大人の文化
矛盾があったので少し修正。
十一月三日、文化の日。
この日は祝日、だけど土曜日。中学生である美月と麻実はもちろん、結構多忙な桂もお休みである。
美月はこの日は桂に付き合うことに決めていた。
というのも、ここ最近、データ及びフーファイター関連で桂にあまり構ってやることができなかったから。
フーファイターの正体がB-29であると判明した日は、その後謎が増えたということもあるのだが、普段はちゃんと作る美味しい夕食も手抜きどころか、近所のスーパーで買ってきたお惣菜がパックのままでテーブルに並ぶという有様に。
美月の作る食事を楽しみにしながら仕事から帰ってきた桂を少し落胆させてしまうという事態が。
そのことで桂は、拗ねて怒ってしまい、喧嘩へと発展してしまう、ということはなかった。けど、その埋め合わせというわけではないのだが桂のしたいことに付き合うことに。
桂は「二人で一緒に行きたい場所が」と美月に言う。
ということでここ最近では珍しく、二人だけで出かけることに。
美月は、おそらく書店巡りか、またはアパレル関連のはしごだろうと想像していた。
というのも、去年の文化の日、神田神保町で桂が長年求め続けていた小説を探した。
それと夏以降、あまり二人だけで服を買いに出かけていない。
最近は免れていた着せ替え人形になることを、桂が喜ぶのであるならば、甘んじて受けようという覚悟を。
だが、桂が美月を連れて訪れた場所はその二つとは全然違う所であった。
桂が美月と連れ立ってやって来た店は、都内でも有数の、いや全国でも有数の、新宿にある洋酒の、ウィスキーの専門店。
最近嵌っているハイボールの元になるウィスキーを探しに来たのだ、と美月は思った。
同時に、ゴールデンウィークに桂の兄の文尚から借りたマンガ、この秋ドラマのシーズン2が放送中、の酒が呑めない主人公のモノローグも浮かんでくる。
酷だ、残酷だ。
この少女の姿になってからアルコールの摂取をできる限り控えてきた。未成熟な身体ながら、アルコールを体内に入れてもさほど問題はない、これはモゲタンからもお墨付きをもらっている。しかしながら社会通念上、また飲食を共にしている麻実にあまり悪影響を及ぼさないように配慮してきた。
それなのにこんな場所に連れてくるなんて。
呑みたいという欲求が美月の中で沸々と湧き上がってくる。
稲葉志郎であった頃、強くはなかったが、呑むという行為は好きであった。飲酒歴は、小学生の時のお神酒から始まり、中高生時代はビールを、そして成人前には日本酒を少々。それから中華料理屋でバイトしていたこともあり紹興酒も。
ウィスキーはあまり呑む機会に恵まれなかったが、最近美味しそうにハイボールを呑む桂を少々うらやましく思っていた。
だけど、我慢していた。
それなのに、こんな場所に連れてくるなんて。
もしかしたらこれはある種の復讐なのではないかと美月は勘ぐってしまう。
先日、データ絡みでバタバタして夕食が作れずにお惣菜になってしまった。その時の復讐、というのは大袈裟かもしれないが、ちょっとした悪戯心でこんな場所に連れてきたのではと想像してしまう。
これなら一日ずっと着せ替え人形になっているほうがまだマシかもしれないと美月は思ってしまう。
そんな美月の耳に、桂の声が飛び込んできた。
「稲葉くんは、どっちがいいと思う?」
そう言いながら桂は美月の前に二本のボトルを。
一本は、ニッカの竹鶴。
もう一本は、サントリーの山崎。
両方ともに日本を代表するようなウィスキーである。
ニッカの竹鶴は、日本初のウィスキーブレンダーであり、また創業者でもある竹鶴政孝の名を冠して作られたピュアモルトウィスキー。
対する山崎は、日本初のモルトウィスキー蒸留所の名を冠した高級ウィスキー。ちなみに、この蒸留所の初代所長は竹鶴政孝である。
普段、桂はサントリーの角瓶をハイボールにして呑んでいる。この二本は、ハイボールにするのは少々、いやかなりもったいない代物。ストレートで、それが無理ならばロックで味わうような、楽しむようなお酒。
だけど、呑むのは桂。
呑めない自分にそれを聞くのかという憤りを隠し、店内なので他の客の迷惑になってしまうから、それでも少しぶっきらぼうに、
「どっちでもいいんじゃない。……どうせ、俺は呑めないし」
と、答える。恨み言を少しだけ含みながら。
「えっ? これは稲葉くんと一緒に呑むものだけど」
キョトンとした顔で桂が言う。
「はあ? 桂、何言ってるの?」
美月は、桂の言葉を上手く理解できずに聞き返す。
「いつの日か、稲葉くんが元の姿に戻った時のお祝い用。もしかして、万が一戻れなかったとしても五年経ったら社会的に呑んでも大丈夫な年齢になるでしょ」
「……ありがとう……でもさ、それだったらその時に購入すればいいんじゃ」
復讐ではなく善意での行動であった。
そのことに対してもお礼を言い、そして今買う必要性はない旨を。
「ウィスキーに詳しい先生に聞いたんだけど、これから国産のウィスキーは多分価値が上がって、入手が困難になるかもって。だから、今のうちに買っておこうかと」
「うれしいけど。でもそれだったら日本酒のほうが」
自分の好みを。
稲葉志郎であった頃は日本酒、冷酒、が一番好きであった。呑みたいけど、高値で手が出なかったお酒もいくつかある。
「私は日本酒呑まないし。それに稲葉くんにもウィスキーのおいしさを知ってもらいたいから」
桂は日本酒をあまり好まなかった。
「でもさ、そのウィスキーだと桂がいつも呑んでいるハイボールにするにはもったいないような気が」
「大丈夫。その頃にはきっと私もストレートでウィスキーが楽しめるようになるくらいお酒に強くなっているはずだから」
「本当に?」
普段は節度を持ってアルコール文化を楽しんでいる桂であったが、時折悪酔いし醜態をさらし周りに迷惑をかける、とまでいかなくとも美月に面倒をかけることも、二日酔いで、偶に。
「……多分。あっ……もしかして稲葉くん、私がお酒に強くなるのは嫌なの?」
「そんなことないよ」
女性はお酒に弱くないといけない、なんていう偏見を美月は持ち合わせてない。演劇関係で酒豪の女性を何人も知っている。
「だったらさ、今はまだ無理だけど、一緒に強くなる、というか楽しめるようになろうよ」
「そうだな。それじゃ一緒に選ぼうか」
「うん」
台詞だけ聞くと、仲睦まじい恋人同士の語らいなのだが、傍から見ると、店内には似つかわしくない百合百合しい雰囲気を醸し出していた。
それはともかく、二人だけの会議が開始。
二人が選んだのは竹鶴21年。
ここ最近桂がハイボールに使用しているのは角瓶。同じ会社から出ている山崎を選んでもおかしくはないのだが、美月の左腕のクロノグラフモゲタンにウィスキーの情報を検索してもらい、その時に竹鶴政孝とリタの夫婦の物語を入手。これを桂に伝えたところ、いたく感激し、そこで竹鶴を選択。
しかし、ここからまた少々悩むことに。
竹鶴は、12年、17年、21年、25年といくつもの種類が。これは山崎にもいえることなのだが、数字が上がると値段も上がる。
悩み、話し合い、その結果21年を購入。
その時、一緒に美月のたっての希望でギネスビールも購入。
割れ物であるウィスキー、それから荷物になってしまうギネスビールは郵送してもらうことにし、二人は仲良く、手を繋ぎながら店外へ。
その後新宿で買い物を楽しむ。
途中、麻実から電話が入り、夕方には帰宅する予定を延長することに。
久し振りの二人でのデートを翌日まで楽しんだ。
バレンタインの話で、美月がカクテルを試飲していたことをすっかりと忘れていました。




