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エマージェンシー


 熱さと痛みが同時に美月の中で起きた。

 自分の身体に発生したことなのに、何が原因なのか美月には全く分からなかった。

 ただ、脳内でモゲタンの声が響き、痛みで勝手に涙が流れ視界が歪んでいく。

 歪んだ視界に映った麻実は、先程までの能面のような無機質なものではなく、表情を取り戻していた。だがそれは、いつものような明るく朗らかなものではなく、青白く、目を見開き驚愕し、その瞳は悲しみと慟哭に染まっていた。そして頬を押さえた両手の周辺だけは鮮やかな赤色が。

 何をそんなに驚いているの?

 美月は自身の身体よりも、妹分であるこの少女を気遣い、それを声にして訊こうとしたが、口と舌が上手く動かない、鉄のような味がするだけ。

 そんな顔しなくても。もう、全部終わったんだから。これからは楽しい生活が待っているはずだから。

 出ない声を無理に絞り出そうとするのだが、美月の口から出たのは、息と唾液と、血。

 それでも再度試みる。

 視界が白くなっていく、頭の中でモゲタンが何か必死に話しかけてくるけど、その声を美月は認識できない。

 意識が遠くなっていく。

 薄れゆく意識の中で、美月は麻実の声を、悲痛な叫びを聞いたような気がした。


 脳内に響くモゲタンの声によって、美月は意識を取り戻した。

 回復して開口一番に、

「……麻実さんは……」

 自身の状態よりも先に、様子がおかしかった妹のような存在の少女のことを気にかける。

〈分からない。ワタシはキミの回復のために、全てのリソースを注いでいた。通常時ならばキミのリカバリーと並行して麻実の追跡も可能なのだが、それを行うだけの余力はワタシにはなかった〉

「……そんなに危なかったのか、俺?」

 意識を失う寸前までの熱さと痛み、それから血の味は憶えてはいるものの、現状ではモゲタンによって傷は修復されており、四肢に力が入らないが、それは先程までの長時間の戦闘による疲労が原因であると美月は考え、モゲタンの説明は大袈裟、大事のように聞こえ、ややのん気な口調で訊く。

〈危なかった。麻実の異変に気がつかずにいたために接近を許し、なおかつキミを守るための防御も遅れた。幸い右胸だったから良かったが、麻実の手がキミの左胸に襲い掛かっていたら、今このように会話をすることは不可能であっただろう〉

「……そうか。……ありがとな」

 死という言葉こそ会話の中に出てこなかったが、非常に危うい、生命の危機に瀕していたことを知らされる。が、そういう実感はまるでなく、自身に起きたことなのだが、なんだか他人事のような感じがし、それはまあ置いておいて、助けてくれたことへの謝意を伝える。

 そしてこのような目にあい、麻実に対して美月は恨み言の一つや二つは出ても全くおかしくないような状況であるのだが、只々様子がおかしかった、そして現在行方が不明になっている少女の身を案じていた。

 一体何が原因で麻実はあのような行動を。

 それについて思考を巡らす美月の脳裏に、よく似た過去を一つ思い出す。

〈たしかに似ているな、あの時の少年と〉

 美月の思考をモゲタンが受け、同意を。

 かつて美月の持つ力を欲し、力尽くで奪い取ろうとし、桂にまで手をかけようとした少年がいた。

 その少年の行動と、先程の麻実の言動が美月の中で重なる、符合する。

 突然豹変、おかしくなってしまったことへの説明がついてしまう、仮説が成り立ってしまう。

 そんなはずはない。麻実さんがあの少年と同じのはずがない。

 美月は自分で立ててしまった仮説を振り払うべく黙考を。

「そうだ……あの時は麻実さんはたしか……」

 思い出す。

 薄れゆく意識下で見た光景。麻実が驚き、悲しみ、何かを叫んでいる姿を。

 悲痛な叫びのような声を美月は思い出そうとするが、出てこない。

〈違うの、シロ、ごめん、これはあたしの本心じゃないの、だ〉

 美月が聞いていたということは、同時にモゲタンも聞いていたということになる。思い出せない言葉をモゲタンが美月に。

 美月の中の悪い仮説が完全に瓦解。

「麻実さんはあの少年とは違う。探さないと、そして話を聞かないと」

 麻実は美月から何も奪い去りはしなかった。自分の仕出かしたことへの罪悪感か、または美月の痛々しい姿に驚いたのか、分からないが、そのまま遠くへと消え去ってしまった。

 あの少年とは全然違う。

〈そうだな、分からないような状態であれこれと推論していても仕方がない〉

「行くぞ」

 決意を込めた声とは裏腹に、美月の身体はその場から動くことはなかった。

 傷が塞がり、回復したものの、美月の体力までは元通りというわけにはいかなかった。リカバリーのためにエネルギー不足に陥っているような状態で、未だに四肢に力が入らない。

〈しばし待て。もう少しで動けるようになる〉

「そうなれば探しに行けるのか」

 麻実のことが心配だ。

〈いや、無理だ。現状キミの中のカロリーが枯渇している。まずは麻実の投げ捨てた補給食でカロリーを補給だ。それによっての回復具合で今後の行動を決めよう〉


 夜の帳が下り、真っ暗な中を、美月は未だに力の入らない身体に鞭打ち、これは少し大袈裟だが、這うようにして麻実の投げ捨てた補給食の所へ。

 暗がりで普通ならば、まず見つけられないような状況ではあるのだが、モゲタンが麻実が放り投げた時の映像を再生し、そこから軌道計算をして、おおよその位置を割り出した。美月はその計算結果に従い、アイウェアの暗視機能を使い、楽々と一個目を見つけ出す。

 まだ思い通りに動かない身体で補給食の封を切るのにてこずる。イライラしそうになったところで、モゲタンからアドバイスがあり、その助言に素直に従い、美月は大きく深呼吸を一つ。落ち着いたところで再度開封を試みる。今度は成功、補給食を口に中へ放り込む。

 補給を済ませたと同時に体力が回復、というふうに人間は便利にはできてはいない。しかし、美月は見た目は美少女だが、モゲタンの力によって造られた身体。食べて、素早く胃で消化し、腸で吸収し、エネルギーに、カロリーに変換することが可能。

 全快とまでは流石にいかないが、それでもカロリーを摂取したことによって四肢に力が。

 美月は二本の脚で歩き、残りの補給食を探索した。


 予想以上に補給食はあった。

 そのおかげで、麻実の手によって貫かれ、破れた黒のスポブラの穿たれた穴を修復することができた。それ以外にも細かな部分も再生。

「よし、それじゃ麻実さんを探しに行くか」

〈待て。闇雲に探すのは効率が悪い〉

「だったらどうすれば? お前は俺のことにかかりきりでどっちの方向に麻実さんが飛んで行ったのか分からないんだろ」

〈飛んで行った方向は分かるぞ〉

「分かるのかよ。それじゃ、そっち方面を捜索するか」

〈同じ方向へずっと飛び続けている可能性は低いだろう。動転しており、真っ直ぐにではなく、あらゆる方向へと錯綜している可能性が高い〉

「なら……駄目もとで電話してみるか。……あ、俺の携帯どこ行ったんだ?」

 変身時にはマルボロレッドのコートの内ポケットに収納している。

 先程の戦いでコートは四散し、携帯電話は行方不明に。

〈それならば大丈夫だ。位置は把握している〉

 モゲタンの指示通りに動き、これまた容易くかつてコートだった残骸の中から携帯電話を発見。

「……よし、かけるぞ……でも、出てくれるかな」

〈なら、桂に電話したらどうだ。言い忘れていたが、キミが意識を取り戻すまでの間に何度か彼女から着信があったぞ〉

 その言葉通り、何件もの着信履歴が。その全てが桂からのものであった。

「そうだな、もしかしたら戻っているかもしれないしな。後さ、もっと早く教えてくれよな」

〈スマナイ。まずはカロリーの回復が先決と判断した〉

「たしかにそうだけどさ」

 美月は桂に電話をかけようとした。

 携帯電話を手にしながら、そういえば桂に麻婆焼きそばを作って待っててくれとお願いしたんだよな、もう作り終えているのかな、いやそれよりもお昼にはもうすでにできていて今では完全に冷めた、のびた状態になっているかも、だとしたら悪いことしたな、麻実さんのことを聞いて、それから待たせたことを謝らないとな、と考える。

 アドレスから桂の名前を出し、通話ボタンを押そうとした瞬間、美月の脳内に信号が。

「おい、これ」

〈ああ〉

 この反応はデータのではない。美月や麻実と同じデーモンのもの。

 信号は美月に向かって急接近してくる。

 最初麻実が舞い戻ってきたと美月は思ったが、すぐに違うと判断。

 だが、この信号の相手を知っている。

 それはかつて一緒に戦い、今回応援で日本に駆け付けることになっているアメリカ人のものだった。


「どうする、俺も移動してポップさんと合流するか?」

〈いや、それはあまり良くない行動だ。彼の移動速度は速い。直ぐにここへと到着するだろう。ここで待つほうが賢明だ。行き違いになってしまう可能性もある。それにキミの中のエネルギーが回復したとはいえ万全にはまだ程遠いような状態。今後どんなとことが起きるか想像もつかないから、無駄な行動をして体力を浪費することは避けるべきであろう〉

「なら、来る前に桂に連絡だけはしようか」

〈それも待ったほうがいい。桂との電話が数秒で済むのならいいが、互いの状況のやり取りで少なくとも数分はかかるだろう。その間にポップはここへと到着するはず。通話中に出迎えるよりも、来てから通話したほうがいいだろう〉

「それもそうだな」

 そんな会話をしている間にも、美月の脳内でポップの信号がどんどんと迫ってくる。

 速度がさらに上がる。

 美月は暗闇の中、ポップの反応がある方苦へと視線を、目を凝らす。

 アイウェアの望遠機能を使い、さらには暗視機能も作動。

 急接近してくるポップの姿を捉えた。

 そして、捉えたと思ったほんの数秒後、美月の小さな身体は吹き飛ばされ、宙に舞った。



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