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出撃


 その警告音は小さい、微弱な音であった。

 これまでの経験から美月は知っていた。この程度の音の場合は、モゲタンの探知能力ギリギリの位置にデータが出現したということを。

 警告音がわずかに大きくなる。

 接近を知らせる合図。

 この警告音に美月は聞き覚えがあった。一言に警告音といっても、実はデータ毎に差異があった、個体ごとにわずかにだが違う音がしていた。

 美月は以前に何度か、この警告音を聞いている。

「おい、アレが来るのか?」

〈ああ、そうだ。西から来るぞ。現在の位置は長野県の上空だ。進行方向から見て、此方に、東京に来る可能性は高い〉

「やはりB-29なのか?」

 美月は、狐型のデータが、二発の原子爆弾を積んだままで墜落したB-29につき、活動をしているという仮説を立てていた。

〈それは現在のところ不明だ。この音は、あの狐型のデータの音だが、その姿までは今の段階では確認はできない〉

「そうか……それよりもまずは行かないと、確認しないとな」

 ゆったりした朝だったのに、突如慌ただしく。

 仮説が当たっていようがいまいが、データが出現したことにかわりはない。そしてこの狐型のデータは、強敵難敵であり、また世界中で暴れ回った実績が。

 そんな存在が、現在日本の上空を飛行中。今はまだ飛んでいるだけみたいだが、いつ暴れだすか、周囲を破壊するか分からない。

〈ああ〉

「その前に麻実さんに知らせておこう。この距離だと、まだ探知できないだろ」

〈彼女の能力から推察すると、このデータを感知できるのはおそらく市内に入ってからのはずだ〉

「そうか」

 そう言いながら美月は携帯電話をかける。

 だが、呼び出しのコール音が聞こえるだけで出る気配はなかった。


 よく知った相手とはいえ、年頃の少女の部屋に無断で入るのは少々気が引けてしまうが、緊急事態のおり、悠長なことは言ってはおれず、美月は空間転移で麻実の部屋へと。

 ぐっすりと眠っていた麻実を、叩き起こし、ちょっとだけ語弊があるが、強引に夢の世界から現実世界へと引きずり戻す。

 起こすことには一応成功したが、まだ半分以上寝ている麻実に今の緊迫した状況を口頭で説明しても上手く理解してもらえない可能性は高い。

 美月は、モゲタンの能力を借り、ナノマシンで直接麻実の脳内に説明を。

「大変じゃない、シロ」

 口頭で説明するという面倒も省け、時間も短縮、そして麻実の目も完全に覚める。

「それにしてもまさか西から来るとは。完全に予想外ね」

 計画の通りに東京湾から都内へと侵入してくる。もしくは東北方面からと想定していた。

「まだあのB-29と決まったわけじゃないから。だから、今から確認に行ってくる」

 美月が麻実に。

「それで、あたしはどうすればいいの?」

 この問いに美月は、すぐに答えることができなかった。

 して欲しい事は麻実を起こす前にモゲタンと相談して決めていた。狐型のデータがB-29であるのかどうか今の段階では分からない。けど、強敵であることは知っている。だから前回の時のように、必要なエネルギー、つまりカロリーを大量に消費しなければいけない状況になるはずと予想。したがって、麻実にはそのカロリーを確保してもらい、そして美月の報告でいつでもそれを運べるように待機してもらい、必要に応じて行動してもらう、と。

 だが、すぐにそれを言えなかった。

 それは、この瞬間に美月の脳内に、利己的な、自分勝手な身勝手な思考が突如浮かんだからであった。

 年下の友人達を安全な場所に、それが無理なら桂だけでも連れて都内から逃げてほしい。

 これから確認に行くのだから、まだ確実なことは言えない。けど、美月にはあの狐型のデータが原爆を積んだB-29であるという確証めいた勘のようなものが働いていた。

 原爆を起爆させることなく上手く対処できれば、それで何ら問題なし。けれど、そう上手く事が運ぶという、根拠のない自信はもてない。

 万が一、最悪の事態に備えて。

 だけど、その考えを美月は即座に振り払った。

 そんなマイナスの思考で挑んだりしたら、勝てる相手でも負けてしまう。絶対に勝つ、今度こそ破壊し回収する。そして絶対に都内には侵入させない、その前にケリをつける。

 喉元まで来ていた言葉を引っ込めて、美月は当初のプランを麻実に。

「了解。コンビニで買いあさって待機していればいいのね」

「いや、コンビニじゃなくてドラッグストアで。安いから」

 まだ切羽詰まったような状況ではないにしても、出来得るだけ早い行動が望ましい状況。それなのに美月はいつもの癖が出てしまい、より安いお求めやすい店、午前九時開店で、まだ開いていないお店での購入を指定してしまう。

「いいの?」

「それくらいの時間の余裕はあるはずだから」

「了解」

「あ、それと十時までに僕からの要請がなかった場合は、あのチョコレートバーを購入しておいて」

 味は好きではない、だけど一度に大量のカロリーを簡単に摂取できるチョコレートバーを買っておいてほしいと頼む。これは近所のドラッグストアでは取り扱っておらず、アウトドアショップでしか購入できない商品。

「分かった」

「じゃあ、行くから」

「シロ、連絡は小まめに頂戴ね」

「了解」

 短い返事の言葉のうちに、美月の小さな身体は部屋の中から消え去っていた。


「さてと、あたしも買い出しに行かないと」

 美月を見送り、麻実は着替え、そして頼まれたものを買いに。

 麻実の能力を使用すれば、文字通り、一飛びで行けるのだが、こんな時間帯、空を飛んでいる人間がいれば目立ってしまう。

 したがって、少々面倒だけど徒歩で。

 マンションを出たところで、出勤したはずの桂の姿を発見。

 それは桂も同じであった。

 麻実を見つけると、全速力で駆け寄って来る。

「桂、どうしたの? 忘れものでもしたの?」

 この麻実の質問に、桂はすぐに答えなかった。先程の全力疾走の影響で息が切れてしまったからである。

 しばしの間、肩で息を。荒い息が徐々に。息が整い。

「稲葉くんは?」

 麻実の質問に答えるのではなく、反対に質問を。いつもとは違う、早く、強い音で。

「……シロは、データが出てからその対処に」

 本当のことを正直に言う必要はないのだが、桂の剣幕におされて。

「それって原爆を積んだB-29?」

 続けざまの質問。

 その声には、すこしばかり悲痛な色が。

「どうして桂が原爆のこと知ってるの? まさか、シロが……」

 今朝がた、桂には余計な心配をかけないように原爆の件は秘密にしておくと約束していたはずなのに。ついうっかりと漏らしてしまったのではと思い、それを聞こうとしたが麻実は途中で思いとどまる。それは絶対にないはず。万が一にも出そうになった時には、モゲタンがブロックするはず。そう思考した。

 そして次に、出は何処でそのことを知ったのか?

 訊こうと麻実は思う。が、その前に、

「電車の中で他の人が話しているのが聞こえたの。あれは、あのB-29なのよね?」

 通勤で使用する車両の中で、他の乗客の話が偶然桂の耳に。それは昨夜、アメリカで発表された情報。

 普通の人間ならば、このニュースは七十年近く前に原爆を積んだままのB-29が墜落し行方不明になったというだけ。しかし、桂はB-29が今も世界の何処かを飛んでいることを知っている。

 その聞こえてきた会話の内容だけでは、墜落したB-29と、件のB-29が同じであるという判断は桂にはできなかった。会議に参加はしていたが、機体番号を覚えていたわけでもないし、また会話の中に機体番号が出てきたわけでもない。それなのに、桂の中に嫌な予感が芽生え始める。

 それが不安と恐怖へと変化していく。

 美月が強いことを桂は当然知っている。これまでも何度もデータと対決し、そして必ず自分の所に帰ってきてくれた。だけど、同時に原爆の力、悲劇もまた知っている。

 高校の修学旅行で訪れた広島の資料館で見た惨劇の生々しい痕跡。そして、出た後で吐きそうになるくらい気持ち悪くなったこと。当時の嫌な記憶と感覚が同時に桂の中で蘇ってくる。

 そんな悲劇をもたらす兵器がもうすぐそこまで来ていること。それ以上に、自分の愛する人がそれと対峙することに。

 居ても立っても居られなくなり、途中下車し、勤め先である学校に一報を入れて、下り線に乗って戻ってきた。

「それはまだ分からない。今、シロが確認に行っているから」

「もし原爆を積んだB-29だったどうしよう」

 麻実の言葉に耳を傾けず、桂は不安な気持ちを口に。その声は震えていた。

「大丈夫だから。桂、落ち着いて」

 落ち着くように麻実は、桂の手を取りながら。

 その桂の手は冷たく震えていた。

「無理だよ、原爆だよ、それも二発も」

「仮にそうだとしてもシロなら絶対に勝つ。旧世紀の兵器に負けないくらいに強いんだから。それは、あたしが保証する。それにあの二人なら、原爆のことも起爆させないで何とか解決できるからさ」

 悪い想像に飲み込まれ、焦燥感に苛まれ、怖さで震えている桂に、麻実はいつもの口調とは違う、ゆっくりと、そして諭すような言葉を。

 この言葉は桂にだけではなく、自身にも発しているものであった。麻実も、美月が強いことは十分に、それこそ身をもって知っている。だけど、もしかしたらという最悪な事態が起きてしまう可能性も否定できずに、頭の片隅にネガティブな思考が。それを振り払うために。

「……でも……」

 だが、桂の心配は止まらない。

「いつもの桂なら、どんな時でも信じるじゃない。だから、シロのこと信じて上げて」

 もう一度。今度は大きな、強い声で。

「……うん……私が信じないと」

 桂の表情が少しだけ落ち着きを取り戻す。

「それじゃさ、せっかくだから手伝って。シロから頼まれたものを買いに行く途中だったんだから」

「うん」

 二人は分担し、美月から頼まれた物を買いに走った。


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