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二人の朝ごはん


 かつらが起きる前に、美月は部屋に、ベッドの中へと舞い戻ろうとした。

 突然のニュース、そして急遽開かれることになった会議。

 それによって身も心も完全にくたびれてしまい、登校までのわずかな時間ではあるが、睡眠をとることで心身を休め事態に備えようと、というわけではなかった。遅い時間から明け方まで起きていたが全然眠たいという欲求は美月の中になく、このまま一睡もせずに学校に行くことは十分に可能。

 そんな状態の美月が何故、ベッドの中へと舞い戻ろうとしたかというと、それは桂のため。

 ずっと桂と同じベッドで眠る生活を続けてきた。なのに、起きたら姿が見えない、ベッドの中にいない、さらにいうと部屋にも姿なしというのであれば心配をかけてしまう。

 そんな余計な心配を桂にかけさせない、という配慮。

 だけど、この配慮は無駄に。

 空間転移で美月がリビングへと移動すると、そこには普段ならばまだ起きてないはずの桂の姿が。

 いつもはギリギリの時間まで眠っている桂なのに。

 まだ出勤までずいぶんと余裕のあるこの時間に桂が目を覚ましていたのには理由が。

 それはベッドの中に美月の温もりがなかったから。

 こう書くと、少々色っぽいことのように思われるだろうが、実情はそうではなく、桂は最近では改善されたとはいえ冷え性であった。寒い季節、布団と毛布以外の温かさを求めることも度々。その温かさは美月の体温。微睡の中で寝返りを打ち、美月の小さな身体に抱きついて、温もりと安らぎを同時に得ようとしたのだが、その相手がいつの間にかベッドの中からいなくなっていた。

 最初は寝過ごした、遅刻だと、桂は思ったが、カーテンの向こう側はまだ夜が明けていない。そして枕元の時計を確認。まだ起きる時間ではない。

 なら、どうして美月は急に、何も告げずにいなくなったのかをまだ半分寝ている脳で桂は推理。思い付いたのは、トイレに行っている。けれど、これが外れであることをすぐに思い知らされる。美月は全然帰ってこない。

 心配に。ついでに、完全に目が覚める。

 トイレに様子を見に行こうと考えるのだが、暖かい布団の中から抜け出すのは至難の業。しかし、自身の寒さよりも、美月のことを案じる気持ちが勝る。

 起きてトイレに。

 トイレには人がいる気配はなし、それどころか室内の何処にも。

 この時にようやく桂は、美月がいなくなったのはデータ絡みの事案が発生したからと思い付く。

 同時に、だったら一言声をかけてから行ってくれればと思いつつも、眠っている自分を起こさないという気遣いに少しだけ嬉しさを。

 が、心配であることにはかわりはない。これまで何度もデータ関連で美月は対応のために出ている。その度にちゃんと自分の所に帰ってきてくれている、心配は杞憂、と桂は思いつつも、心の片隅では案じてしまう。

 そのまま眠らずにリビングで、心配しなくても大丈夫とは思いつつも少しヤキモキしながら、美月の帰りを待つことに。

 これが桂が起きていた理由であった。

 美月の姿を見た瞬間、桂は安堵を、そして、

「データが出たの?」

 と、訊く。

 この質問に美月はすぐに答えなかった。

 いや、答えられなかった。

 わずかに逡巡した後、

「データは出ていない。けど、あのフーファイター、B-29の情報が入ったからみんなで会議をしていた」

 効果的な嘘をつくための方法を美月は二つ知っている。これは役者時代に、知り合いの脚本家から教えてもらったこと。

 一つは、具体的な数字を入れること、

 そしてもう一つは、本当のことの中に嘘を混ぜること。

 急遽知ることになった情報をもとに、デーモン達の臨時会議が開かれたことは事実。そのことを素直に話す、しかし肝心なこと、二発の原子爆弾を搭載しているかもしれないということは桂に知らせたくない、余計な心配を負わせたくない。だから、本当のことを話し、一番重要なことを隠す。嘘をつくことに。

「そうなんだ。けどさ、起こしてくれてもよかったのに。私は力になれないかもしれないけど、それでも今まで何回も参加したんだし」

 桂はデーモンではない。何の力もない一般の人間である。だがしかし、事情を知っている。だからこそ、普通の人間であるにもかかわらず、これまで何度も美月と一緒に会議に参加を。

「気持ち良さそうに寝てたから、起こすの悪いと思ってさ」

 これは紛れもない事実。桂はぐっすりと眠り、気持ち良さそうな寝息を立てていた。

「寝顔見てたの」

「ちょっとだけな」

「変な顔してなかった?」

「大丈夫。普段から変な顔だから」

 本心ではない、冗談。

「ひどーい」

 言葉とは裏腹に、桂は美月に抱きつく。

「ゴメンゴメン。それよりさ、朝飯食おう。いつもよりも早いから、何かリクエストがあったら応えるけど」

 いつもは朝の慌ただしさもあってトーストとコーヒー。

「じゃあ、フレンチトーストがいい」

「他には?」

「別にいいかな。朝からそんなに食べられないし」

「了解」

「あ、コーヒーは私が淹れるね」

 分担作業で朝食の準備を。

 美月は、一緒に桂のお弁当もこしらえる。


 出来上がった朝食は桂のリクエストでフレンチトースト、それにいつもよりも濃い目に淹れたコーヒーでカフェオレを、そこにヨーグルトとサラダ。

 いつもの慌ただしさとはちょっと違う、少しだけ優雅な、そしてゆったりとした朝食。

 そして、二人だけの朝食の時間。

「麻実ちゃん起こさなくてもいいの?」

 食べる前に桂が。

「うーん、多分寝ていると思う、さっきご飯できたって電話したけど出なかったから。まあ、帰る時に今から眠る、今日は学校サボるって言ってたし」

 日が昇る前に会議は終了した。だが、今は冬。ほぼ徹夜といってもいいような時間まで起きていた。

「稲葉くんは眠くないの?」

「ああ、俺は大丈夫。問題なし。それより食おう」

「うん、じゃあいただきます。

 他愛のない会話。

 でも、それが少しだけ幸せに感じるような時間。

「二人だけの朝ごはんもいいけど、なんかちょっと違和感あるよな」

「いつもは麻実ちゃんがいるから、賑やかな朝だから」

「もう一回電話してみるかな」

「良いかも。今回のことがきっかけで昼夜逆転の生活に突入したら大変だから」

 かつて、昼夜逆転の生活パターンになってしまい、正常な生活に戻すのにすごく苦労した生徒のことを思い出して桂が言う。

「そうだな」

 そう言いながら美月は携帯電話を。

 コール音はやがて留守番電話サービスの音声に。

「出ない。やっぱりまだ寝てるよ」

「まあ、寝かせておいてあげようか。教師の立場でこんなこと言うのはなんだけど、今は授業があまりない時期だから。言い方は悪いけど、出席していなくても問題はないから」

 期末試験が終了し、後は学期末に成績表をもらうだけ。

「了解」

「昼夜逆転は、私達が注意していれば防げるはずだし」

「うん、分かった。ああ、それはそうと桂そろそろ準備しないと」

 時計を見ると、出ないと電車に乗り遅れてしまうような時間に。

「本当だ。ゆっくりし過ぎて遅刻なんかしたら本末転倒だ」

 

 ゆったりとした時間だったのに、一転いつものように慌ただしい朝に。

 大慌てで準備をし、急いで部屋から出ていく桂を見送り、美月は朝食の後片付けを。

 そんな美月の脳内に突如データ出現を知らせる警告音が。



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