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水中戦 2


 美月は一人太平洋の上を力なく漂っていた。

 麻実を待ちながら。

 これは狐型のデータとの戦いで、精根尽き果てて、もう指一本も動かせないほど疲労困憊状態であったから麻実に迎えを頼んだ、というわけではなく、美月とモゲタンにある思惑があったからだった。

 程なくして麻実が美月の所に。合流する。

 到着すると同時に麻実が美月に言葉を、

「倒せたの?」

 その問いに対する美月の返事は、

「分からない」

「どういうことよ、それ?」

「マグマの中に置いてきたから」

「はあああ? 意味不明よ」

 会話の間に、美月は麻実に抱きかかえられて海の中から空中へと。

 そして説明を続ける。

 実際の説明は長く、そして途中で麻実の質問が入りなかなか進行しなかったので要約すると、狐型のデータの尻尾を掴んで水中に、深海に引きずり込み水圧で破壊しようとしたが、その作戦は上手くいかなかった。その次の作戦は、マグマの熱で破壊するというもの。海溝にはいくつもの海底火山が存在する。そのうちの一つの中へと狐型のデータ諸共に、空間を数度跳躍して飛び込んだ。しかしながらいかんせん水圧には耐えることができてもマグマに耐えうるだけの準備をすることはできなかった。結果、狐型のデータだけをマグマの中に置き去りにして、美月は一人脱出。そして狐型のデータがマグマの中でどうなっているのか知る術はなかった。

「それなら破壊はできるかもしれないけど、それじゃ回収はできないんじゃ」

 データは破壊するだけではなく回収する必要も。

「うん、多分難しい。というか、もしかしたら不可能かも」

「それじゃあさ、シロが元の姿に戻るのも難しくなるんじゃ」

 美月が元の稲葉志郎の姿に戻るためには、地球上の落下したデータを全て集める、回収する必要があった。

「心配してくれて、ありがとう。けど、それは問題ないみたい。この作戦が上手くいってマグマの熱で崩壊、データが消滅したのであれば今後に支障をきたすことはないってモゲタンが言っているから。データが存在していると、地球上の物体、もしくは生命体の何かと融合して暴れ回る可能性が高いから、そのために回収する必要があるらしいけど、そうでない場合は仕方がないってさ」

〈本音を言えば、少し惜しいと思うワタシがいる。他のデータを自らの中に取り込み、進化、強化するような存在はこれまで報告されていない。貴重なサンプルになったはずだ。だが、捕獲に固執してしまい結果大惨事を引き起こすくらいならば、この決断で間違いはないはずだ〉

 脳内でモゲタンが。

 だが、美月はこのモゲタンの言葉を麻実には伝えなかった。

 そんな会話が繰り広げられていたことも露知らずに麻実は話を続ける。

「へー、結構融通がきくんだ、臨機応変ってやつよね。先生とは大違いね、さすが宇宙人」

 麻実はこないだの英語の授業で思い切り意訳をした回答に×をつけられたことを思い出しながら言う。

「それはまあしょうがないよ。一応正しい訳をするというのが学習の目的だから」

「まあそれはいいとしてさ、もしもの話だけど、アイツがマグマの熱にも耐えられるような存在だったらどうするの?」

 少し真剣な雰囲気で訊く。

「そうならないように工夫というか、罠というか、それに近いような算段はしておいたけど、万が一にもまだアイツが活動可能で、それでいて空中で動き回るようだったら……悪いけど麻実さん手伝ってほしいんだ」

 真剣な声で美月は言う。

 美月が麻実を呼んだのは助力を要請するためであった。本来ならばできるだけ戦闘には参加させたくない。しかしながら自由に空を飛ぶことができる狐型のデータに対して、美月は飛ぶことができない。また不利な戦いを強いられてしまう可能性が高いので、飛行能力を有する麻実に応援を頼むことに。

「お姉さんに任せなさい。けど、この報酬は高くつくわよ」

 見た目では確かに麻実の方が年上なのだが、実年齢では一回以上美月のが上。

「あんまり高いのはちょっと」

「あのね、こないだテレビで観た和牛100%のハンバーグが食べてみたいの。肉汁(にくじる)がたっぷり出てて、それで中がレアですごく美味しそうだったの。だからシロ、作ってよ」

「まあそれくらいならお安い御用」

 食べに行くとなるとそれなりの出費が必要だが、自宅で作るとなるとそれなりに費用を抑えることができる。

「ホント、やったー。だったらさ、ついでにスパゲティとかエビフライ、ポタージュスープにデザート、お子様ランチ、じゃなくて大人様ランチにしてよ」

 小さい頃から病弱で、病院暮らしをずっと続けていた麻実にとってお子様ランチというのは幼い頃のちょっとした憧れであった。

 それをいまさら注文して食べるのは少し恥ずかしいから、大人バージョンを美月におねだり。

「了解、多分桂も喜ぶと思うし」

「楽しみー……って、話を戻すけどさ、そうならないための工夫というか罠って何?」

「ああ、それは……」

 美月がそれについての説明をしようとした瞬間、海面が波と違う揺れを起こした。

「……出てきたか」

 麻実との会話で柔和になっていた表情が一変。

〈ああ〉

「何? さっきのってデータ絡みなの? シロが仕掛けてきたトラップが発動したの?」

 一人事情を知らない麻実が矢継ぎ早に美月に質問を。

「トラップというか、自然現象を利用したんだ」

「どういうこと?」

「水蒸気爆発って分かる?」

「えっと……熱い所に水を垂らしたら爆発するというやつ?」

「そう、本当はもっと複雑だけど。まあ、それを使った。マグマの中にアイツを置いてきたと言ったよね」

「うん」

「火口のない、出口が塞がっているマグマの中にアイツを放り込んできた。そこから脱出するためには岩盤を突き破るしかない。けど、突き破った先は海の中。穴ができるということはそこに海水が流入するということ。熱いマグマに冷たい海水がかかる。結果水素爆発、海底火山が起きてアイツを破壊するってわけ」

 海面から観測できないような深い水底では、ものすごいエネルギー活動が、大きな爆発力を持った火山活動が起きていた。

 これによって破壊できるはず。

「やったか」

 美月の口から思わず、こんな言葉が飛び出してしまう。

「シロ、それダメ。フラグが立っちゃうやつだから」

「フラグ?」

 意味が理解できずに、美月は小首を傾げながら言う。

〈悪いことに麻実の言う通りになってしまった。データはまだ活動を続けているぞ〉

「……本当なのか、それ?」

〈ああ、微弱だがたしかにキャッチした〉

 美月の脳内での会話。その声は美月に伝えてもらわないかぎり麻実は知ることができないのだが、この時は表情から事態を察した。

「まだ生きているんだ」

 声ではなく、首を縦に小さく降って美月は肯定を。

「どうするの?」

〈どうする?〉

 脳内の声と外部の声がシンクロした。

 どうする?

 美月は必死に考える。

 倒せるのかアイツを、あんな環境にいてもまだ活動を続けることができる存在を。だけど今ならきっと弱体化しているはずだ、それならば破壊し回収することも可能なはず。しかし、何処で戦う。また深海で戦うのか、それとも相手が浮上してくるのを待ち構えて迎え撃つのか、または今度は麻実がいるから空中でも多分戦えるはず、どれが最上の決断だろうか。

 必死に脳内を活動させて美月は考える。

 そんな美月の思考が止まった。

 しかし、考えが纏まったわけではなかった。

 止まったのはモゲタンの言葉があったからだった。

〈狐型のデータの信号をロストした〉


 止まったのは一瞬であった。美月はまたすぐに考えを続行した。

 だが、先程からの継続ではない。今度は二択の問題について、ロストした信号を再び見つけ出して狐型のデータを追うべきか、それともこのまま見逃してしまうのか。

 考える。

 その結果、美月が下した決断は深追いをしない。

 破壊、及び回収はできなかったが、弱体化させることはできた。これは物理法則を用いての攻撃による効果もあるのだが、それ以上にモゲタンが狐型のデータの体内から、他の吸収されたデータを抜き取ることに、美月が掴んでいた尻尾からアクセスして奪い取ることに成功していたからであった。これによってしばらくの間は危険性は低いという判断を。

 それにロストしてしまった信号を探すのは手間である。万全な状態であるならば、それを実行することもまた可能なのだが、正直美月の体力もそろそろ限界へと近づいていた。

 そしてもう一つ。それはポップのこと。

 麻実が保護したアメリカ人のデーモンは現在小笠原諸島のとある人気(ひとけ)のない場所で、未だに気を失ったままの状態でいる、言いかたは悪いけど放置してある。

 麻実からの報告では、見た目上は大きな損傷はないのだが、そのままずっと放置しておくのも。

 これらを鑑みての結論であった。


 かくして、来た時には二人だったのが、帰還時には三人に。



麻実は「にくじる」と言いましたが、本来の読みは「にくじゅう」です。

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