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ワクワク、中学生活 9


 あの日、美月みつきが行きたいと望んだ地は始まりの場所、秋葉原あきばはらだった。

 あれから二ヶ月近くが過ぎ、秋葉原の街は急ピッチで復旧していた。一部寸断された線路は元通りになり、崩壊および半壊したビルは壊され、入っていたテナントは店舗を替え営業を再開していた。遠ざかっていた人々の足も戻りつつあった。

 忌まわしき記憶の残る地に行くことをなぜ望んだのか、理由があった。けじめをつけるためだった。避けていたことに目を背けずにいる。これが今の自分に重要なことのように思えた。

 しかし、一つ問題があった。美月にとって秋葉原が後悔の地であるのなら、かつらにとっては悲しみの地だった。そこに行くことに素直に同意するとは思えなかった。

「うん、いいわよ。……私も、……行くつもりでいたから」

 悲しく、そして寂しい声で承諾の言葉が返ってきた。彼女もまたこの事件に、いつまでも囚われていてはいけない。踏ん切りをつけなければと考えていた。

 こうして連休に二人は秋葉原に行くことになった。


 当日、美月が桂に着せられた衣装は今まで着たこともないようなゴスロリ風の衣装だった。白のブラウスに黒のゴテゴテヒラヒラとした丈の長いスカート、さらには機能性を無視したブーツまで。

 桂が密かに購入していたものだった。袖を通し鏡に映った姿は客観的に見れば可愛らしいのだろうが、当人としては着慣れないことに気恥ずかしさを感じていた。それでもこれを着ることで桂が喜んでくれるなら、そう思うと着ないわけにはいかなかった。

 桂もいつものような淡い色使いの服ではなく黒を基調としたものだった。はからずも喪に服すような装いのものになった。

 一番被害の大きかった中央通の一角に献花台が設置され、そこには多くの花が献花されていた。そこに二人も花を奉げる。

 終始無言だった。互いに何も語らずにその場を後にする。けじめ、踏ん切りを付けたつもりだったけど、少し後ろ髪を引かれるような心境だった

 つかえていたものが取れたのか、それとも背負っていた心の中の重荷を下ろしたのか、桂の顔はここに来た時よりも幾分和らいだものになっていた。

「……さてと、これからどこ行こうか? 美月ちゃん他に行きたい場所ある?」

 目的を達してしまった。が、他にすることがなかった。時間はまだ昼過ぎ、このまま帰ってしまうのも、もったいなかった。

「……別に無い」

 行きたいと思いついたのは秋葉原だけで、他には何も考えていなかった。ここから近くに上野があるから買い物をするにも適しているし、見るような施設も多い。他の選択肢としては電車に乗り、新宿や渋谷に移動して買い物というプランだってある。けど、決められない。どこも絶対に行きたい場所じゃない。

「それじゃさ、私ちょっと行きたいところがあるんだけど」

「どこ?」

「あのね、……神保町。……古本街を久しぶりに覗きたいなと思って」

 少し恥ずかしそうに桂が小声で提案する。昔から彼女は好きだった。本屋を巡るだけで幸せそうな顔をしていた。金が無い時のデートには重宝したものだった。だから、異論はなかった。

「うん」

「それじゃ、歩いていこうか。ここからなら近いし、良いダイエットになるから」

 秋葉原から神田神保町まではさして距離があるわけではなかった。万世橋を越えて靖国通りにでる。それを西に進むと多くのスポーツ店が見えてくる。それを通り抜けると書店街へと辿り着く。三十分程の行程だった。

 店内に入り物色する楽しそうな桂の背中を美月は見つめていた。

「……ここにも無かった」

「何か探し物があるの?」

「うん。あのね、木地雅映子きじかえこさんという作家の最初の本を探してるんだけどね。文庫本は全部持ってるんだけど。この本にしか収録されてない短編が二編あって、それを読みたいと思ってるの」

 その名前は桂の本棚で見かけた記憶があった。けどその作者の本を美月は読んではいなかった。

「ああ、あの作家。それじゃ探すの手伝うよ」

 二人で目に付く本屋、新古問わずに中へと入り捜索した。隅から隅まで本棚を物色した。店員に尋ねたり、目録にも目を通した。

「美月ちゃん、そこは子供が入ったら駄目」

 探す事に夢中になり美月の足は子供が絶対に立ち入ってはいけない書店の中へと小さな足を一歩踏み入れようとしていた。それを慌てて桂が止める。こんな一幕もあった。

「無いわね」

「そうだね」

 九段下辺りまで来たが、結局目的の本は見つからなかった。それでも充足感のようなものが二人にはあった。

「それじゃ美味しいものでも食べて帰ろうか」

 肯く。

 と、同時に秋葉原方面から轟音と煙が上がった。美月の頭の中に久しく響かなかった警告音が鳴った。

(近くにいるのか?)

〈否、ここより少し距離が離れている。ワタシの機能は以前よりも大分と回復した。多少の距離でも察知できるようになった。この反応は先程まで君達のいた場所からだ。早く行って回収をするぞ。あそこで暴れると被害は大きくなるだろう〉

(あそこはデータのホットスポットか?)

〈そうではない。以前ワタシが回収しそこねたものだ。君の身体を借りて戦闘になったが双方ダメージが大きく、引き分けという結果になってしまった〉

(それなら、どうして今頃また出現するんだ?)

〈回復に時間がかかったのであろう。この地上には物質は豊富にある。それらを利用すれば多少時間はかかろうが復元できる〉

(そうか)

〈そうだ。それより急ぐぞ〉

 モゲタンが考え込みそうになった美月を急かした。それに同意する。ようやく復興しかけた街をまた破壊させるわけにはいかない。それに休日でまだ昼間、多くの人が行き交っている。放置をしたままでは再び惨劇の地となり、幾人もの犠牲者を、その中には桂も含まれるかもしれない、出してしまう可能性がある。

 美月は飛び出そうとした。

 その手を桂がギュッと握りしめた。

「どこに行くの?」

「ちょっと様子を見てくる」

 周りに通行客の中には美月と同じように現場に近付こうと靖国通りを東へと駆けて行く者も大勢いた。そこに加わろうとしたところを止められる。

「駄目よ。行っちゃ絶対に駄目」

 怒った顔で美月が行くのを引き止めていた。少し力を入れれば簡単に振りほどける、それだけの能力を美月は持ってはいたが、できなかった。

 桂は現場で何が起きているのか把握しているわけではなかった。ただ、危険なことがおきていると本能的に察知していた。そこに美月が行こうとしている。絶対に行かせられない。家族になったばかりの幼い少女を守るのが自分のすべきことだと思っていた。

〈早くしろ〉

 頭の中でモゲタンの声が大きくなる。警告音も大きくなる。

(分かってるけど、桂が)

「大丈夫だから。危険なところにまで行ったりはしないから。少し様子を見て、それからすぐに帰ってくるから」

 説得する。無理にこの繋がった手を引き離したくはなかった。

 桂の手にさらに力が加わった。二度と離れない、それを体現するかのように美月の手を強く、固く握りしめた。 

「行っちゃ駄目。何が起きてるのか分からないんだよ……美月ちゃんの身に何かあったらどうするの。すごく恐いんだから。……せっかく一緒に暮らすようになったのに離れるなんて嫌だから。……私はずっと美月ちゃんと楽しくいたいの」

 涙まじりの声で逆に美月が行くのをやめさせようと説得した。

 しかし急がないと多くの犠牲者を生み出すことも必定だった。

 無理にでもこの手を引き離し行かなくては。頭では十分理解しているのに体が動かない。

 頭の中に第三の音が響いた。モゲタンの声とも警告音とも違う音だった。

(……この音は?)

〈おそらくワタシと同種のものだろう〉

 以前言っていた言葉を思い出す。自らのデータをコピーして世界中に撒き散らした。そして誤って放出してしまったデータを回収する。美月と同類が回収のための戦闘を行っているのだろう。

 どんなのが自分の代わりにデータを回収したのか、その目で確かめたい心境に駆られた。しかし、泣いている桂の手を振り切っては行けなかった。

 煩く鳴り響いていた警告音が消える。

(回収されたのか?)

〈反応は消えた。おそらくそうだろう。データの回収は完了した。もうワタシ達の仕事は無い〉

 美月が赴く必要性は無くなった。見知らぬ誰かが、同じような境遇の人間が事態を収拾してくれた。

「……ごめん。……もう行かないから」

「うん」

 涙は枯れてはいないが、その顔は怒りの表情から笑顔になった。大きく手を広げて桂は美月をその胸に迎え入れた。美月はその胸に抱かれた。


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