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ワクワク、中学生活 8


 週末の夜、美月みつきは一人、駅裏の通りを歩いていた。

 中学生が一人で出歩くような時間でも場所でもないが、見た目は小学生のような女子中学生だが、中身はれっきとした成人男子。

 何も気にすることもなくすたすたと歩く。

 普通の中学生ならばあまり足を踏みいれないような場所に来ているのはある目的があったからだった。

 それはとある居酒屋へと赴くこと。

 といっても、呑むのが目的ではない。

 以前、料理教室で美人みとの父から色んな店を食べ歩いてみる良いと助言をもらい、その時に教えてもらったお奨めの店のうちの一軒がこの駅裏通りの飲み屋街の中にあった。

 普段は自炊して、かつらの分も一緒に作っているが、今夜の桂は職場の懇親会で遅くなり晩御飯は必要ない。そこでかねてより行きたいと思っていた店へとはせ参じたわけだった。

 しかし、中学生。暖簾のれんを潜ろうとしたところで止められてしまう。当然の対応だ。未成年者が夜の盛り場をうろつくのは風紀上よろしくない。美月は店の主人に説明をした、この店を奨めてもらった理由を。

 美月の言葉を聞き主人は快諾してくれた。

 評判のサバ味噌。居酒屋だから味付けは濃い目だが美味しい。肉体は少女と化してしまったが、脳は稲葉志郎のまま。お酒を呑みたい心境に駆られるけど我慢する。せっかく入れてもらったのに店に多大な迷惑をかけてしまうから。

 しかし、お酒はなくともご飯が美月の目の前にあった。サバ味噌と一緒に主人が気を利かせて出してくれたもの。

 その他にも主人と美月のやり取りを聞いていた常連客が面白がって何品もの小鉢が目の前に。

 どれも美味しい。

 サバの味噌煮を家で再現することは難しいけど、他の物ならば。

 何品かの作り方を主人に聞き、店を出たのはけっこう遅い時間だった。

 来るときにはまだ平気だったが、外に出ると肌寒かった。

 モゲタンの助言に従い、パーカーを一枚羽織ってきて正解だった。

 思わず長居してしまったから家路へと急いだ。

 こんな場所で、こんな時間に、万が一でも補導なんかされてしまったら桂に迷惑をかけてしまう。

 路地裏に知っている人の姿を見つけた。

 蓬莱康子ほうらいやすこだった。だが、中学での姿とは全然違う。いささか派手な、教室でのイメージとかけ離れた扇情的な、男の目を惹くような服を着ていた。しかし似合ってはなかった。さらに黒縁のメガネをかけておらず、代わりに下手くそなメイクが顔にのっていた。

 振られて自暴自棄になって悪い遊びに顔を出しているのではないか。そんな考えが美月の脳裏をよぎった。

 その考えは間違いではなかった。蓬莱靖子の横にはいかにも品の悪そうな男が歩いている。いやらしい手つきで身体を撫でていた。

 気になった。美月の目は蓬莱靖子の背中を追いかけた。

〈どうした? 目的は済ませたから帰るのではないのか?〉

 モゲタンが美月の行動に口を挟む。

(蓬莱さんがいた。なんか悪そうな男と歩いてるから気になって)

〈どうして君が気にする必要がある?〉

(俺がこないだ変なアドバイスなんかしたから彼女は告白して振られただろ。それで自暴自棄になってるんじゃないかと思って。そうなら俺にも責任があるし)

〈理解できない。それは彼女個人の問題だろう。たしかに君の発言が行動に駆り立てたかもしれない。けどそれで君が責任を負うのは違うと思うが〉

(そんなに簡単に割り切れないんだよ人間は)

〈そういうものなのか〉

 男と蓬莱靖子は路地裏の雑居ビルに入った。テナントを示す表示は空きが目立ち、看板も割れたものが多かった。

 雰囲気の悪いビルだった。

 こんなビルの中に少女が一人で入るのには違和感があった。美月は少し考え、中に入る。通常の出入り口からは侵入しない。運動能力を生かし屋上へと昇った。そしてドアを開け建物の中へと入る。中は暗かった。照明が切れ切れになっている。または点滅していた。人の気配はあまり感じられなかった。

「蓬莱さんはどの部屋に入ったんだ?」

 階下から悲鳴が上がった。泣き叫ぶような声が続いた。続く怒声がそれを打ち消した。

「今のは何処から聞こえた?」

〈案内しよう。先程の悲鳴でおおよその位置が分かった。ついでに言っておくと悲鳴の主は君の探している人物だ〉

「了解、それじゃ案内頼む」

 モゲタンのナビゲーションに従い進む。階段を駆け下りる。奥の部屋へと向う。

「ここか?」

〈そうだ〉

 中からは何人かの男の話し声と嗚咽が聞こえた。そして、乾いた音が二発宙に響く。すすり泣きは治まり、代わりに何かを破る音がした。

 美月はドアを思い切り蹴飛ばした。

 そこには五人の柄の悪い男。

 そして派手な服が切り裂かれ、ブラもむしり取られて、大きめの胸が露わになっている蓬莱康子がいた。

 彼女の左頬は晴れ上がり口から一筋の血が流れていた。

「何だ? コイツは」

「もしかしてお友達? それならさ、一緒に参加する? 今からこの子の処女卒業式をするからさ。あ、もしかしてお譲ちゃんも一緒にしたいとか。でも、まだ早いかな。けど経験は早いほうがいいよ。痛くなんてないから。このクスリを使うととっても気持ちよくなるよ」

「ほっとけよガキじゃないか。そんなのとしても楽しくないだろ」

「けどさ、こういう子とするのも面白そうじゃない」

「馬鹿やろー。ロリは捕まんぞ」

「でもさ、俺達もう悪いことに手を染めてるじゃん。追加でしたってどうってことないよ」

「ああ、背徳感があっていいんじゃない」

 下卑た口調で言いながら美月を見る。

「……嫌。……助けて」

 擦れるような小さな声で救いを求めていた。

「誘ったらホイホイついて来たのはテメエだろ。今更嫌とか抜かしてんなよ」

 言いざまに男の手が蓬莱靖子を襲った。頬が赤く腫れて、涙がこぼれた。

「放せ」

 短く、でも強く言い放つ。

「はあー。何言ってんのこの子。頭おかしいんじゃねーの」

「馬鹿の同類は馬鹿だろ」

 蓬莱靖子を抱きかかえている男は彼女の年齢よりも豊かな胸をいやらしい手で揉みしだいた。

「いやー、止めてー」

 泣き声の懇願は届かなかった。男の手はより強くいやらしく胸の上を踊った。

「蓬莱さんを放せっ」

「聞こえねーな。そんなに放して欲しかったら自分でしたらどうだ? まあ、お前も同じ目に合うけどよ」

 美月が動いた。低い姿勢を保ったまま一番手前の男に近付き肘を鳩尾みぞおちに入れる。何が起きたのか分からない表情のまま、男は前のめりに倒れる。

「テメー何しやがるんだー」 

 今度は三人が同時に美月に襲いかかった。しかし、いくら人数が増えようが美月の相手はならない。人の力を遥かに凌駕した能力を有しているから。

 瞬く間に三人が埃の積もった床の上に仲良くうつ伏せに寝そべった。舞い上がるの埃に中でも美月の服は少しも汚れなかった。

 残りは一人。

「こっ、こっち来るな。き、来たらコイツを刺すぞ」

 震えた声で男が言った。

「大丈夫だから。もう少しだけ我慢して」

 優しい声で美月は泣いている蓬莱靖子に話した。それに反応して肯いた。

「おい、俺のことを無視するな。本気でするからな」

 言葉とは裏腹に男が蓬莱靖子に突きつけていたナイフを美月へと向けた。その瞬間を美月は見逃さなかった。一歩で男の前に立つとナイフをはたき落とす。左の上段回し蹴りを男後頭部に見舞う。もちろん手加減をして。男は膝から崩れ落ちた。

 蓬莱靖子は助かった安堵から腰が抜けてしまった。ペタリと床に座り込む。いつの間にか失禁していた。

「大丈夫だった?」

「……うん」

 返事をして蓬莱靖子は自分の身に起きている事態を再確認した。馬鹿なことをして助けられた。それだけではなくお漏らしをしているところを見られた。急に恥ずかしくなる。

「ゴメン、変なことを言ったから」

 首を横に振った。振られたのは事実だが、こんな男に付いていったのは自分の責任だ。誰かに責任を擦り付けるほど蓬莱靖子は子供ではなかった。

「……あ、あの、それよりも、このことは秘密にしておいて」

 中学生になって失禁をする。恐怖から解放され冷静な思考になって恥ずかしさを感じての発言だった。

「うん、その代わり僕のも秘密しておいて」

 三人もの男を一人でのしてしまう。常人離れした行動を他の人間にはなるべく知られたくなかった。互いに秘密を守る協定が二人の間に成立した。

 破られた上着の代わりに美月はパーカーを脱ぎ蓬莱靖子に羽織らせた。

「……ちょっとキツイ」

 体格差がある。袖が短いのはあらかじめ分かっていた。しかし、それ以外に前が締まらなかった。蓬莱靖子の中学生にしては大きすぎる胸がファスナーの行く手を邪魔していた。

 男であった頃は胸の大きさなど気にはしなかった。巨乳も貧乳もそれぞれ好きだった。胸の無い子が大きな子を僻む理由が分からなかった。

 小さな嫉妬のようなものが胸に生まれた。女性の気持ちの一部が理解できたような気がした。

「……ごめん。……小さくて」

 美月は力なく呟いた。自分の胸が小さなことを嘆いた。


「伊、……美月ちゃんおはよう」

 月曜の朝、金曜日の悪夢を忘れ去ったかのような明るい声で蓬莱靖子が美月に声をかけた。最初名前を呼ぶのに少し恥ずかしさを感じている様子だった。

 落ち込んでいるのではないか、心配していた美月ではあったが杞憂で終わった。ニッコリと微笑を返す。

 突如、蓬莱靖子が美月を抱きしめた。

「ちょっ、アンタ何してるんや。ビックリして美月ちゃん固まっとるで」

「朝のスキンシップよ」

「……おはよう蓬莱さん」

 突然の行動に驚きながらも挨拶を返す。挨拶は役者の基本だ。

「いや、靖子って名前で呼んで」

 苗字で呼ばれることに不満があるらしく、名前で呼ぶことを懇願する。

「……それじゃ、……靖子ちゃんおはよう」

 言い直すが多少のギコチナさを感じる。それでも蓬莱靖子は名前を呼ばれたことに感動しているみたいだった。自ら申し出たことなのに赤面していた。

「一体何があったんや?」

 話についていけず、二人の間に入れずにいる知恵が聞く。

「それは教えない。私と美月ちゃんだけの秘密だから。それに私気付いたの。見た目だけの男よりも可愛くて強い子のほうが好きだって。これって新しい目覚めかな」

 そう言って美月を愛情と力を入れてより強く抱きしめた。


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