堕ちてくるもの
フィクションです。
科学考証はゼロです。
ケープカナベラルから打ち上げられたロケットさながらにポップは狐型のデータをがっしりと掴んだままで高高度へと急速度で上昇していく。
その目的地は不明。
これには理由が。
咄嗟の行動であったのはもちろんだが、ポップの疲弊していてあまり正常に働いていない状態の脳内で必死に捻り出した計画では、まずは人がいない大西洋上に、もし狐型のデータの抵抗が小さかった場合はそのまま横断しヨーロッパに。アメリカよりも多くのデーモンの存在する地で数で圧倒し、退治、破壊、回収をしてもらおうと。
だからこそ、飛び出す瞬間に一言、ヨーロッパの連中に連絡を、と残してきたつもりであった。
だが、上手くこの狐型のデータをユーラシア大陸に運べるかどうかは分からない。最悪、次の瞬間にはこの腕を振りほどかれてしまうかもしれない。ここで放してしまうとまだアメリカの領内、祖国で再びコイツが暴れる、破壊する恐れがある。そんなことは絶対にさせない。ポップは掴んでいる両手により一層力をこめ、そして背中のロケットを全開以上に吹かして、これまで体験したこともないような速度で空へと駆け上がって行く。
さっきまでの疲労はもうなかった。体がすごく軽く感じた。
狐型のデータの拘束も問題ない。振りほどこうと暴れるが、それを抑え込むことができている。
今まで経験したことのないような感覚だった。奥底から無尽に力が湧いてくるようだ。
景色が変わっていく。
青と黒の間に。
低軌道、高度約100キロまでに上昇。
そこはポップがかつて憧れていた世界への入り口。
状況を忘れて、思わず見入ってしまう。
そして同時にもっと先へと行きたいという欲求が。
このまま狐型のデータを連れて、人類がもう三十年以上も足を踏み入れていない月へ、いやその先へ。
そう思った瞬間、ついさっきまで軽かった体が急に重たくなる。
調子よく噴射を続けていたロケットが停止する。
ポップの肉体は、狐型のデータを掴んだまま重力に引かれ、落下を開始した。
ポップの目論見、皮算用では、ヨーロッパにまで届けばいい。
それなのに何故、美月は麻実を伴って部屋から飛び出して行ったのか?
これは別にヨーロッパ勢と合流して、一緒に狐型のデータの捕獲にあたるためというわけではなかった。
実をいうと、あの時ポップは、ヨーロッパの連中の後に、リトルガールにもと告げていた。
美月のアメリカでの名称を口走っていた。
これには理由が。つい先ほどまでのニューヨークでの会話で話題に上がっていたこともあるのだが、それ以上にこの強力な相手に対抗できるのは、同じように強いという評判の美月だけではという深層心理が働き、無意識下で告げていたのであった。
この伝言をアイリッシュ系の青年は、ヨーロッパ勢、そして日本にいる美月に連絡。
普通に考えれば、これは無駄な連絡であった。
いくら応援に駆け付けたいと思っても、数千キロの距離をそう簡単には移動できない。
だから普通に考えれば美月への連絡は無意味なものになるはずだった。しかしながら、この時は非常に意味のあるものになった。
調子よくロケットをポップが噴射し続けた結果、目算していた大西洋、ヨーロッパは飛び越し、さらにはユーラシア大陸さえも横断してしまう。
連絡を受け、モゲタンが各国の静止衛星の情報をリアルタイムでハッキングし、割り出した落下推定位置は、日本列島からおおよそ南東に数百キロ離れた場所。小笠原諸島の近くであった。
連絡を受けてから数十分後、美月は麻実に抱きかかえられるような恰好で太平洋上に。こう書くと、海中を漂っているかのように思われるかもしれないが、そうではなく、麻実の浮遊能力で海面より少しばかり上で浮いた状態に。
この位置までは麻実の飛行能力で移動、ではなく美月の空間跳躍の力を何百回と連続で使用してやって来た。
美月としては、麻実をあまり戦闘には参加させたくない。
それなのに今回連れて来たのには理由が。
その一つがこれ。
跳ぶことはできても、飛ぶことはできない美月は、海上ではどうしてもその小さな身体を常に海面上に出しておくことは難しい。
そのための麻実であった。
一つと前述したのは、他に理由があったからだった。が、それはまた後に。
ポップと狐型のデータがここに落下してくる予定時間にはまだ余裕があった。
その間、美月達は都内では見ることができないような満点の星空を見上げていたかというと、そうではなくすべきこと、絶対にしないといけない準備に余念がなかった。
美月の準備、それはカロリーの摂取。
ここまでの移動で美月の中のエネルギーは枯渇していた。
その補充が最重要事項。
腹が減ってはなんとやら、ではないがエネルギー不足ではまともな戦闘ができない。そうでなくとも狐型のデータは強いはず。
携帯バッグに詰め込んでおいたチョコレートバーを数本貪るように口の中へ。
「それって美味しいの?」
麻実が訊く。
「美味しいかどうかじゃなくて、これが一番カロリーが高いから」
美月はあまりチョコは好きじゃなかった。
だけど、この登山用のチョコレートバーが効率よくカロリーを摂取できる。苦手だけど、背に腹は代えられない。
必要ならば苦手も克服。
美月の口中にものすごい甘さが広がる。
本音を言えば吐き出したいほどの甘さだが、美月は無理やり嚥下、飲み込んだ。
「……失敗した」
「どうしたの?」
「チョコレートバーだけじゃなくて、水も一緒に携帯バッグの中に入れておくべきだった」
未だに残る口中のものすごい甘さに辟易しながら美月はちょっとした後悔を。
「だったら、そこの水を飲めば」
麻実が少しだけ悪戯っぽく言う。
二人の足下には大量の海水が。
「いや、これは飲めないよ」
〈大量の海水の摂取は人体に悪い影響を与える。飲むことはお勧めできない〉
左腕のクロノグラフモゲタンが、美月の脳内に注意を。
「それくらい言われなくても分かっているって。冗談よ」
〈ならばいい。……そろそろ来るぞ〉
モゲタンの言葉で美月は頭上を。
それにつられるように麻実も一緒に。
流れ星のように落ちてくる光が一つ。
麻実は美月を懐いたままで急上昇を開始した。
落下してくる光が二つに分かれる。
「麻実さん、お願い」
「うん、任された」
返事を聞くと同時に、美月は麻実の腕の中から消えた。空間跳躍で光の一つを目指した。
麻実は美月とは別のもう一つの落下してくる物体に。
これこそが麻実が現場に来た理由。
低軌道上で力を使い果たし、おそらくではあるが意識を失った状態で重力に引かれて落下してくるポップを保護し、安全な位置にまで退避させるのが麻実の役割であった。
急速度で落下してくる物体を捕まえるのは非常に難しい。乱暴に、力任せにキャッチするだけならば可能かもしれないが、その時の衝撃によって双方とも大きなダメージを受けてしまう公算が高い、最悪の場合互いがミンチになってしまう可能性も。
しかし、麻実にはそんな不安は全くなかった。
というのも、ポップの落下速度が当初計算したよりもずいぶんと遅いものだったからであった。
これはポップが万が一、不測の事態に備えて付けておいた安全装置、パラシュートが作動し、まるで地球に帰還するロケットさながらの降下を。
それでもまだ相応の速度で落下しているのだが、麻実には優しく受け止める自信があった。
一方、美月は円盤状の盾を何枚も展開し、足場にして跳躍をし上昇を。
落下してくるもう一つの物体。狐型のデータとの距離をつめていた。




