表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
214/333

決着


 記憶は曖昧だった。

 最初のデータを破壊し、回収したことはしっかりと記憶している、二体目三体目、続くデータとの戦闘も憶えている。

 四体目のデータが接近し、接敵するまでのわずかに空いた時間に残り少なくなっている補給食でエネルギーをチャージしたことも。

 九体目のデータの回収を済ませ、再び体内のエネルギーの枯渇を感じ始めた頃、丁度タイミングよく麻実が駆けつけてくれたことも。

 桂が買って、麻実が届けてくれたチョコレートバーを齧り再チャージして、万全とはいえないけど、それでもまだまだ迫りくるデータに対しての準備を整えたことも。

 だが、その後のことの記憶はあやふやだった。

 所々、詳細に憶えていることはあった。例えば、カエル型のデータが出て、長い舌を伸ばして攻撃してきたが、その舌を反対に掴み、撃退、回収をしたこと。鳥型のデータには円盤状の盾をフリスビーのように投げつけ、切り裂いて退治したこと。時間差で襲ってくるから大体において一体ずつの対決であったのだが、時には二体同時に戦闘をしたこと。美月にではなく麻実に襲い掛かったデータを破壊したことも。

 だが、数が多すぎてどれが何番目の対決で破壊、回収したデータなのか憶えていない。この場所で度重なる戦闘をしていたためにいつの間にか地形が変化、木々をなぎ倒し、いくつかの山を壊し、削り、平地に、更地にしてしまったことも。

 それでも美月はデータとの戦闘を継続。ほんの少しだけ、自分が選択したことを後悔しながら。

 何時間この場に留まり、データと戦っているのかも分からないような有様。

 そんな状況で美月は一人奮戦を。

 連続する戦闘で、マルボロレッドのコートがボロボロに、至る部分が破れているのも構わず、それを修復することは可能なのだがそれを行う手間もエネルギーももったいなく、黒のスポブラとスパッツが垣間見えるような少々あられもないような姿になっても戦い続ける。

 絶対に負けられないという一心で。

 倒れてしまったら、データは次に麻実に襲い掛かるはず。数こそは多いものの、データ一体一体の力は美月にすれば恐れるようなものではない、むしろ弱い部類、だが、これまでずっと戦闘を避けてきた麻実にとってはどれもが強敵になるような力を有している。そんな相手に麻実が勝てるような未来が想像できない。そして麻実も倒れたら、今度は核融合に狙いを定めるであろう。そして強力な力を手に入れたデータがそのまま何もせずに消え去ってくれるなんていう都合の良いことは起きないだろう、日本という国が破壊しつくされ地獄と化してしまうという可能性も十分にあり得る。

 そんなことは絶対にさせない。

 美月は強い意志を持ち、麻実の応援の声を背にうけながら戦いを継続。

 しかし、数が多い、一体いくつのデータが襲い掛かってくるのか分からない。

 そしてなにより、終わりが見えないというのは精神を疲弊させる、心が疲れると肉体も疲労していく。

 正直、美月の限界は近かった。

 それは体力面ではなく、精神面で。

 そんな時変化が。

 頭の中で鳴り続けていた警告音がほんのわずかだが小さく。増え続けていたデータの信号が、ある時を境に増えなくなった。

 終わりの兆しが見え始めた。

 折れてしまいそうだった精神がわずかにだが回復、ついでに体力面でも麻実から補給食を受け取って回復を。

 データを破壊、回収する度に、美月の脳内に響くデータ接近を知らせる警告音が小さくなっていく。

 最後の気力、体力を振り絞る。

 もしかしてという嫌な予感が美月の脳裏をかすめたのだが、それを振り払い、後少しで終わるはずと信じて戦う。

 マルボロレッドのコートはもうすでに美月の小さな身体からその姿を消していた。黒のスポブラとスパッツという姿で美月はデータを迎え撃つ。

 脳内の警告音とモゲタンが、残りのデータの数は二体と教えてくれる。

 背後にいる麻実も「後、二体よ。シロ頑張ってー」と声援を。

 対峙するデータを破壊、そして回収。

 そこに最後のデータがその姿を現した。

 美月は、これで終わりにしてくれよな、もう絶対にこれ以上は出現してくれないでくれ、と願いながら、最後の一体との対決に臨んだ。


 最後の一体のデータとの戦闘はあっけなく終わった。

 美月が突っ込み、データも突進してくる。互いが交差する格好になったが、美月の貫手ぬきてが先にデータの身体を貫き、破壊、そして回収。

 この瞬間、美月は、懸念していたようなことは起きずに全てが終わったと感じられた。

 それはこの長く終わりが見えない戦いの終了も含まれているが、本当に全てが、目標が達せられた、と。

 それを裏付けるようにモゲタンの、

〈今ので、地球に落下したデータを全て回収したぞ〉

 という声が脳内に響く。

 その声を聞きながら美月は、この仮初の少女の姿から元の男に戻れる、目的を果たすことがようやくできると思いながらも、正直今一実感というものがなかった。

 目的が達せられたのに案外こんな感じなのかと思い、予想外の幸運や想定外の出来事に遭遇した際もこんな感じで感情が爆発するようなことはなかったなと、自身の経験を思い起こす。

 そして納得しつつ、肉体以上に疲れているかもしれない頭で美月は、男に戻る、稲葉志郎に戻るのは桂も喜んでくれるはずだけどこの先大変だよな、それに一緒に高校に登校するという彼女の夢を叶えることができなくなってしまう、もしかしたら戻らずにこのままの姿を、伊庭美月として生きていたほうが案外良策なのかも、けど男に戻りたいという意思は自分の中に確かに存在しているし、それは桂もそう思ってくれているはず、でも、どっちがいいのだろう? まあゆっくり休んで、それから身も心も回復してから、桂とモゲタンと相談して決めよう、今はそこまで思考が回らない、とにかく疲れた、休みたい、と。

 そんな美月に背後から麻実が、

「シロ、やったね、今ので全部回収したんでしょ」

 声の様子からして、麻実も全てのデータを回収し終えたという感覚があったようだった。

 その声を聞きながら、美月はまたも考えてしまう。

 先程とは別のことを。

 麻実が迫ってくる。後方からだから視覚に捉えることはできないけど、このままではおそらく小さな背中に抱きついてくるはず、モゲタンもそう予測している。

 抱きつかれることに嫌悪はない。むしろ嬉しい側面のほうが。しかし、現状の砂塵と埃と汗にまみれたボロボロの身体に申し訳なさを覚えてしまう。

 かといって、避けるような体力も美月には残されていない。

 このまま為すがままになるだけか。背後から抱きつかれることを甘んじて受けよう。

 けど、待てよ。後ろからよりも、わずかに残っている体力を総動員して、これは少し大袈裟だけど、振り返り、いっそのこと夕日をバックに抱き合う、抱擁しあったほうが存外画になるのではと余計な思考を。

 男に戻ってから、このような行為をすれば浮気を疑われてもおかしくないけど、女同士ならばさほど問題もないはず、桂も許してくれるはず。

 美月は振り返る。

 視界に麻実の姿が。両手で未開封の補給食を抱えたまま、美月の方へと飛んでくる。

 まだ開封されていない補給食を確認した途端美月は、良かった、これで帰路の心配がなくなった、麻実に悪いが買い出しに行ってもらうか、もしくは背負ってもらって帰還してもらうことを僅かに考えてしまっていたのだが、そんな心配はなくなった。

 美月は「残っている補給食頂戴」と、麻実に言おうとしたが、疲労困憊で思うように声も出せない。

 ならば、無理に声を出さずに待てばいいかとのん気に考える。

 そんな美月の前で麻実は予想外の行動を。

 抱えていた補給食を突然捨て去る、放り投げる。

 何故? 驚く美月をよそに麻実は速度を上げる、急接近してくる。

 驚きのあまり思考停止状態になりそうな美月の耳に麻実の声が。

「ねえ、シロ。全部あたしに頂戴」

 その声の前半はいつものような声だったのだが、後半は無機質な音。

 この声に美月の脳は思考停止一歩手前から一気に活性化。

 どういう意味だ? 今の言葉は。それに、なんかいつもと様子が違うような感じもする。いや、それよりも補給食を突然捨てたのは何故? 感極まって、喜びのあまり手にしていたものを思わず投げてしまっただけなのだろうか? 違うような気がする。そんな感じじゃなかったような気が。だったらどうしてそんな行動をしたんだ? それも疑問だけど、声も何かおかしかったような。突然声のトーンが変わったのは一体?

 美月の中で疑問が一気に溢れ出すが、それはすぐに停止。

 思考が止まる。

 これは分からないものは分からない、謎は謎と諦めて考えることを放棄したのではなく、思考を中断するようなことが美月の身に起きたからだった。

 思考を中断するような熱さが美月の胸に。

 遅れて強烈な痛みが。

 麻実の顔が目の前に迫っていた。

 その顔は、目まぐるしく変化する猫の目ようなものではなく、能面のような無表情、冷たさを感じさせるものであった。

 そして麻実の左手が、美月の小さな右胸に突き刺さっていた。


百話以上遠回りして、ようやくこのシーンに辿り着きました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ