表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
216/333

エマージェンシー 2


 吹き飛ばされたはずみで、手にしていた携帯電話が美月の手から放り出されてしまい、地面に強く叩きつけられ、原形を残さぬ形へと一瞬で変貌。

 一方美月は、ぶつかる瞬間にモゲタンが瞬時に円盤状の盾を数枚前方に展開してくれたこと、それに加えて速度を全く落とさずに接近してくるポップに少々嫌な予感を覚え、万が一ということに備えて動けるようにしていたこともあり、当たる瞬間、ぶつかったと同時に、自身の小さな身体を後方へと、ポップの進行方向のベクトルへと、わざと跳び、そしてある程度飛ばされたところで受け身を取り、ダメージを、衝撃を軽減させた。流石に無傷というわけにはいかないが、それでも馬鹿正直に真正面で受け止め、対抗することに比べれば、遥かに軽微なダメージで抑えることに成功。

 受け身を取った美月は、そのまま地面に倒れこむのではなく、反動を利用して立ち上がり、ポップの動きに備えた。

 ポップは美月を吹き飛ばした後、その速度を落とすことなく飛行し、そのまま夜空へと急上昇を。

 そして一度背中のロケットの噴射を止め、落下状態へと転じる。重力を利用し、さらにはロケットを再点火させ、先程よりも速い速度で美月へと向かって急降下を。


 今の美月の状態を端的に表すとすれば、なぶられる。この文字が最も相応しいような状況に陥っていた。 

 男二人が、女を、美月を一方的に攻撃している。

 もしこの場に美月達以外の第三の人物、観測者が存在していたとしたら、そのように映ったであろう。しかし、ポップ以外のデーモンが来襲し、二人で一方的に美月を蹂躙していたわけではない。この場にいるのは美月とポップの二人だけ。だがポップの動きは速く、残像が見えるような速度で、左右から、あるいは前後から、また急上昇から反転し急降下、という具合に背中のロケットを吹かせ、美月めがけて突進を繰り返す。

 そんな状況下で美月は、円盤状の盾を展開し、あるいは真っ直ぐに突っ込んでくるポップを躱したりしていた。

 防戦一方の美月はただ耐えていただけではなかった。

 かといって、反撃の糸口を探していた、虎視眈々と逆襲の一手を狙っていた、とかでもない。

 では、何をしていたかというと、それは声を出し続けていた、ポップに呼びかけ続けていた。

 再会と同時に攻撃された。あきらかに様子がおかしい。そしてなにより麻実という先例がある。

 二人がどうして自分に向かって敵対行動を起こしているのか、美月にはその理由がさっぱり分からない。だが、尋常ではない、異常な状況であるということは分かっている。

 そして完全におかしな状態ではないということも。

 先の麻実は、美月の胸を突き刺した後、正気に戻り、そのまま何処かへと姿を隠してしまった。

 ポップも同じじゃないかと美月は考える。

 そう考えるに至ったのは、麻実の件はもちろんだが、それ以外にポップの動き。単調な攻撃。そして本来の彼の実力からすれば、美月が展開している盾は役に立たない、無意味なものになってもおかしくないはずなのに、今のところ防げている。身体に大きなダメージを負っていない。

 これは彼が無意識下で力を抑えているのでは。

 そう美月が思うのは、金魚鉢のようなレトロな透明のヘルメットの下の表情。

 瞳孔が開き、血管が浮き出て、口からは飛沫しぶきが。

 狂人のような、なりふり構わずに本能のまま全力で美月という獲物を狩るハンターのように見える。

 だが美月には、その表情は苦悶に満ちたものに写った。

 全てがおかしくなってしまったのではない。まだかろうじて残っている正常な状態、理性が、美月への攻撃を止めようとしている。

 だからこそ、まだ美月の身体は無事だし、そしてそれゆえの苦しそうな顔。

 そんなポップに美月は身を守りながら、元に戻れと願いながら、声をかけ続けた。


 美月の声は、呼びかけは虚しく響くだけだった。

 いくら正気に戻るように声をかけても、ポップの攻撃はやむことはない。

 徐々に美月は窮地へと追い込まれていく。

 ポップの攻撃が、より苛烈を極めたわけではない、遭遇時と同じ、いやもしかしたら前言をやや撤回することになるかもしれないが、美月の声がほんのわずかにだが届いており、その影響で速度と破壊力が落ちていた。

 なのに、なぜ美月は窮地に。

 それは持久戦だからであった。

 反撃せずに、ただ耐え続けるだけの美月であったが、それでもポップの攻撃の直撃を避けるために円盤状の盾を展開し続けていた。一枚を出すためのエネルギーコストは微々たるものであったが、それが複数、何百、何千という枚数ともなると膨大なコストになってしまう。ポップが襲来する前に、麻実の残していった補給食でカロリーを回復したとはいえ、それも美月の中で枯渇していく。

 早々にエネルギー不足、カロリー切れのおそれが。

 そうなれば、これまで防いでいたポップの攻撃を、その小さな身体に直接受け、やがて敗北を喫してしまうだろう。

 そしてその敗北は、ただの負けではない、死へと直結する。

 対峙してからポップは美月に何も発してはいない、無言で攻撃を繰り出すのみ。だが、この尋常ならざる状態は、麻実のものと同じ、そしてあの時の少年と同じもの。

 美月の持つ力を欲しているはず。

 相手が望むように、保有する力全てを譲渡したとする。そうなった場合、その場ですぐに死ぬのか、モゲタンという制御を失い肉体がだんだんと崩壊していくのか、分からないが死を迎えることだけは確実。

 そんな思考が美月の脳裏をよぎり、そしてモゲタンがその考えは間違いないと言う。

 ならば、そんな未来を回避するために、反撃に打って出る、もしくは転身、撤退を決断すべきなのだが、できなかった。

 かつて共闘してデータを退治した仲、おかしな状態であるとはいえそんな相手に拳を振るうのは躊躇いが生じてしまう。ならば、もう一つの案、この場からの撤退は、モゲタンの計算によって不可能と判断されてしまった。普通に逃げた場合は、速度が違い過ぎる、すぐに追いつかれてしまう。それならば、美月の空間転移能力で距離をとる。これは逃げ切る前にエネルギー切れを起こしてしまい、追いつかれてしまう。

 このままではそう遠くない未来に確実に迎える敗北。それを避けるために、モゲタンは美月の脳内でまだ動けるうちに反撃に転じるべきという進言を。

 だが、美月はただ耐えるのみ、ポップに向かって言葉を放つのみ。

 ジリ貧状態であった。

 あと数十秒、出せる円盤状の盾も残り数枚という状態に美月は追い込まれた。

 死の影が、美月の中でより濃くなっていく。

 それに抗いたいという願望は存在している。まだまだやり残したこともあるし、気掛かりなこともある、そして何より桂が作ってくれているはずの麻婆焼きそばを食べないままで死にたくない。

 けど、死の影から逃げるための方法が美月には見つからない。

 この場に及んでも、まだ反撃することを躊躇ってしまう。


 ポップの攻撃が美月の円盤状の盾を砕く、美月の小さな身体を吹き飛ばす、高く宙を舞った後、地面へと強く叩きつけられる。

 衝撃により痛みと、疲労、そしてカロリー切れ寸前で美月は動けなくなり、その場に蹲ってしまう。

 そんな美月に、ポップは再度攻撃を。上昇し、反転する。

 動けない身体であったが、美月の目はポップの動きを捉えていた。

 このままでは確実に美月の身体の上にポップは襲い掛かってくる。それを避ける力も、防ぐ力の残されていない。

 死への恐怖が一層強く。

 それと同時に、生への渇望が美月の中で湧き上がってくる。

 そんな美月の目の前で、突然、何処から出現した複数の剣がポップの身体を貫いた。



重たい話が続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ