緊急会議
この世界の歴史は、我々の世界の歴史とは少々違います。
ご留意ください。
緊急、会議が行われることに。
議題はもちろん、あのフーファイター、B-29について。
件の機体は現在の所、行方は不明になっている。そのまま永遠に不明のまま消滅してくれるのであれば万々歳なのだが、そんな楽観的な思考はできない。何れまた何処かに出現する公算は高い。その上、厄介なことに機体には七十年近く前の負の遺産が未使用のままで搭載されている可能性が非常に濃厚。
そして、それが作動した場合、大きな被害が出ることを、歴史が物語っている。
絶対に投下を阻止しないと。
かの機体の計画から考えれば、東京に飛来し、目的を果たす。その可能性が高い。
だが、あくまで可能性が高いというわけで、それは絶対というわけではない。
シベリアの森林の上をずっと漂っている可能性もあるし、アラスカへと渡っているかもしれない、あるいは北極圏で活動を停止するかもしれない。
つまり、全く分からない。
これまでは実害がないのであれば放っておいても、大きな影響はなかった。
だが、機体に積まれた二発の原子爆弾のことを知ってしまった以上、放置していい存在ではなくなった。
予想通りに来てくれるのであれば、東京上空を警戒するだけでいい。
けれど、予想が外れた場合は。
現在の所、日本でデータの対応に当たることができるデーモンは、美月と麻実の二人だけ。
狭い島国と揶揄されることが多いが、実際にはそんなに狭くはない。世界的に見ても、上位半分以上の国土面積がある。
二人でカバーするにはあまりに広すぎる。
そこで、アメリカ、それからヨーロッパからの応援が決定。
しかし、肝心の原爆についての対処については良い案が出ないままで会議は一時閉幕を。
会議終了後、美月はまだ麻実の部屋に。
いつもならば、このような重要な会議は美月の部屋、正確には桂のだが、で行うのだが、今日のは深夜帯という時間、かつ眠っている桂を起こさないようにという配慮のもとで、麻実の部屋で。
「シロ、はいコレ」
部屋の主である麻実が、美月に買い置きのペットボトルを渡す。
普段の三度の食事はもちろん、おやつまで、美月達と一緒に食べている麻実。したがって、この部屋には調理器具はもとよりお皿やコップといった食器も一応はあるのだが、無いに等しいような状況。
そんなのだからお茶を淹れて出すようなことは当然できる訳はなく、買い置きのペットボトルのジュースを。
「ありがとう」
重たい会議の内容であったからなのか、それとも深夜、いや明け方に近い時間帯からなのか、二人は黙ったままでジュースを。
「……それにしても……」
しばし沈黙が続いた後で口を開いたのは麻実であった。
「ルーズベルトってどんだけ日本人のこと嫌っていたんだろ。もう一人のルーズベルトは、子熊を助けるような博愛精神の持ち主なのに」
もう一人のルーズベルトのこのエピソードがテディベアの誕生へと繋がっている。
「さあ、分からない。……けど、それを今言っても仕方がないことだし」
「けどさ、どうせだったら計画中止を命令してから死んでくれればいいのに。おかげで後世の人間は大迷惑よ」
ルーズベルトは、長崎への原爆投下の報告を聞いた後に急死を。一説には、喜びのあまり脳の血管が切れて、そのまま脳溢血でぽっくりと。
「それか不謹慎だけど、墜落の時に一緒に爆発してくれればよかったのに」
その時爆発していれば、墜落した地域は一時的に汚染はされるだろうが、こんな緊迫した状態にはならずにすんだはず。
続けざまに、そんな愚痴のような言葉を麻実が漏らす。
〈そうだな。搭載しているものが広島型だったら、麻実の言うように墜落の衝撃で作動していたはずだ〉
麻実の言葉に反応して、モゲタンが美月の脳内で。
「どういうことだ?」
〈広島に投下された原爆、リトルボーイと同じ製造方法のものならば、衝撃によって作動して爆発した可能性が非常に高い。麻実の先程の発言のように、このような事態にはならなかったであろう。だが、あの機体に搭載されていたのはどちらも長崎に落ちたものの進化型。安全装置がより強固なものになっている。公表された資料によればだが〉
「どうしたのシロ? モゲタンがなんか言ったの?」
美月は先程脳内で受けた説明を麻実に。
「たしかさ、リトルボーイよりもファットマンのほうが威力は高いよね」
ファットマンは長崎に落ちた原爆の名前。
被害自体は広島のほうが大きい。しかし、爆弾の威力は麻実の言う通りファットマンのほうが上。長崎の被害が広島に比べると低かったのは、偏に地形によるもの。大半が平地の広島に比べて、長崎は坂の町と呼ばれるほど高低差のある土地。山という遮蔽物のおかげで、直撃の被害を免れた地区も。
「うん、そう」
その辺りの知識は美月も知っていた。
「そんなのを二発も東京に落とそうなんてさ。そしてまた落ちる可能性があるなんて」
東京にも高低差は存在する。しかし、この土地の大半は海を埋め立てたもの。つまり、なだらかな平地。
そんな場所に二発の原爆が投下されたら。
広島以上の被害が出ることは、容易に想像できる。
そして何より当時よりも、東京の人口は増えている。莫大な被害者が。それだけではなく政治、そして世界経済に与える影響は大きい。
「止めないと」
「うん。……そういえばさ、ちょっと話変わるけど、シロはさっきの会議で、どのルートを通ってくるかは分からないけど、絶対に東京の上空にやって来るって言ってたけど、それってさB-29の目的地がここだから?」
少し前まで開催されていた会議で、美月はあまり発言、本当はチャットなのだが、しなかったのだが、資料通りに東京上空で二発の原爆を投下する公算が高いという、大方の意見を支持するような表明を行っていた。
「うん、それももちろんある」
「もちろんってどういうこと?」
「アレにはついているはずだから」
「ついているって? ルーズベルトの怨念みたいなのが憑いていて、絶対に東京を壊滅させる、ってこと?」
「そうじゃないよ。ついているのは、あの狐型のデータ」
「それってさ、前にシロが言ってたやつだよね。でも、その仮説は信憑性が薄くなったって話になったんじゃなかったっけ」
以前美月は、フーファイター、B-29の正体は、小笠原近辺の太平洋で仕留めそこなった狐型のデータではないのかという仮説を出したことがあった。そのデータが出現する場所には、大体の場合他のデータが出現するということが多かったから。だが、最近ではフーファイターが目撃されたからといって、他のデータが活動を開始したという事例もなく、この説は否定されることに。
「けど、完全に否定されたわけじゃないだろ」
「まあ、たしかにそうだけどさ」
「それに、これは俺の勘なんだけど。絶対にアイツは、俺の所に来るような気がするんだ」
あの時はとどめこそ刺すことはできなかったが勝つことはできた。だけど、逃げられてしまった。そのデータが力を蓄え、前よりも強力になって、自分にリベンジを挑みに来る。そんな気がしていた。
「……でもそれって、勘でしょ?」
「うん、只の勘。だから、外れた時のことを考えて、不測の事態に備えて、応援を断らなかった」
そう、只の勘である。
絶対ではない。外れる可能性だって高い。
そうなった場合、東京以外の場所が被爆地になってしまうことに。
「うん、まあシロの言うことは一応理解した。そんで、もう一ついい?」
「まあ、俺に答えられることなら」
「このことは桂には言うの?」
デーモンではないが、関係者としてこれまで多くの会議に参加してきた桂。けど、今回は就寝中であり、まだ原爆のことは知らない。
「……いや、言わないでおく。流石に今回の件は言えないよ。それに知っている人間は少ないほうがいいし」
桂が外部に情報を漏らす可能性は極めて低い。だけど、絶対ではない。万が一にでも原爆の件が世間に漏洩してしまったら、どのような事態に陥ってしまい、社会が混乱するのか、容易に想像できる。
そして、桂には余計な心労を負わせたくない。
「了解。これは絶対に秘密ね」
「うん、お願い。それからもちろん、他のみんなにも内緒だからね」
他のみんなとは仲の良い友人達。
「しないよ。……シロ、絶対に投下させないようにしようね」
「うん」
二人は顔を見合わせ、固い決意を言葉にした。




