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F1 IF   

2012年の出来事を調べていたら思い付いたネタ。


 十月九日、朝。

 とある話題が日本中を席巻していた。

 まあ、席巻したというのは大げさな表現だが、それでも多くの人々の話題に上ったのは事実である。

 では、一体何が起きたのか?

 それは二日前の出来事。つまり十月七日に美月や桂の出身地である三重県にある鈴鹿市で開催されたF1グランプリでのこと。

 晴天、秋晴れの下でスタートしたレースで唯一の日本人レーサー小林可夢偉が大活躍を。

 四番グリッドの可夢偉はスタートで少し出遅れたものの、今年多くのドライバーに被害を出したグロージャンミサイルを掻い潜り、一コーナー二コーナーを抜けS字へと駆け上がって行く。

 そこからポジションを少しずつ回復、順位を着実に上げていく。

 そして終盤にはマクラーレンのJ・バトンと激しい鍔迫り合いを、抜きつ抜かれつの攻防を、残り数周では手に汗握るテールトゥーノーズのデッドヒートを繰り広げる。

 その結果、佐藤琢磨以来八年ぶりに日本人が表彰台に上がることに。そしてここ鈴鹿サーキットでは鈴木亜久里以来二十二年振りに日本人がポディウムに立った。

 それも二位という、今まで日本人が誰も成し得なかった順位、偉業を。

 鈴鹿の表彰式では可夢偉コールが沸き起こるほどの大盛況に。

 しかし、F1で日本人が表彰台に上がったからといって、モータースポーツ文化に関心の薄い日本では、こんな大快挙といっていいようなことが起きても世間の話題を席巻するまでには至らない。

 そして、何故翌日の八日ではなく九日の朝に多くの人々の話題になったかというと、話にはまだ続きがあったからであった。

 翌八日、フジテレビは今年から中止していた地上波での放送を急遽決定。しかも、深夜枠という時間帯ではなくゴールデンタイムに特別番組として日本グランプリを。

 これが大当たり。

 平均視聴率は20%越え、瞬間最高視聴率に至っては30%を。

 だが、快挙はこれで終わりではなかった。

 番組終了間際、大盛り上がりの表彰台の場面で突如ニュース速報が。多くの視聴者が事件か、事故か、何が起きたんだと注視する中、画面の上に出た文字は、小林可夢偉が来シーズン、名門フェラーリと契約したというもの。

 フェラーリは、2009年の事故以来ずっと不振が続いていたF・マッサに代わり、小林可夢偉をフェラーリドライバーとして起用すると発表したのである。 

 日本人初の、フェラーリF1ドライバーが誕生した。

 もしかしたら来シーズンこそ念願であった、ポディウムの頂点に日本人が立つかも。表彰台の真ん中に日の丸が。そんな期待を抱かせて。

 フェラーリというネームブランドは凄まじいものである。モータースポーツはもとより、車にあまり詳しくないような人間でさえ聞き覚えのあるスポーツカーメーカー。

 普段はそんなことに全然関心を示さないような人々にまで届くようなビッグニュースになった。


 美月の通う中学の教室内でも、そこかしこで小林可夢偉の話題で盛り上がりをみせていた。

 彼等、彼女等の親世代はバブル期に青春を過ごしてきたものが多い。バブルの時の日本では空前のF1ブームが、モータースポーツが大盛況であった。

 その世代が昨日の高視聴率に大きく貢献を。その時一緒に観て、モータースポーツ、F1の面白さを知ることに。

 それは美月の周りの人間にも起きていた。


「美月ちゃん……昨日のF1観た?」

 珍しく、いつもよりも遅めの時間に麻実と一緒に登校し、教室へと入った美月に靖子が少々遠慮がちに声をかける。

 というのも、先程まで昨日のF1放送の話を文と知恵としていた。それをこのまま続けるのか? もし美月が観ていないのなら別の話題にした方が、そう考えての言葉であった。

 靖子がこんな配慮を、思考に至ったのは、美月の家が女所帯であるからであった。自分は父親への付き合いで昨日の放送を観たが、女性ばかりの家ではモータースポーツに興味のあるような人はいなくて、結果昨日の放送を観ていないのでは、そんな想像が働いたからであった。

「うん、観たよ」

 そんな配慮は無用であった。たしかに靖子が内心で危惧したように、女性ばかりの家ではそんなものに微塵の興味も示さないかもしれない。だがしかし、美月は見た目こそ可憐でボーイッシュな女子中学生であるが、その中身は三十路前の男。

 最近ではあまり観なくなっていたF1を久し振りに、いつもは桂や麻実に合わせてテレビを点けているので、無理を言って二人を巻き込むようにして観た。

 そして非常に楽しんだ。

 結果は知っているのに面白いレースだった。

「まあ、美月ちゃんやったら絶対に観てるって」

と、知恵が。

「美月ちゃんが興味なくてもさ、多分麻実さんが観るって絶対に言っているってあたしは思っていたけどな」

 これは文。

「それがそうでもないのよ。あたしはあんまりモータースポーツに興味なくて、昨日のはシロが積極的に観たがったのよ」

「美月ちゃん、F1が好きなの?」

「……うん、まあ……」

 男であった頃には、周囲にモータースポーツ好きの人間がいた。その影響で少しは観ていたが、というか観せられていたのだが、好きかどうかを尋ねられると返答に困ってしまい、曖昧な言葉になってしまう。

「好きでいいじゃない。昨日も観ながら色んなこと語っていたんだから」

「あっ、お父さんも色々と昔話していた」

「ウチも」

「ウチんとこもやな。まあ、ウチはオカンもやけど」

 それぞれが昨日のF1の感想、または父親のいつもとは違う一面を話そうとした矢先、校内にチャイムが鳴り響き、それに合わせるように担任が教室へと入ってきた。



改めて思います。

こんなF1が観たかった。

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