超要塞
「それにしても意外やったな、美月ちゃんがガダルカナルの場所知らへんかったとは」
昨日の麻実による歴史の授業、二次大戦、大東亜戦争編、の話を翌日教室にて。
そこで出たのが先の知恵の言葉。
その言葉に続くかのように、
「ホント、あたしでも知っているのに」
「美月ちゃんって何でも知っていると思っていたのに」
文と靖子が驚きの声を。
「いや、出来事自体は知っているから。ただ、地理がちょっとあやふやだっただけで」
美月は慌てて小さな声で、言い訳めいた発言を。
だけど、そんな美月の言葉を遮るかのように麻実が言う。
「まあ知恵はともかく、二人とも知っているということは常識なのよ、シロ」
「ちょっ、ウチはともかくってどういう意味なん、麻実さん」
「だって、知恵のミリタリ関係の知識はお父さんからでしょ」
「まあ、そうやけど」
「だから当然知っていると思ったわけよ。まあ、それは置いておいて、二人はどうやって知ったの?」
「あたしは、小学校の時の戦争学習でかな。地図付きで習ったの覚えてたから」
「……私は……遠縁の方が、ガダルカナル島の戦闘に参加して、そのまま帰ってこなかったって小さい頃からよく聞かされていたから」
七十年以上も前の出来事、歴史上のこと、だが靖子の言葉で、みなが自分達とは関係のない遠い昔の話ではなく、意外と地続きの話であると思い、少々しんみりとした重い雰囲気に。
「そやけど、さすが美月ちゃんと麻実さんやで。しっかりとデーモン関連のニュースをチェックしとるわ」
少し重たい雰囲気を吹き飛ばすように、知恵がわざと大きめの声を出して言う。
「……うん、まあ」
当事者なのだからチェックするのは当たり前、というよりも情報を収集しておかないといざという時に大変な目にあってしまう可能性もなきしもあらずで、役に立つかどうか分からないが備えておく必要が。
だが、そのことを正直に話すわけにもいかないので、美月は曖昧な返事を。
「当然よ」
それとは反対に、麻実は大きな胸を突き出し、腰に手を当てて、身体を反り返らせて、そんなことは当たり前というように言う。
「ほね、件のフーファイターがレシプロ機のシルエットやったってのは知ってる?」
「もちろん」
麻実が言い、美月は黙ったままで首を縦に。
その情報は、昨日のデーモン同士の会議でも出ていた。
「そやったら、それが爆撃機やったというのは?」
それについては初耳であった。昨日のモニター上の文面には、そんな言葉は出てこなかったはず。
(そんな情報あったか?)
美月は首を振りつつ、脳内でモゲタンに訊ねる。
〈いや、そんな情報は昨日の会議上では上がっていない〉
(おいおい、俺達よりも普通の人のほうが情報があるのか?)
〈彼女を、知恵を一般の人間として捉えるのはどうかと思うが。それはともかく全てのデータの情報をいち早くキャッチできるわけではない。市井の噂話を拾い上げ、知りうることもある。今回の情報、いやまだ不確定なのだから噂は、ワタシよりも先に知恵が入手したというだけのことだ〉
(まあ、そういうものか)
美月が脳内でモゲタンとの会話をしている間にも、友人達の話は進行中。
「爆撃機って、爆弾を落とす飛行機だよね」
「そやな」
「B-29みたいなのかな」
靖子が口にした機体は、先の大戦中日本各地に飛来し空襲、そして広島長崎に原子爆弾を投下した、七十年以上経った今でも、ある意味一番知名度のある爆撃機。
「デーモン絡みだから昔の飛行機が飛んでてもおかしくないとは思うけど、それでもやっぱり古すぎないかな。だって、あたしのお祖母ちゃんが生まれる前のだよ」
と、文が言う。
「いや、B-29は未だに現役というか、アメリカで飛んでる機体があるみたいやで」
大半の機体は老朽化し、廃棄されたのだが、中には動態保存されたものもあった。
「ああ、それ聞いたことある、というか何かで読んだ記憶ある。あれ? B-25だったかな、たしか笹本祐一の『宇宙へのパスポート』でそんな漫画が載っていた記憶が。まいいか、それよりもあの国って、変なところで物持ちいいわよね。流石にB-29よりは新しいけど、それでもA-10とかB-52を運用しているし」
「あ、B-52って聞いたことある。もしかしたらそれが飛んでいたんじゃないの?」
「私もニュースで」
「いや、アレが飛んだらニュースになるで」
「それにレシプロ機じゃなくて、ジェットだからね」
「でもさ、秘密裏に飛ばしたとか」
「空母からとか」
「麻実さん、それネタやろ。昔、とある野党女性議員が国会内でB-52を出撃させるというやつ」
「そう、流石知恵ね。このネタを理解してくれるとは」
理解できない、美月を含む三人をよそに、麻実と知恵は固い握手を。
「ちょっと話ズレるけどさ、ウチはレシプロ機やなくて、どうせならヴァルキリーが飛んでほしかったわ」
「マクロスの?」
「それってこないだ美月ちゃんの家でちょっとだけ観たアニメよね」
「あれ凄かったよね。あたしらの生まれる前の、しかもCGじゃなくて手書きのセルアニメなのにムチャクチャ動いてて」
美月が反応し、靖子が続き、そして最後に文が感想を。
「ああ、ちゃうちゃう。ウチが言うとんのはXB-70。超高速の幻の爆撃機」
知恵の言っていたヴァルキリーはアニメ『地上要塞マクロス』に出てくるバルキリーではなく、アメリカが、マッハを超える高速で敵国に侵入し、爆撃するというコンセプトで開発した機体。巡航速度マッハ3を誇る白い爆撃機。しかしながら計画中に対空ミサイルの性能が向上し、二機だけ試作され、正式採用されなかった機体である。現存する一機は、オハイオ州のライトパターソン空軍博物館に所蔵されている。
「知恵も笹本さんの本を読んだの?」
「読んだけど、ウチが読んだんは『星のパイロット』」
「エリアルもいいしモーパイもいいけど、あのシリーズもいいのよね。とくに『彗星狩り』
「そうそう」
「ヴァルキリーが飛ぶのはちょっといいかもね。だったら、あたしはSR-71がいいかな」
麻実の出した機体は超高速、高高度の戦略偵察機。先程のXB-70とは異なり、コチラは実戦配備された機体である。
「美月ちゃんは何がええ?」
知恵が美月にだけ訊く。
これは、他の二人は多分興味なんかないだろうと思ったからであった。そしてこれは間違いではなく、文と靖子はたとえ訊かれたとしてもそれに応えるだけの知識はなし。
美月はしばし考える。
だがこれは知恵の問いにではなかった。
ヴァルキリーについての知識はないのだが、麻実の言ったSR-71は漫画で読んで知っている。高速で飛ぶので、飛行能力のない自分では対応するのが困難になるだろうなと想像し、かといって麻実に手伝ってもらったとしても破壊、及び回収するのは非常に難しいだろうと、脳内で簡単なシミュレーションを。
だけど、それを口に出すわけにもいかずに、
「B-29でいいかな」
この機体でも厄介なことには変わりはないのだが、それでもまだなんとか対処できるはずと考え、別にそれを口に出す必要性はなかったのだが、思わず言ってしまった。
美月の読んだ漫画は『ヘルシング』




