空中戦
初手は失敗に終わった。
狐型のデータとの距離をつめた美月は、ここ最近の戦闘で行っているマルボロレッドのコートを広げ、閉鎖空間を構築し、そこでデータを閉じ込めて、破壊及び回収をしようとした。しかし、その計画が早々に頓挫を。
猛スピードで降下してくる狐型のデータ目掛け、見事なコントロールでコートを放り投げた。
捉えたと思った瞬間、狐型のデータは物理法則に反するような動きを。
急停止をする。その上さらにはほぼ直角に右へと曲がった。
そして再び急降下を。
唖然、呆然としながらまだ保たれている運動エネルギーで上昇を続けている美月の横ギリギリを、まるで挑発するかのように狐型のデータは掠めていく。
「追うぞ」
初手が失敗しただけである、まだ大きな痛手を受けたとか、取り返しのつかないようなミスを犯したわけではない。
美月は進行方向の先に円盤状の盾を幾重にも展開し、身体を反転させ、盾を踏み台にして上昇から降下へと転じた。
はるか下に目視できる狐型のデータを追った。
空中戦という代物は、相手よりも高い高度をとったものが有利といわれている。
だが、この時の美月にはそんな言葉は当てはまらなかった。
反動をつけての急降下で、狐型のデータに攻撃を仕掛けても簡単に躱されてしまう。
自由に空中を飛び回ることができない美月の動きはどうしても直線的なものになってしまう。対して、狐型のデータは速度旋回共に自由自在。
不利な戦いを強いられてしまうことに。
それでも美月はめげなかった。
躱される度に、進行方向の先に円盤状の盾を何枚も重ねて展開し、それを蹴り、反動をつけて加速して挑みかかる。
避けられるだけならまだしも、時には反撃を喰らうことも。
モゲタンのサポートによって致命傷にこそならなかったが、剥き出しになっている肌、現在の美月の姿は黒のタンクトップとスパッツ、にはいくつもの痣が。
〈このままでは危険だ、変身するぞ〉
左腕のクロノグラフモゲタンが美月の脳内で助言を。
「ああ」
美月が答えると同時にその小さな身体が光に包まれる。
光に包まれた美月は胎児のように丸くなり、やがて新しい姿で誕生する。
その新しい形は、白色の肘まであるようなオペラグローブ、同じく白色にヒールのあるロングブーツ、ノースリーブでハイネックな上半身の小さな双丘の上には大きめのリボン、そしてスカートはミニでピンク色に一見思えるのだが、よく観察すると、幾重にも重ねられた淡い白色で、それはまるで桜の花弁のようであった。変わったのは服装だけではない、髪形にも変化が。コートの姿に変身した時には短いままだった髪も、この姿では長くなり、その上ピンクへと変色し、さらにいえばポニーテールに黄色の大きなリボンが。
この姿に変身するのは美月はあまり好きではなかった。
ノースリーブで脇が出ているのが恥ずかしいという理由で。
しかし、閉鎖空間という限定的な使用ということで説得されて、これまで何回もこの姿に。
だが、今は閉鎖されていない。
羞恥を晒しているような状態に。
にもかかわらず、躊躇なくモゲタンの指示に美月が応じたのは、このまま剥き出しの肌に何度も攻撃を受けるのは危険ということはもちろんなのだが、それ以外にも太平洋上空というまず人の目につかないような場所にいることも大きな理由であった。
変身することによって、先程までのタンクトップとスパッツという姿よりも能力は向上した、速度も上がる。
だが、それでもなお美月は狐型のデータを捉えることができなかった。
落下中、無重量状態の中、何度も美月は攻撃を仕掛ける。
円盤状の盾を投げつける遠距離攻撃を仕掛けてみたり、細かな空間跳躍でフェイントをかけ背後を狙ってみたり、または逆をついて馬鹿正直に真正面からアタックをかけてみたり、セオリーとは反対の下から上へと、色々と手を変え品を変え攻撃したのだが、どれも不発に、掠りもしない、徒労という結果に終わってしまう。
そして何の成果もないままに、美月の身体はもうすぐ着水してしまうような高度にまで落ちていた。
飛べはしないが、跳ぶことは可能。
空間跳躍で再び高高度へ、そこまで行かなくとも狐型のデータの上をとることは十分に可能。
だがしかし、それを行ったとしてもまた同じことを繰り返すだけ、無駄な労力を浪費するだけの結果になってしまうことは明白であった。
このままの状態を維持していれば周囲に大きな被害は出ないかもしれない。だが、それがいつまでも続くとは限らない。現在は遊ばれているような格好だが、何時狐型のデータの気が変わり反撃をしてくるか。それだけならまだいいのかもしれない、もしかしたら美月という存在をあえて無視して、この場を離脱して何処かの都市部へといってしまう可能性もある。
なんとかしないと。
落ちて行く中で必死に思考を巡らせる。
飛行能力を持つ麻実の応援を待つか、一瞬そう考えるがすぐに否定を。美月はこの妹のような存在の少女にはできるだけ戦闘には参加させたくないという気持ちを思い出す。
ならば、その前にケリをつけなければ。だが、その糸口がまるで見いだせない。
美月の視界に、夜の海が。
頭の中に閃くものが。
〈正直どうなるか分からないが、このままの状態でいるよりはマシかもしれないな。賭けにはなるがオッズは決して低くはない〉
閃きを理解し、モゲタンが賛同を。
「だけど、どうやって引きずり込む」
〈こういう作戦はどうだろうか〉
モゲタンは美月の脳内で、作戦の説明を行った。
狐型のデータの前後左右、それから下方に円盤状の盾を何十枚と展開する。簡易の閉鎖空間を構築。
唯一空いている真上から美月は突っ込む。
これまでの経緯からいけば簡単に躱されてしまうような単調な攻撃。
しかし、美月は今回たった一つだけフェイントを。
それは空間跳躍。
これまでも使用したが、それは攪乱のためにいろんな場所に、だが今度のは現在の移動線上を。つまり真っ直ぐに狐型のデータ目掛けて落ちている途中で空間を跳躍し、その距離を一気に縮める。
懐に潜り込むことに成功。
美月の相手にもう飽きて真上からの単調な攻撃を迎え撃つつもりだったのか、それとも作戦が功を奏したのか、それとも別の理由があるのか定かではないが、とにかくこれまでずっと捉えることができなかった、それ以前にもまともに触れることができなかった。
それがようやく掴める距離まで接近。
両手を大きく伸ばし、狐型のデータの腹部に。しっかりと捕まえる。
そして今まで展開していた円盤状の盾を全て引っ込め、新たに自分の足裏に展開。
それを思い切り蹴飛ばして勢いをつける。
下に向かって加速を。
美月はそのまま狐型のデータ諸共、太平洋の中へと突入した。




