侵入
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ご了承ください。
美月の小さな身体は、空間を転移してデータの内部へ、B-29の中へと。
あれほど苦戦した、内部への侵入どころか、接近することすらままならない状態であったのに、いとも容易く、赤子の手をひねるがごとき、苦労も困難もなく、簡単にB-29の中に。
しかもB-29を破壊することなく、データを回収できるような位置に。
完璧なナビゲーション、寸分の狂いもない指示、モゲタンの見事な判断。
賞賛すべきことなのだが、これまでの苦戦、苦労は一体何だったかというくらいの、あまりにも呆気ない現状に美月は思わず、
「……なんでこんなに簡単に侵入できたんだ?」
という、疑問の声を発してしまう、というより漏れ出てしまう。
〈それは陽電子砲のおかげだ〉
ほんのわずか前、目の当りにし、恐怖を覚えた、超強力な破壊兵器。自分が不利な戦いを強いられるというのなら理解できるが、反対にその恩恵を受けて容易く侵入ができたというモゲタンの言葉に、美月は理解が及ばず、
「どういうことだ?」
またも疑問の声を。
〈あのデータはワタシ達と会敵してから、短時間の間に急速な変化を、進化を行っている。データが変化すること事体はよくある事象で、また急速な変化をすることもある。だが、今回はその変化の幅が大きすぎた。それによって、上手く機能できない、機能不全、システムダウンという事態に陥った〉
モゲタンが美月の脳内で説明を。
この説明はまだ続いた。
それを要約すると、核融合という動力源、陽電子砲という兵器、個々で見れば非常に強力なものである。だが、これを繋ぐ伝達手段が、急激な変化、進化に対応できずにいた。一発目は強大な電力をなんとか陽電子砲へと送ることができた。だが、そこで無理が生じ、送電のための機構が破綻を。それだけではなく機体全体が機能不全に。一つ一つは強力であっても、それらを繋ぐものが脆弱な、貧弱なものであったら、その強みを活かすことができない。モゲタンは、動揺している美月をよそに冷静な観測を続け、データの、B-29が行動不能の状態になっていることを看破し、そして美月に指示を送った。
その説明を聞き、美月は、
「だったらさ、それを事前に説明してくれてもよかったんじゃ」
と、少々不満めいた言葉を。
あの時、この説明があれば、躊躇なく、迷いもなく、即座に行動に移すことができたのに。葛藤するという、ほんの数秒だが、無駄な時間を費やすこともなかったのに。
〈それに関しては申し訳ないとは思う。だが、あの時点でこの説明をキミにしても、きちんと理解してもらえるかどうか判断がつかなかった。なにしろ、前例があるからな〉
モゲタンの言う前例とは、核融合の説明。
B-29との戦闘中に受けた核融合の説明を美月は上手く理解することができなかった。それは非常時ゆえに仕方がないこと。そしてその時よりも切羽詰まった状況での説明。モゲタンの言葉を、正しく理解できるはずもなかった。
「……まあ、それはそうかもしれないけどさ……」
〈理解してもらえて助かる。それに付け加えると、キミがワタシを信頼してくれているという確証があったからな〉
「まあ、信じると言ったけどさ。……あ、少し話し戻すけどさ、このデータはずっとこのまま機能不全を起こしたままの状態で飛び続けるのか?」
ならばそのうち墜落してしまう可能性があると思い、美月は質問を。
〈いや、残念ながらその可能性は非常に低い。すぐにでもシステムが改善され、陽電子砲を連射することが可能な状態になるはずだ、〉
「それはゾッとする話だな」
まだ脳裏に色濃く残っている、先程の光景を思い出しながら美月はボソっと小さな声を漏らす。
〈だからこそ、キミを急かしたのだ〉
急げと言っていた理由も判明。
「でもさ、もうこうやって内部に侵入したんだから、もうあの陽電子砲とかいうビーム兵器を恐れる必要はないだろ」
〈ああ、アレがこの機体の内部で発射される可能性はまずないだろう。だが、内部へと侵入した異物、つまりワタシとキミだが、を排除するために機体の外部ではなく、内部で変化、進化が起きる可能性が非常に高い〉
美月とモゲタンが、B-29の中に入ってから、データ側からの干渉は、つまり排除するための攻撃は一切ない。
だが、それも次の瞬間終わるかもしれない。また変化し、今度は内部での攻撃を行ってくることも十分にあり得る。広い空間での戦いが、今度は狭い空間での戦闘になってしまうかもしれない。
「そっか、だったら今のうちにデータを回収してしまおう」
そう言いながら、データをとろうとした瞬間、美月の伸ばした手が止まった。
〈どうした? 次の瞬間にもデータの活動が再開するかもしれない状況だぞ〉
モゲタンの催促が美月の脳内に。
「……それは分かっているけど、大丈夫かなって思ってさ」
〈どういうことだ?〉
「ほら、倒した、回収したデータの能力を得ることができるだろ」
〈ああ〉
「このデータを回収したら、核融合という人類には未知の力が手に入るだろ」
〈そうだが。だがキミの心配は杞憂だ。核融合の力はワタシが制御できる〉
「いや、それに関しては心配していない。お前を信頼しているから」
〈なら、何が心配なのだ?〉
「周りに悪影響を与えないかってさ」
核融合というエネルギーを手に入れ、それによってこれまでよりも強くなれるということは理解している。だが、それによって弊害が発生するのでは。そしてそれは自分にではなく、周囲の人間に悪影響を与えてしまうのでは、という危惧。
放射能という存在を完全に封じ込めるのならば問題はない。だが、世の中完璧というのはほとんどない。この場合も、もしかしたら自分の中から放射能が漏れ出るのではと美月は想像を。それによって桂を筆頭に、仲の良い年下の友人達に害をなしてしまうのでは。自分が傍にいることによって、少しずつ彼女達の体内に蓄積され続け、嫁入り前の大切な体を傷付けてしまう、幸せな未来を奪ってしまうのでは。
放射能全てが害悪というわけではない。やや異なるが放射線。これは温泉でも出ているし、医療関係、レントゲン撮影や治療手段でも浴びることもある、また旅客機での飛行も影響を受けることも知っている。だが、それらは微量である。核融合を取り込み、どの程度の量が漏れ出るのか? 未知ゆえの恐怖。
〈キミの危惧は理解した。たしかに制御はできるが、完全に防げるとはワタシも胸を張って宣言はできない。それによって周囲に人間に悪い影響を与えてしまう可能性もあるだろう。なら、こういうのはどうだろう?〉
美月の心配にモゲタンは提案を。
〈データは回収する。ただし、核融合の能力は分離してだ〉
「できるのか、そんなこと?」
〈可能だ。ワタシをコピーして、それで核融合を制御する。この機体そのものを人の目に晒さないように、何処かに隠す必要があるが、それほど難しいことではない〉
「それじゃ、それで」
〈だが、いいのか? この力を得れば、懸案であったエネルギー、カロリー不足という問題が解消されるぞ〉
たしかに問題点は解決するかもしれないが、それによって生じる新たな問題のほうが美月には大きかった。
「いい。カロリーはなんとかなるし」
面倒ではあるが、その都度補給をすることでなんとか補うことができる。
〈了解した〉
脳内にモゲタンの声を聞き、美月は再び、データを回収するために手を伸ばした。




