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接近


 M51モッズコートを基にして麻実がデザインしたマルボロレッドのコート姿に変身し、美月は山梨の人気(ひとけ)の全然ない山の中でデータの接近を待ち伏せていた。

 現在データは、長野県を通過し、山梨県内の人口の少ないエリアの上空を東へ、東京方面へと飛行中。

 美月の能力を駆使すれば、全力で駆け付ければ、とうの昔に接近遭遇、その先の戦闘へと発展してもおかしくはなかった。

 だが、美月は全力で移動することはしなかった。

 心境を素直に吐露すれば、原爆という厄介な代物を二発も積んでいる可能性があるデータを一刻も早くなんとかしたい。

 そんな逸る、焦る美月に待ったをかけたのは左腕のクロノグラフモゲタンであった。

 モゲタンは、データは何もせず、東京に、美月の所に来ると予測。

 これは、ここまでの美月の移動から判断したものであった。

 美月の能力、空間転移を幾度も繰り返し行い、最初は移動していた。だが、この能力は非常にエネルギー消費が激しい。これではいざという時にデータと戦う力を使い果たしてしまう。

 そこでモゲタンは、美月に通常での移動を指示。

 美月は、常人離れした運動能力でビルの上を、鉄塔の上を、あるいは木の上を足場にして、推進力を得て進む。

 その際、人目を避けるために直進でデータとの距離を詰めるのではなく、少々遠回りのルートを。

 この時、データは奇妙な動きを。

 それまで真っ直ぐな、直進の移動であったのに、僅かにズレが。

 それは美月の居る方向へと進路を変更したようにも見えた。

 このことから、モゲタンは、データの狙いは東京ではなく、美月である公算が高いと判断。

 そして予想通りにデータが、例のB-29であった場合、最悪の事態、つまり原爆が作動してしまうという状況に備えて、人の全然いないような山の中で迎え撃つことを提案。

 山梨から東京、奥多摩にかけては千メートル級の山々がそびえるような地帯。

 万が一の事態になったとしても、被害を小さく抑えることができる。

 焦るような気持ちがないとはいえないが、それ以上にモゲタンに信頼を置いている美月は提案にのることに。

 持ってきた携帯食で、エネルギーを、カロリーを補給しながら待つ。

 変身時に身に付けたアイウェアの望遠機能を使用し、上空を見据える。

 頭の中の警告音はどんどんと大きくなってくる。

「あれだな」

 高高度を飛行するデータを視認することに成功。しかし、飛行機であるというシルエットは捉えることはできたが、それが例のB-29であるかという判断は美月にはできなかった。

〈B-29だ。間違いない〉

 モゲタンが断言を。

 美月の捉えた機影を素早く解析し、断定を。

「悪い予想というのは、当たってほしくないのに当たるんだよな」

 つい、愚痴のようなものを。

〈その心境は理解できるが、それを今嘆いても状況が変化するわけではない〉

「ああ、分かっている」

〈では、行くぞ〉

「ちょっと待った。麻実さんに連絡を」

 ここに来るまでの間、美月は約束通り小まめに麻実に現状を連絡していた。

 だが、その全ては文字情報で。

 移動中に口で、携帯電話の通話で知らせることも可能ではあったが、美月に頼まれている物を買い出し中で電話に出られないかもしれないという可能性を考慮し、メールで現状を。

 しかし、これで問題はなかった。現在位置を報告するだけであったから。

 だが、今回は敢えて電話で。

 データを目視、そしてその姿が懸案事項であったB-29。重要な情報である。

 数度のコールで麻実の声が。

『シロ、ゴメン』

 美月が現状を麻実に知らせるよりも早く、謝罪の言葉が飛んでくる。

「どうしたの一体?」

『桂に原爆のことを知られちゃった』

 内密にしておくはずだったのに。どうして話してしまったのか、そのことを麻実に問い質そうとした美月であったが、そのことを口に出す前に、とあることに気がつく。

「そこに桂はいるの?」

 桂は出勤したはず。

『今はいないけど、桂電車の中で原爆のニュースを聞いてそれでシロのことが心配になって帰ってきたの』

「……それは麻実さんは悪くないよ。仕方がないよ」

 世界中に発信されたニュースである。美月達が知らせないようにしていても、桂の目に、耳に入る可能性は高い。そのことをすっかり失念していた。

「それで桂は何処に行ったの?」

 自分のことを心配して仕事に行かずに帰宅した。麻実から現状を聞きだし、もしかしたら此方に単身向かっているのではと思い、訊く。

『シロに頼まれたチョコレートバーを買いに行ってもらっている』

「……そうか」

 その言葉に美月は安堵の息を。

『それで今そっちはどうなっているの?』

 麻実の言葉に、美月は現状を簡潔に説明。仔細は文字情報で。

『ほんと厄介ね。で、あたしはどうすればいい? 今あるだけの補給食を持ってそっちに行けばいいの?』

「まだ、いいから。手持ちに余裕があるから」

 空間転移を多用しての移動であったのなら現状美月の中のカロリーは、エネルギーはとうの昔に枯渇し、出る時に持ってきた補給食もとうの昔に底をついてしまっていたはずであった。だが、モゲタンの指示で通常の移動に変更したため余裕が。

『じゃあ、あたしはどうすればいい? 待機してる?』

「桂と合流して、チョコレートバーを確保しておいて。それで僕からの要請ですぐに出られるように準備しておいて」

『了解……シロ、頼んだわよ』

「……うん」

 少々歯切れの悪い言葉で電話を切った。

〈では、行くぞ〉

 美月の脳内にモゲタンの声。

「……もう少しだけ待ってくれないか……桂に電話したい」

〈構わないぞ。だが、時間はあまりないぞ〉

「ああ」


 桂に電話をかけよとした矢先、着信を報せるメロディーが。

 発信者は桂であった。

「桂、ごめん」

 ほんの数分前に自身に起きたことを、今度は桂に。電話に出るなりいきなり謝罪の言葉を。

『……どうしたの、稲葉くん?』

 電話の向こうからは桂の戸惑う声が。

「原爆のことを秘密にしていたから。それで、もしかしたら怒っているんじゃないかと思って」

『怒ってなんかないよ……』

「それじゃ何で電話してきたんだ?」

『……心配で……不安で……稲葉くんの声が聞きたかったの』

「……桂」

『声を聞けたらちょっと安心した。……あのね、絶対に原爆の爆発は阻止してねとは言わない。けど、必ず私の所に帰ってきてね』

「うん」

『お昼ご飯は難しいかもしれないけど、一緒に晩御飯食べよ』

「ああ。じゃあさ、桂が作って待っていてよ」

『私が。無理無理、稲葉くんが作ったほうが絶対に美味しいから』

「けどさ、俺は今から大立回りをするんだぞ。帰った時には、立てないくらい疲労困憊、ヘロヘロになっている自信がある。そんな俺に桂は料理を作れって言うのか、酷いなー」

『じゃあ、お弁当、宅配のお寿司なんかどうかな?』

「桂の手料理がいい。あ、そうだ前に作った麻婆焼きそば。あれ作って待っててよ」

『……うん、分かった。……だから絶対に帰ってきてね』

「うん、約束する」

『絶対だからね』


 桂との電話を切り、左手のクロノグラフモゲタンに話しかける。

「……行くか」

〈了解だ〉

「絶対に食い止める、回収する、原爆は落とさせない。そして、桂との約束を守って、それから麻婆焼きそばを食べる」

〈ああ、そのための力になろう〉

「頼むぞ」

 美月はそう言うと、空間転移を行い、高高度を飛行中のB-29へと向かった。



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