身の力でしてしまったことへの罪悪感に苛まれてしまう。

 二度目の中学生活、国語教師である桂との生活で、稲葉志郎であった頃よりも、思考や感情を言葉にすることができていた。けれど、今のこの複雑な心境を言い表すのに相応しい語彙や言葉が美月の中に全く浮かんでこない。

〈無理に言葉にする必要はない。キミの責任ではない、アレはワタシが独断で行った行為だ。罪悪を感じることはない、ワタシのせいにすればいい。それにワタシ自身のための行動でもあった。敗北してしまい、キミの力全てが奪われたとしたらイレギュラーなワタシという存在は消滅してしまうだろう。ワタシは消滅したくない、消えたくない、まだまだキミと共に……〉

 美月の脳内で繰り広げられていた会話、ほんの数秒の、が中断した。

 中断した理由は大きな音が響いたからであった。

 その音は、無数の剣によって身体を貫かれたポップが地面へと叩きつけられる音だった。


 音を聞いた瞬間、美月はポップへと向けて歩み出す。

 動けない身体を無理に動かして。

〈無理に動くな。キミの中に蓄えられているエネルギーはもう底をつきかけている。先程のワタシが出したものでキミはガス欠寸前の状態だ〉

 モゲタンは、美月のエネルギー、カロリーが枯渇するまさに寸前で剣を投射した。ギリギリの、あの機会を逃せばもう後はないというタイミングであった。

 美月は脳内のモゲタンの声を聞かず、前進する。

 モゲタンの言う通り、たしかに動く必要はない。頭の片隅ではモゲタンの言っている言葉を理解している。けれど、安否を確認したいのか、それとも自らの意思ではないとはいえ相棒によって出された自分の能力で傷を負わしてしまったことへの謝罪をしたいのか、美月本人でさえよく分からないような想いに衝き動かされて、遅々とした歩みであるがポップの横たわる場所へと、気力を振り絞り、一歩、また一歩と近付いていく。


 数分かけて、美月はようやく血だまりの中にいるポップの元へ。

 うつ伏せに倒れているポップの背中のロケットに剣が突き刺さっており、また肋骨下から腰部にかけて二本の刃が、そして喉元にも一本突き出ていた。

 美月は思うように動かない身体でポップを横臥させた。

 割れたヘルメットの下の顔は、先程の狂人のようなものではなく、苦痛に耐える歪んだ表情であった。

 痛みに加えて、刺さった剣によって呼吸ができない、息が絶え絶えであった。

 隠れて見えなかった腹部には二本の剣が墜落の衝撃で深々と突き刺さっていた。

 一目見て、この様子では助からない、美月はそう思え、またモゲタンもそう断言するような痛ましい姿であった。

 自分が望んだことではない、自分がしたことではない、けどこの惨状の起点となったのは紛れもなく自分であるという自覚が美月にはあった。

 この痛ましい姿のままで放置しておくのが忍びない。苦痛を、痛みを取り除いてあげたいと思う。

 だが、それを物理的に行うことは不可能。美月の体力が万全であったならば、そのエネルギーを転用し、モゲタンに大量のナノマシンを作ってもらい、それをポップの体内に送り込み、大きく開いた傷を修復してもらうことも可能であっただろう。その手段を用いれば、もしかしたら、確率は低いが、ポップが助かる見込みもある。しかし、現状の美月にはそれを行うだけの力は残されていない。

 けれど、このまま苦痛に苛まれて、やがて死ぬ運命にある知人をただ黙って見守るだけなことに忸怩たる思いが。

〈彼の痛みを和らげる方法があるぞ〉

 美月の脳内でモゲタンが。

〈傷を塞ぐだけのナノマシンを生成することは不可能だ。だが、彼の脳内に侵入し、エンドルフィンを生成し、痛みを緩和することは可能だ〉

 詳しくは知らないが、脳内モルヒネが抽出されることによって痛みを中和できるという知識が美月の中にもあった。

「……頼む……」

 美月の言葉にモゲタンは、

〈なら、キミの手を、彼の頭部に。なるべく脳に近い部分に触れてくれ〉

 声には出さずに、首を小さく降り、美月はポップの頭へと右手をゆっくりと伸ばした。

 触れる寸前、ポップの手が美月の腕を強く掴んだ。


 いつもの状態ならば掴まれる前に即座に反応し、また臨戦態勢をとることが可能であっただろう。しかし、今の美月にはそれを行うだけの、掴まれた腕を振り払うような体力はほとんど残されていなかった。

 絶体絶命の危機に。

 ポップは美月の力を欲し、執拗な攻撃を繰り返していた。それに耐えることはできた。

 けれど、不用意に、無警戒に近付いてしまった結果、捕まってしまうという失態を。

 瀕死の状態であるにもかかわらずポップは美月の腕を強引に引っ張る。

 こんな状態になりながらもまだ自分の力を狙っていたのか。美月は必死に抵抗しようとしたが力が入らない。

 万事休す、と美月が思った瞬間、声が聞こえた。

 それはポップの口から出たかすれた音であった。

 不意を突かれた言葉、喉を剣で刺され抜けた音、それに加え英語ということもあり美月はその言葉を理解できなかった。

〈殺してくれ、と言っている〉

 モゲタンが訳す。

「はあ?」

 脳内の声の意味が分からず、無駄に体力を消費してしまう。

 そんな美月にかまわず、ポップの言葉は続く。

 途切れ途切れ、消えゆくような声であった。

 それでもその声は美月の耳にまで届き、モゲタンが通訳を。

〈まだ人でいるうちに、また狂ってしまう前に俺を殺してくれ〉

 ポップの願いを、美月は聞き届けなかった。

 望みを叶えることは、少々困難ではあるが美月には可能であった。ポップに掴まれていないもう片方の手でまだ喉元に刺さったままの剣を握り、それを縦になり横なりに動かし動脈を切り裂けば、完全な致命傷になる。

 もう体力はほんのわずかだが、総動員すればそれを実行するだけの力はまだ体内には残っていた。

 苦痛に歪みながら、まだ話し続けているポップの姿に痛ましさを覚えるものの、実行する覚悟が美月の中にはなかったこともあるが、それ以外にも理由が。

 訊きたいことがあったから。

 この状態では訊いたところで望むような答えが返ってくる可能性は低いことは理解している。が、それでも何故あのような行動をしたのか、攻撃したのか? それを問いたかった。

 だが、その言葉を美月は口には出せないまま。

 懇願に応えることなく、ポップの苦しむ姿から目を背けることもできずに、ただ見ていることしかできない美月。

 息をするのも困難な状況でなおポップは無理を、声を出し続ける。

〈早くしろ、俺はもうヒーロー失格だ〉

「ヒーロー失格なんかじゃありません」

 そんなことはない、とポップに告げる。

 その声がポップの耳に届いたのか、それとも偶然なのか分からないが、彼の言葉が続く。

〈あんなことをしてしまった〉

 あんなことというのはおそらく自分を攻撃したことだろうと美月は考えた。だが、それはいわばお相子のようなものだ。たしかにポップは一方的に、嬲るように美月を攻撃した、しかし結果は美月が望んだことではないとはいえ、美月の能力によって繰り出された剣による反撃によって、ポップに致命傷を与えてしまうことに。

「貴方だけが悪いんじゃない。俺だって……」

 そんなつもりは毛頭なかったが、現状は悲惨な状況に。

〈早くしろ。また狂ってしまう前に〉

 たしかにこの右腕を掴まれた状態で、またポップが美月に対して牙をむく、攻撃をしてくるのであれば、容易く逆転、立場が入れ替わるであろう。瀕死の状態のポップは美月の力を自らの中に取り込むことによって、危機的状況から脱し、回復し、そしてその反対に美月が今度は重篤に、死を迎えるかもしれない。

 しかし、美月は動かないでいた。

 ポップの言葉はなおも続く。

〈まだ人でいる間に、俺を殺してくれ〉

 懇願であった。

 だが、美月はそれに応えられないでいる。

 そんな美月に、モゲタンは、

〈キミができないのなら、ワタシがしよう。彼をこのような状態に至らしめたのは間違いなくワタシだ。その責任をとってワタシがとどめを刺す。だから、キミは何一つとして罪悪感を覚える必要はない〉

 モゲタンの言葉に、美月はポップの死に対する責任を持たなくていいという安堵のようなもの、頼みに応えることができない無力な自分への不甲斐なさ、もっとほかに手段があったのではという後悔、色んな感情と想いがない交ぜになりながら、

「……すまない……」

 この言葉は、モゲタンに向けてのものなのか、それともポップへのものなのか、発した美月自身もよく分からなかった。

 ただ、言葉を発した後、勝手に涙がこぼれ落ちた。

〈謝る必要はない。これはワタシの仕事だ。キミの手を、彼の頭部に当ててくれ〉

 依然強く握られたままの右手ではなく、左手でポップのこめかみに触れる。

 そこからモゲタンはナノマシンを注入。

 血管を通り、ポップの脳内へと侵入。

 脳内モルヒネを分泌させ痛みを緩和し、心臓の働きに介入。

 苦悶に、苦痛に満ち満ちた表情は徐々に穏やかに、安らいだものになっていく。

「Thank you,littlegirl」

 最後の言葉はモゲタンの通訳を必要とはしなかった。

 やがてポップの心臓は少しずつその鼓動を弱め、そして停止した。

 

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